無自覚な先輩の計画
01


同棲を始めて半年、梶野と大きなケンカをすることもなく平穏に過ごしていた。

梶野は、仕事で帰りが遅い日が多くて出張で家を空けることもあったが、一緒に暮らしたことによって安心感が生まれたのか不安になることもない。ずっと、依存してしまうんじゃないかと思っていたけど、今のところはプラス要素しかない同棲に、もっと早く頷いていればよかったと思っているのは梶野に秘密だ。

「先輩、皿取ってください」
「はーい」

今日は久々に2人で夕飯を食べる。珍しく早く帰ってこれた梶野が夕飯を作ってくれて、それをただ眺めていた俺はやっとやることをもらえたと嬉々として皿を渡すと、梶野が耐えられないというように吹き出した。

「いつまで経っても、料理してるところ見続けるの変わんないですね」
「だって俺、才能ないからさ。オーナーにお前は絶対キッチンに入るなって言われるくらいに」
「興味があるなら、上手くなれると思いますけどね」

皿にパスタを盛り付けながらそう言ってくれた梶野に、確かに興味があるなら練習すればいいんだよな、と考える。しかし、作るところを見るのは好きなのに作りたいと思うことがあまりない俺は誤魔化すように笑った。

「うーん、まぁでも、梶野が作るご飯の方が絶対美味しいから俺は食べる専門で」
「じゃあ一生俺と一緒にいないと、食いっぱぐれますね」
「そーね。だからずっと面倒みてね。おじいちゃんになったら柔らかいご飯作って」
「言っても2歳しか変わらないんで、その頃には俺もおじいちゃんですけど」
「えー・・・でも梶野はなんか、強いおじいちゃんになりそうだよね」
「・・・強いおじいちゃん?」

またおかしそうに笑う梶野に促されてテーブルにつく。パスタとサラダ、スープが並んでいて、美味しそうな香りが食欲をそそる。
やっぱり俺は食べる専門がいい、と再確認した。いただきます、と言ってから食べるとやっぱり美味しくて、そんな俺をみて梶野が嬉しそうに笑うから、俺も笑顔を返す。

「あ、そうだ、俺また出張入りました」
「どれくらい?」
「来週の月曜から一週間です」
「おー、長いね。りょーかい」
「ちゃんとご飯食べてくださいね」
「・・・ん。マスターに作ってもらう」

梶野と同棲してから太ったので、これを機会に少し食事を減らそうかと考えていたのがバレたのか、目ざとく言ってきた梶野に目を逸らしながら頷く。食事はしつつ、ジムに行って鍛えようと心に決めて、目の前のパスタを食べることに集中した。



そして、梶野が出張に行った月曜、徒歩5分の距離になったカフェに行くと珍しくオーナーが来ていた。

「慎二、久しぶり」
「オーナー!お久しぶりです」

マスターと話していたオーナーに駆け寄ると、マスターが俺は?という顔をしてきて、苦笑いをしながら、おはようございますと頭を下げた。

「今日、どうしたんですか」
「いや、なんか夜出てたバイト君が今日から3日間、出れないって言ってきたみたいでね」
「え、大丈夫なんですか?」
「うーん・・・夜は閉めるしかないかなって」
「俺、出ましょうか?」
「・・・いや、フルタイムすぎでしょう、それは」
「全然!家も近いですし、大丈夫ですよ」

正直、家に帰っても梶野はいないし、と本音は隠して前のめりでそう言うと、マスターとオーナーが揃って悩む素振りを見せる。
確かに、よく考えてみると、バーの営業時間は20時から3時までで、10時から働くとなると流石に厳しいかもしれない。困っているオーナーを助けたいと言う気持ちと本音が先行して手伝うと言ったが、そりゃあ悩むよなと、返事を待っていると、マスターがあ、と声をあげた。

「じゃあ、夜だけ出てもらおうかな」
「え、昼は大丈夫なんですか?」
「夜はちょっと別の仕事あるんだけど、昼は出れるから」
「それじゃあオーナーが大変なんじゃ」
「いいのいいの。責任者が無理するのはよくあることだよ」

