無自覚な先輩の計画
04


そして4日が経った日曜日、夕方前には帰れると言ってた梶野をそわそわとしながら俺は家で待っていた。

エステに行ってからも自分でちゃんとケアをしたおかげか、いくらか若返った肌と、たった1週間されど1週間、真面目にジムで運動した甲斐があってほんの少しだけ引っ込んだように思う腹を早く梶野に見せたかった。

短パンから出る、毛のない脚をソファに体育座りをして眺めていると玄関からガチャッと音が聞こえた。玄関から繋がっているリビングのドアをジッと見つめているとほどなくして、スーツ姿の梶野が姿を現す。

「おかえり」
「ただいま」
「出張、お疲れ様」

荷物を置いて、こちらに近づく梶野に立ち上がって両手を広げると嬉しそうに笑ってぎゅっと抱きしめてくれる。大人なんだから、1週間くらいどうってことないと思っていたが、やっぱり毎日顔を合わせていた恋人がいないというのは寂しかった。

「はー・・・先輩だ・・・」
「なにそれ」
「ずっと、スマホに入ってる先輩の写真を見て我慢してたので」
「・・・ちょっと、いつ撮ってんの?知らないよ、それ」
「まぁ、主に寝顔とか、夜ボーッとしてる時とかに撮ってますからね」
「やめてよ、絶対変な顔してるじゃん」
「いや、可愛いですよ、いつでも」

これからは気を張らなければと、肩にぐりぐりと頭をつけてくる梶野に呆れていたが、そうだ、と背中から腕を離し、顔を上げてと声をかける。

なに、と首をかしげる梶野と至近距離で見つめ合うが、何も言わない梶野に顔はそこまで変化無いしな、と肩を押して一歩下がると、さらに困惑した顔で梶野はこちらを見つめていた。

「なに、どうしたんですか?」
「俺、この1週間結構頑張ったんだけど・・・」
「え?」
「やっぱ1週間じゃ変わんないか・・・」
「ちょっと待ってください、何を頑張ったんですか」

見てわからないくらいの変化かと気を落とす俺に、慌てたように腕を伸ばした梶野は俺の腕を掴むと、あれ、と驚いた表情を浮かべた。

「え、なんか、すべすべなんですけど・・・?」
「あ、触るとわかる?よかった。何も変わってなかったらどうしようかと思った」
「何したんですか」

そのままスルスルと二の腕まで摩る梶野の手にくすぐったさから身を捩る。

「最近、太ったなと思っててさ。それで、ジムも頑張ったんだけど、エステに行ってみたんだよね。そしたらそこの人が親切でね。色々貰ってケアを頑張ってみた」
「太ったって・・・全くそんなことなかったですけど」
「えー・・・だって、梶野はずっと変わらずにかっこいいし、体型も維持してるのにその横で俺がおっさん化していくのはやだったんだよ」

気恥ずかしさから視線を逸らしてそう言うと、梶野が深い溜め息をついて言った。

「いい加減、自分が普通のおっさんじゃないって気づいてくれませんかね・・・というかよく見たら、顔もなんかつるつるじゃないですか。これ以上綺麗になんないでくださいよ。俺いよいよ気が気じゃなくなる」
「普通のおっさんじゃないって・・・」
「いや、本当に。34でその見た目キープしてるの奇跡ですよ。大学の時とほとんど変わってないじゃないですか」

それは嘘だろう。顔にシワだって出てきたし、筋肉も確実に落ちてしまった。眉を顰めて梶野を見ると、またしても溜め息をついた。まるで俺が何もわかっていないとでもいうようなその態度に、少しだけムッとして先日バーで女性二人組が話していた内容を持ち出す。

「じゃあ、なんで手出してこないの?俺にそういう魅力がないからじゃないの?おっさんになった俺には、そういう風に思えないんじゃないの」

別に本気でそう思っていたわけではないのだけど。口から出た言葉はもう取り消せなくて、グッと眉間にシワを寄せた梶野から目を逸らして後悔したがもう遅かった。

「どこまで無自覚なんですか。いい加減に、俺の言葉を信じてくださいよ。先輩は綺麗なんです。見た目も、中身も」
「綺麗って言ったって・・・俺男だし・・・」
「だから、もうそんなの関係なしに。人間としてとでも言えばいいですか?とにかく、それだけ整ってんだから、もうちょっと自覚してください」

最終的に眉を下げて困ったように呟いた梶野に、なんだか罪悪感が湧いてくる。自分の容姿を綺麗だとは思えないが、それはもしかしたら俺が世間と感覚がずれているのかもしれない。それに、梶野に可愛いと言われるのが嬉しく思えるのであれば、綺麗というのも褒め言葉なわけだから、梶野にとって俺は好みの見た目でいれているということだ。

