後輩の過去と先輩との現在
01


「お兄さん、今夜僕とどう?」

先輩が行方不明になってから贔屓にしているゲイバーのカウンターで強めの酒を呷っていた俺に声をかけてきたのは、線の細い黒髪の男。多分俺が相手にするタイプをどこかで聞いたのだろう。自分の容姿は当てはまると自信ありげに話しかけてきたそいつは、確かに首から上だけ見れば綺麗な女にも見える。それでも先輩とは比べものにもならないと鼻で笑って視線を前に戻す。

しかし、そんな俺の態度にも臆することなく男は俺の隣に腰を下ろして、マスターに甘いカクテルを注文した。今日は乗り気じゃねえんだと、溜め息をついて視線をやるとそいつは楽しげに顔を綻ばせた。

「噂で聞いてた通り、すごいイケメンだね」
「あぁ、どうも」
「俺のことはアキラって呼んで?確か、お兄さんは梶野だっけ?」
「・・・知らねえ奴に知られてんのってなかなか気持ち悪いな」
「ふふふ、そのツンツンした態度、泣かせたくなるなぁ」
「・・・は?」

ニタニタと気味が悪い言葉を吐いた男から少し体を仰け反らせると、なにが面白いのかくつくつと笑う男に、頭がおかしいんじゃないのかと視線で言えば、一通り笑った男が楽しそうに口を開く。

「お兄さんのこと、タチだって噂は聞いてるから、安心してよ」
「・・・あんたその見た目でタチなのか」
「ん?そうだよ。この外見に騙された俺よりも力の強い奴を泣かせるのが好き」
「あーそう。じゃあ俺は関係ねえな」
「そうみたいだね・・・残念。ネコは一度も経験ないの?ないなら俺が試してあげるよ?」
「・・・いや、試したことあるけど、完全にダメだった」
「へぇ、結構珍しいね。俺は性癖でタチやってるけど、別にネコも嫌いじゃないかなぁ」
「聞いてねえよ」

意外にも話しやすい男、アキラと軽口を叩いていると、一度だけ寝た見覚えのある男がバーに入ってきて俺を見つけるなり嬉しそうに駆け寄ってきた。よほどうんざりとした表情をしていたのか、アキラはそんな俺を笑ってから視線を後ろに向ける。

「梶野くん!!久しぶりぃ〜」

そう声をかけて腕にしなだれかかって来た男は、俺に欲が明け透けに見える表情を向けてから隣に座る男、アキラへと剣呑な視線をやった。アキラは一瞬驚いたように目をパチパチとさせて、大して気分を害した様子もなくすぐに綺麗な顔に笑顔を浮かべた。

「梶野ってば、罪造りな男だねぇ・・・」
「・・・は?なに言ってんのアンタ」
「だって・・・今日は僕と約束してるからって、ちゃんと断ってあげないとかわいそうだよ?」
「・・・あぁ、そうだったな」

カウンターに頬杖をついてそう言いながら俺の手に手を重ねてくるアキラ。男が勝手に応えたのと同じように、最初は何を言ってるんだと思ったが、柔らかそうな瞳の奥が楽しげに揺れていて、俺の心底嫌だという気持ちが漏れた顔に面白半分で助け舟を出しているのだと分かった。
重ねられた手を軽く握り返して強張った表情のまま俺にくっついている男に視線をやれば慌てたように俺から離れる。

「そう、なんだ。別に、俺も相手くらいいるから」
「あぁ、だよな」
「・・・じゃあね」

少し荒い足音を立てて奥にあるソファ席に向かった名前も覚えていない男の後ろ姿に溜め息をつけば、アキラはすぐに手をどけて笑いを押し殺すようにカウンターに顔を伏せる。よくわからないが、助けてもらった事実は変わりないと、マスターにアキラの空いたグラスを指差してもう一杯と伝え、自分のモノも追加した。

ようやく笑いが治ったらしいアキラが顔を上げて新しく酒が注がれたグラスを見てまたおかしそうに笑う。

「何これ、お礼?」
「あぁ、助かった」
「そこまでやだったの?一回は寝たんでしょ?」
「あー・・・まぁな」
「一回寝たらもう寝ないっていうタイプ?それとも相性よくなかったとか?」
「基本二回目はねえな」
「うわぁ、モテる男は違うねぇ?」

笑いながら、ありがとうとお礼をしてグラスに口をつけたアキラは、ニタリと笑って口を開く。

「それとも・・・好きな人がいるけど、みたいな?」
「は?・・・いや、違う」
「うわ、絶対そうじゃん。何?ノンケなの?」
「違えって」
「んな切なそうな顔しといて何言ってんの?ほらぁ、お兄さんに話してごらん〜?」
「・・・何がお兄さんだ、大して歳変わんねえだろ」

適当に流せればよかったのだが、つい先日原田先輩から何か足取りは掴めていないかと連絡が来たせいでここ数日先輩のことを考えてしまっていた。そのせいで、顔に出てしまったらしい不甲斐なさと寂しさを目敏く見抜いたアキラはこの手の話が好きなのか、ほらほらと話を促してくる。

正直、同じ性趣向の持ち主とセックスをするでもなく、ただこうして酒を飲むだけという状況が初めてだった俺は、赤の他人だし、日常で会う可能性も極めて低いだろうと酒で緩んだ口を開いてしまった。

高校入学時から現在に至るまでの経緯を話し終えるとアキラはまたおかしそうに笑っていて、しかし、心地良い相槌を挟みつつ最後まで聞いてくれたことを嬉しく思った。ゲイであると周りに打ち明けたが、先輩への想いだけは自分の中でだけに押し留めていたから、誰かに聞いてもらいたかったのかもしれない。

別にこれで、もしアキラが俺が話したことを周りに言いふらしたとしても、また別の店で一夜限りの相手を見つければいいだけだ、とだいぶ氷の溶けたグラスに口をつける。

「いやぁ・・・すっごいクールな男だと思ってたのに、そんな執着してる相手がいるとは思わなかったなぁ」
「そうか?そういう人がいるからこそ、周りがどうでもよくなるもんだろ」
「うーん、そうなのかな?俺はそういうのわかんないからなぁ」
「あー、まぁ、俺もまさか自分がここまで一途だとは思わなかったよ」

洗いざらい話したせいか、滅多に表情筋が動かない顔の気が緩んで自嘲の笑みを浮かべるとアキラが嬉しそうに笑う。

「あはは、そんな顔するの、確かにその相手だけだろうねぇ?」
「・・・あぁ、だろうな」
「さっきの子、かわいそー」
「は、よく言うよ。お前も加担者だろうが」
「まぁ、ねぇ?だってあーんなに嫌そうな顔してたら、助けたくなっちゃうでしょ?」

楽しそうに笑ってグラスに口をつけたアキラに、この男とはこれからも仲良くできそうだと釣り上がる口端を隠さずに俺もグラスに口をつけた。



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