そう言って微笑んだオーナーに何も言い返せずにいると、後ろからマスターが声をかけた。

「じゃ、夜出てもらうってことでいいんだな?」
「うん、そうしよう。で、慎二来てくれたところ悪いんだけど、また19時ごろに来てもらえる?」
「はい、わかりました」

今日から3日間、バーで久々にバーで働くのだと思うと少し緊張するが、それよりも楽しみの方が勝っていて、俺は軽い足取りでカフェを後にした。



それから一度家に帰り、仮眠を取ったりして、18時半に家を出た。すると、カフェに向かう途中で梶野から電話がかかってきた。
今回の出張先はシンガポールだと言っていたので、マーライオンは見たかと軽口を叩いた後にバーに出ることになったと伝えると、夜道に気をつけて、と30半ばのおっさんには相応しくない言葉が返ってきた。それに、物騒な事件とかもあるもんね、と返すと電話口から溜め息が聞こえて、小言を言われそうな雰囲気に、もう着くから、と言って電話を切った。

「おはようございまーす」

クローズの札がかけられたドアを開けると、レジで作業をしていたオーナーが顔を上げた。

「さっきぶり。本当、ありがとうね」
「いえ、大丈夫です!気にしないでください」

そして、バーの仕事について説明を受けていよいよ開店時間になる。
バーでバイトしていたのはずいぶん昔のことだし、経験はあるといえども忘れていることの方が多い。難しいお酒はマスターに作ってもらうことになっているが、やっぱり不安は拭えない。

「ま、月曜だしそんな客入んねーだろうから、そんな緊張すんなよ」

そう言って店の奥に入っていったマスターに苦笑いを返して小さく深呼吸をする。
せめて、接客だけは完璧にこなそうと自分に喝を入れてお客さんが入るまでグラスを磨くことに専念した。


そして営業開始から3時間。
パラパラと客足が途絶えない店内は、騒がしくない程度の話し声で溢れている。カウンター席には、かっこいいおじいさんと男女のカップル、そして女性2人組が一番奥に座っていた。

程よく会話をしながら、なんとかなっているなと安心していると、突然、女性2人組の方からすすり泣く声が聞こえてくる。

何事かと、チラッと視線を送ると1人の女性が肩を震わせて俯いており、それをもう1人が慰めていた。
盗み聞きするつもりはなかったが、そこまで広くない店内ではカウンターの中に立っていると会話が耳に入ってくる。

「別に嫌われてるわけじゃないんでしょ」
「う、ん。そうだけど・・・でももう付き合って1年以上経つんだよ?」
「いいじゃん。身体だけ求めてくるような人じゃないってことなんだから」
「でも、やっぱり、付き合ってるのにそういうことしてこないってことは、私に魅力がないからってことじゃん・・・」
「もー・・・じゃあ本人に聞いちゃえば?なんでしてくれないのって」
「そんな、言えないよ」

付き合ってる彼氏が手を出してこない、と泣いているらしい女性に、ふと、思い至る。

そう言えば、俺も梶野と付き合って一年以上経つのに、そういったことをしたことがない。

まぁ、俺もカフェで働き始めて、梶野も仕事が忙しくて、一緒に過ごせる時間はゆっくりまったりとするのがお互いにいいと思っていたから、不満はないのだけど。でも、考えてみれば、付き合うことになった日には、できるかできないかをあんなに重要視していたくせに、とも思う。

キスをして抱き合って眠るだけで満足していたけど、カウンターに座る女性の悩みを聞くと、やっぱり付き合ってるんだからそういうことがないとおかしいんだろうか、と思えてきた俺は、魅力がないから、という女性の言葉が引っかかった。

梶野はゲイだから、男に対して魅力的と思う部分があるに違いない。けどそれが全くわからない俺は、自分が梶野に対して魅力的だと思う部分を考える。
例えば、笑った時に寄る目尻のシワ、ジムで鍛えた身体、疲れた時にちょっとわがままになるところ、優しいところ。そこまで考えて、これは好きなところだろうと自分にツッコミを入れたくなるほど脳内で惚気てしまった、と顔が熱くなる。

俯いてグラスを拭くふりをして顔を隠すと、最近肉が付き始めた腹が視界に入った。
そうだ、梶野はあんなに体型維持してるのに、俺は着々とおっさん体型になってきてるんだから、魅力も何もないだろう。元々が細かったせいで、太っては見えないだろうが、触ると腹筋なんて一切なくてフニッとした感触だけの腹を見て、俺は決心した。

梶野が帰ってくる一週間後までに、自分磨きをしよう。

別に梶野が俺を好きだということを疑ってはいないし、このままプラトニックな関係でも全く気にはならないのだけど。いつまでも格好いいままだろう梶野の隣に立ち続けても恥ずかしくないように、と俺は1人で頷いた。



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