無自覚な先輩の計画
02


翌日、昼過ぎに目が覚めた俺は有言実行だと、ちゃんと昼を取ってからジムに向かう。

平日の昼過ぎだからかほとんど利用者はおらず、体力がなく不恰好な姿を晒すのが恥ずかしいと思っていた俺は、ホッと胸をなでおろす。そして、ランニングマシーンで30分ほど走ると足に限界がきて、少し休んでから他の器具でまた運動をして15時を回る前にジムを後にした。

最初から張り切りすぎていては保たないとわかってはいるものの、梶野が帰ってくるまで後6日しかないのだと思うと、すでに痛む足や腹筋にも耐えなければと思ってしまう。

自宅に帰ってシャワーを浴び、少し仮眠をとるともう18時半手前で、急いで支度をしてカフェへ向かった。


昨日と同じように、片付けをしているオーナーと奥で準備をしているマスターに声をかけてサロンをきつく締める。着圧も少しくらいは効果があるんじゃないかと、無駄に締め上げる俺を見たオーナーが、そんな締めたら痛くなるよ、と声をかけてきた。

「最近腹が出てきたので・・・」
「え?そんな、気にするほど出てないでしょう」
「んー、服を着てるとそうかもですけど、こう、プニッとしてるんですよ」
「そうかなぁ・・・あ、じゃあ俺の知り合いのエステ行ってみる?ちょっと、特殊な人なんだけどねぇ、腕は確かだから」
「エステ、ですか・・・男でもそういうの行く人いるんですかね」
「沢山いるよ。そんな気になるなら、行ってみたらいいんじゃない。俺から言っておくよ」

エステ、と言われて少し抵抗があったが、よくよく話を聞いてみるとメンズエステで「男専門だから気にすることないよ」と言われて、それならとお願いした俺に、早速電話をかけて明日の昼過ぎに予約したと言ったオーナーに仕事が早すぎると苦笑いをこぼした。

「本当に、キャラがちょっと濃いけど、まぁ、気にしないで楽しんでおいで」

最後にそう言って店を出て行ったオーナーにお礼を伝えて、明日行くことになってしまったエステに緊張しながら、バーの開店準備を進めた。





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昨夜も難なくバーでの仕事を終え、朝方帰宅しながら梶野から来ていたメールに返信をして、午前中に起きた俺は今、最寄駅から5駅先の高級な店が立ち並ぶ繁華街へと足を運んでいた。
平日なのにおしゃれな服纏った女性や、梶野のようにたかそうなスーツ姿の男性が多くて気圧されてしまうが、せっかく予約をしてもらったのだからと教えてもらった店の場所を目刺す。

ファッションブランドなどが入ったビルが並ぶ大通りから逸れた場所にあったその店は、外から見ると営業しているのかわからないほど静かで、磨りガラスの扉からわずかに見える受付に人が座っているのを見てようやくドアを開けた。

「いらっしゃいませ」
「あ、えっと、予約してる伊藤です」
「13:00からご予約の伊藤様ですね。そちらへおかけになってお待ちください」
「はい・・・」

ニコニコと対応してくれた受付の男性に勧められるがままに椅子に腰掛けると、男性は立ち上がって店の奥へと入って行った。そして、多分30秒も経たないうちに奥からバタバタと足音が聞こえて、目隠し用に駆けられたカーテンがバサッと開いた。

そこから出てきたのは、長い金髪を後ろで緩く結んだ大柄な外国人の男性で、ぎょっと目を見張った俺を見て目をキラキラとさせながら声をあげた。

「やだー!篤実(あつみ)から聞いてた通り綺麗な子じゃない!!」
「ジャンさん、お客さん驚いてますよ」
「だって、こんな子来たらテンション上がるじゃない!」
「わかりましたから、落ち着いて」

呼びに行った受付の男性が呆れたように制止するのも気にせずに近づいてきた、ジャンさんと呼ばれた外国人の男性は座る俺の足元に膝をついて手をぎゅっと握った。
それにようやく我に返った俺は頭を下げて、よろしくお願いします、となんとか声を出した。オーナーがキャラが濃いと言っていたのはこれのことか、と納得する。

「初めまして、伊藤さん。ジャン ベルナルドです。そんな固くならないで?今日は私が責任を持って綺麗にするわ」
「あ、伊藤慎二です。えっと、でも、何をどうするとか全くわからなくて」
「大丈夫よ!最初にカウンセリングするから。ユージ、お茶用意してもらえる?」
「わかりました」

ベルナルドさんはそう言って俺を奥へと案内した。
目隠しのカーテンの奥にはいくつか扉があってその一番手前を開けて入るように促したベルナルドさんに頭を下げて一歩踏み入れると、落ち着いた雰囲気のインテリアで統一された部屋で、ここでカウンセリングをするのか、と慣れない状況に緊張感が高まる。

勧められるがままに1人がけのソファに腰を下ろし、運ばれてきたハーブティーらしいものを一口飲むと少しだけその緊張がほぐれた気がした。

「それで、伊藤さんはなんでエステに来ようと思ったのかしら」

そんな俺を見て、微笑みながらそう言ったベルナルドさんに、恥ずかしく思いながらも口を開く。

「その、最近腹が出てきたなっていうのと、その、付き合ってる相手が完璧すぎて隣に立ってても恥ずかしくないように、と・・・」
「っ、かわいい!!どんな人なのそのお相手!!こんなかわいい顔を見逃すなんて、損な人ね」
「え、いや、その」
「いいわ!!私が伊藤さんを完璧に、いや、もう、その相手がどうしようって困っちゃうくらいに綺麗にしてあげるわ!」
「き、綺麗というか、どちらかというと格好良く」
「綺麗も格好いいも変わらないわよ!・・・でも、そうねぇ、別にいうほど太っているようにも見えないし、どうしましょう」

なぜかテンションが上がったベルナルドさんについていけず、1人でブツブツと考えている彼をハーブティーを飲みながら見つめていると、そうね、と何やら決めたらしいベルナルドさんが頷いて笑顔を見せた。

「伊藤さん、ここはもう、私に全てお任せでいいかしら?」
「えっと、はい。大丈夫です」
「それで一つ相談なのだけど」
「・・・?はい、なんでしょう?」

お任せ、と言われて内心どうしたらいいのかわからなかった俺はホッとして返事をしたが、そのあとに少しだけ言いにくそうにしているのに首をかしげると、ギラリと目を光らせたベルナルドさんが身を乗り出して言った。

「完全フルコースを特価でご提供する代わりに、ちょっと広告塔になってもらえないかしら」
「え、こ、広告ですか・・・」
「あ、もちろん顔は出さないわ」
「いや、でも、こんなおっさんじゃ」
「何ってんのよ!あなたもっと自分の容姿に自信持ちなさい」
「え・・・」

それから、俺を褒める言葉を並べ続けるベルナルドさんに、もうやめてくれと首を縦に振った俺に意気揚々と事を進められて、気づけば週一で通うというコースに決められていた。
楽しそうに説明するベルナルドさんに今更断る気にはなれず、受付前にあった料金表よりもだいぶ安いそれに申し訳なく思いながらも頷いた。



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