であれば、この話は俺が折れて終わりだ、と、ウンウンと1人で唸る俺に何を思ったのか、梶野がいきなりぎゅっと抱きしめきて思考が止まる。

「俺は先輩と居られるだけで幸せなんです。だから、そんなこと心配しないでください」
「・・・うん。・・・ごめん」
「いずれは絶対に、いや、そこまでいうなら年内に手出しますから」
「え、あ、いや、そういうんじゃなくて」
「だって俺のために綺麗になってくれてるんでしょ?」
「あー、うん、そうなんだけどね。そんな面と向かって言うことじゃ・・・」

抱きしめていた腕を緩めた梶野に途中から俯いていた顔を覗き込まれる。キラリと光るその目にやっぱり余計な一言を言ってしまったと、もう一度後悔をした。
そうだよな、これだけのイケメンが15年間も思い続けてくれたわけだから。それはかなり俺にとって自信につながることなのに。

「ごめん、ね。さっきのは別に、梶野が俺を想ってくれてるのを疑ったわけじゃなくて」
「わかってますよ。というか、ここまで好きだ愛してるって言ってるのに、そこを自覚してくれていなかったら困ります」
「・・・うん」
「それと、俺から近づいたり、俺が好きだって伝えたりするだけで、顔真っ赤にするくせになんで手を出さないんだなんてよく言えますね。先輩のペースに合わせようと想って耐えてる俺の理性を褒めて欲しいくらいなんですけど」
「・・・え!?なに、我慢してたの?」

これまでずっと我慢をさせていたのかと、俯いていた顔を上げると気まずそうな顔をそらした梶野がわざとらしく溜め息を零す。付き合ってるんだし、そういうことをする覚悟くらいできているというのに。こんなところも俺本位なのかとじっと目を向けると諦めたように口を開いた。

「いや、我慢とまでは・・・そりゃ、好きな人がすぐ目の前にいたら、セックスしたいなって気持ちにはなりますけど。でも絶対ってわけでもないですし、先輩とはそんなのなくても十分幸せだからいいやってなるんですよ。本当に。それに先輩のこと一生手離す気ないし、時間はいっぱいありますから。だったら今はこうやって抱き締めて、ゆっくり同じ空間で過ごせることを大切にしようかと」

そんな風に想ってくているとは思わなかった。
最後に優しく微笑まれて顔に熱が集まった俺は、返事もできずに顔を隠すために目の前の胸に額を当てる。すると、くすくすと笑う梶野の振動が伝わってきてまたさらに顔が熱くなる。確かに、たったこれだけで痛いほど心臓が高鳴っているというのに、いざ裸同士でそういう行為をするとなったら俺の心臓はとうとう破裂するかもしれない。

俺よりも俺のことを分かっていたらしい梶野に悔しくて、恥ずかしくて、背中に回した手で脇腹をつねると、笑いながら「痛いですよ」と言う梶野がなんとも憎たらしくて、愛おしい。

「でも、我慢できなくなったら言ってよ。俺だってそれくらいの覚悟できてるんだから」
「そうですね・・・言う余裕があったら伝えます」
「・・・そんないきなり爆発するなら小出しにして」
「んー、善処します」

本気でいきなりそうなってしまったら怖いじゃないか、と、赤いだろう顔を見られることも気にせずに顔を上げると、揶揄った笑顔の梶野が視界に入って、少し安堵する。

年上だというのに情けない話だが、そっちの方面の経験はもう何年もしていないし、知識も浅い。梶野にリードしてもらうことになるのは目に見えているので、俺が追いつくまで待ってくれると言った梶野に甘えておくことにしよう。

ごめんとありがとうを込めて、口の端にキスをするとギョッと梶野の目が見開く。
それに、照れ隠しと、固まってしまった梶野が面白くて、零すように笑うとぎゅっと眉間にシワを寄せた梶野が深く溜め息をついた。

「あー・・・先輩が可愛過ぎて、もたないかもしれません。そうなったら責任取ってくださいね」
「えー?俺のこと待っててくれるんじゃないの」
「こんなことしといて、それ言いますか・・・」
「ふふふ、まぁ、俺、梶野にならなにされても嫌じゃないよ」
「・・・んとに、そういうこと言わないで」

眉間にシワを寄せたまま耳を赤くした梶野が、再びぎゅっと抱き締めてくるのを笑いながら受け入れた俺は、本当に梶野にされることなら嫌じゃないのにな、と思いながらも、無理矢理そういうことはしてこないと梶野に対して絶対的な信頼があって。

大切にされていると実感して、なかなか顔を上げてくれない梶野の背中を撫でながら、ありがとう、と呟いた。






end.



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