無自覚な先輩の計画
03


そして、施術室の隣で着替え、ようやくエステが始まった。

最初は緊張していたものの、軽快に話しかけてくれるベルナルドさんのおかげでだいぶリラックスした俺は何度か寝かけてしまった。そして途中、ぼんやりとした意識の中で「体毛の処理もしていいのかしら」と言われて、よく分からないけどいいか、と頷いてしまったのは少し後悔をした。

完全な脱毛ではないらしいが、うつ伏せで寝ていた腰を少し持ち上げられて、下着を着ていないローブを広げられた時には思わず手で制してしまった。何をするのかと後ろを向けば、こちらを見たベルナルドさんに有無を言わせない笑顔でその手を退けられて、下半身の毛の処理をされてしまった。

「全体的に毛が濃くないのね、伊藤さん」
「・・・そう、ですね」
「脱毛に興味があったら是非うちでやってね」
「・・・恥ずかしいので遠慮します・・・」

手際よく処理をしていったベルナルドさんの手が前に回ろうとしたのは流石に止めて、ここはいいです、と伝えると残念そうに肩をすくめていた。
そうして、もともと濃くなかった毛が身体中から消えて、脇もツルツルにされたのを見てなんとも言えない気持ちになったが、お任せするといった手前黙って全てを受け入れた。


そして、毛の処理からマッサージのようなものまで、全ての施術が終って台から体を起こすと、ベルナルドさんはやりきったわ、と言って笑顔を見せる。

「もう、私の持てる力全てを出し切ったわ」
「ありがとうございました」
「ふふふ、いいのよ。それじゃあ着替えて、受付で次の予約していってちょうだいね」
「はい、わかりました」

先ほど着替えた部屋へ行くと適当にカゴに突っ込んでいた服が綺麗に畳まれていて、こんなことまでしてくれるのかと感心しながらローブを脱ぐ。
色々してくれたけど、どれほど変わったのだろうかと何気なく腕や腹を触ると、見た目にはそこまで変化はなかったというのに、肌の弾力やモチモチとした感触に驚きの声が出てしまった。ツルツルになってしまった脇も含めて、ペタペタと体を触っているとベルナルドさんに「大丈夫?」と声をかけられて慌てて服を着て受付へと向かった。

「お疲れ様でした」
「はい、ありがとうございました。こんなになるなんて、思わなかったです」

先ほどの衝撃が忘れられず、首や頬を触る俺に、受付の、ネームプレートには五十嵐と書いてある男性は嬉しそうに笑った。

「ジャンさん、技術がすごいんです。是非、続けて来てみてください」
「はい、そうします、その、ベルナルドさんによろしくお伝えください」
「ええ、伝えておきますね。それで、次回のご予約はどういたしましょう」
「えっと、こちらは土日は営業してますか?」
「完全予約制でお客様に合わせて営業してますので、平日の遅い時間でも大丈夫ですよ」

笑顔で応えた五十嵐さんに、すごい、と声を漏らす。どこまでもお客さん第一に考えているんだな、と感心して、それならと8日後の金曜日に予約をお願いをする。20時からなら空いていると言われたのでそれでお願いをして、会計を済ませると、奥からベルナルドさんが顔を出した。

「伊藤さん、お疲れまでした〜」
「あ、ベルナルドさん、ありがとうございました。こんなに変わるとは思ってなかったです」
「そうでしょう?男性だって、ケアをすれば変わるのよ。あ、よかったらケア商品のサンプル持っていかない?」
「え、ケア、商品ですか?」
「そう。やっぱり自宅でもちゃんとしたお手入れをしてるとかなり変わるわよ」

ちょっと待ってて、といったベルナルドさんは再び奥に入っていくと、5分ほど経って無地の紙袋を下げて戻って来る。
A4サイズほどのそれにパンパンに詰まったそれを満足げな顔をして差し出され、受け取って覗き込むと明らかにサンプルではないだろう容器に入れられた商品に慌てて首を振った。

「こんなに、いただけません」
「いいのよ!だって広告塔になってもらうんだもの。その代わりちゃんと使ってちょうだいね?」
「う・・・頑張ります・・・」

そう言われてしまっては断れないと、しぶしぶ紙袋を持っていた腕を下げる。ズボラな俺に、毎日のケアなんてできるのだろうかと不安になるが、ベルナルドさんの好意を思うとちゃんとしなければと気持ちを引き締める。

「あ、そうそう、言い忘れたんだけど、男性同士のお付き合いで、毛の処理って結構大事だったりするのよ?特にお尻の方とか、前はまぁ、全部なくせとは言わないけど、私なんかは全部処理しちゃってるし」
「え・・・え!?」
「あら?お相手、男性じゃないの?」

何気なく言われた言葉に固まっていると、ふふふ、と笑ったベルナルドさんに五十嵐さんが呆れたように口を開いた。

「ちょっと、ジャンさん話が唐突すぎますよ。伊藤さん困ってらっしゃるじゃないですか」
「あら、いいじゃない。ユージだってちゃんと処理してくれてるじゃないの」
「・・・ちょっと口閉じてください。まじで」

呆然とする俺を横目に、会話をする2人は何やら甘ったるい雰囲気を醸し出していて、五十嵐さんは赤くなった顔を背けて受付の奥へと行ってしまった。そんな彼の背中を幸せそうな表情で見つめていたベルナルドさんに、この2人もそういう関係なのか、とようやく動き始めた頭で理解した。

「ま、そういうことだから。いつでも相談乗るわよ?男同士の恋愛話なんて、そんな大っぴらにできないじゃない?」
「そう、ですね・・・」
「世の中の風当たりは強いけど、実際、同性愛者ってそんなに少なくないと、私は思うの。だから、こうしてできた縁は大事にしていきましょうね?」

優しい笑顔でそう言われ、泣きそうになったのをこらえて笑顔を返すとベルナルドさんが手を差し出してきたので握手をして、挨拶をしてから店を後にした。

もしオーナーがここまで見越して紹介してくれたのだとしたら、頭が上がらないなと、想われていることに嬉しく思いながら、駅へと向かう。

その道中、何度も腕や顔を触ってしまった。
こんなに違いが出るなんて思わなかったと、男がエステへの行くことへの偏見が完全に消えた俺は、これなら梶野の隣にいても大丈夫かな、と顔がほころぶ。

そして、そのままカフェに向かってオーナーにお礼を言い、遅めの昼を食べてら一度家に戻った俺は、貰ったケア商品を説明書と合わせて読んだりして最後のバーの仕事へと向かった。


それから、昨日一昨日と同じように、何事もなく閉店まで働き、最後にマスターに3日間ありがとございましたと挨拶をして店を出る。今日のカフェは12時にきてくれればいいと言われていたので、コンビニに寄って自宅に戻って一息つくと、携帯がメールの着信を知らせていた。

開くと梶野からで〈3日間、お疲れ様でした。〉と書かれたそのメールに、マメだな、と頬が緩む。ありがとう、と返事をしてシャワーを浴びに風呂場へいく。もちろんベルナルドさんから貰ったケア商品を使う。いくらズボラな俺でも、せっかく貰ったものだからちゃんと使いたいし、帰ってきた梶野を驚かせたい。

そして、早く今日あった出来事を梶野に話したいと4日後に帰ってくる梶野が待ち遠しく思った。



[ 16/22 ]
    

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