甘える後輩の愛は重い
01


業者の人がダンボールを運び終え、帰っていった扉を見るとついに折れてしまったと苦笑いが漏れる。

だけど、リビングにいるだろう梶野はご機嫌そうに鼻歌なんて歌っているし、実際俺もこれからの生活に胸を躍らせているからこの選択は間違ってはいないんだろう。

基本的にはリビングと寝室、あとは洗面所とお風呂場しか行き来をしていなかったので気づかなかったが、梶野の家は4LDKもあって、仕事の資料などが詰まった部屋とほとんどものがない空き部屋が2つあることをここ最近知った俺は、なんでこんな広い家に住むことにしたんだと疑問をぶつけてみた。

しかし、梶野の返答は「家決めるとき自分で見てないからわかんないです」だったので、深く追求することもなく終わった。

「先輩、とりあえず一旦休憩しましょう」

リビングに戻るとコーヒーを入れ終えた梶野に促されてソファに座る。
受け取ったマグカップには牛乳がたっぷり入ったコーヒーが入っていて、一口飲むと少し疲れていたのだと実感した。

「あー、ようやく先輩と一緒に暮らせる・・・幸せです、俺」

隣に座った梶野は引っ越しを決めた2週間前からずっと緩んだ頬を更に緩めて嬉しそうに言った。
そりゃあ、半年以上も会うたびに同棲しようと言い続けていた本人からすれば念願叶ったりだろうなと、目を細めて視線を送ると眉間にしわを寄せてわざとらしく呟いた。

「先輩はそんなに俺と暮らしたくなかったですか」
「・・・そんなことないけど。もうちょっと待ってねって返答し続ける側のことも考えてよ」
「決心ついたかなって確認してただけじゃないですか」
「毎週末会うのに毎回聞くのはやりすぎ」

文句を垂れ流す俺に再び梶野はため息をついて首を振った。

「しかも、一緒に住むのになんで部屋にベッド入れたんですか。一緒に寝ればいいじゃないですか」
「ダメだろ、それは。梶野だって疲れて1人になりたいって時だってあるよ、これから。絶対に」

例えば、できればあってほしくないけど、またケンカをしたりしたらどうするつもりだ。その度に毎回どちらかがソファで寝るなんてことになったら絶対にいつか風邪をひくことになる。一緒に住むことになったことに対して異様にテンションが上がっている梶野はきっと頭が回っていないんだろう。今度は俺が呆れたように溜め息をつくと、梶野は鼻を鳴らした。

「ひどいな、先輩。俺はいつどんな時だって先輩を抱き締めて寝れれば満足だし、疲れなんて吹き飛ぶのに」
「そういうことを言ってるんじゃなくってね、梶野くん」
「・・・わかってますよ。でも諦めてください。俺先輩のこととなると15歳は精神年齢が退化するので」
「恥ずかしいことそんな自信満々に言わないでよ」

15歳も退化されたら俺は今、高校生を相手に話しているということになってしまう。
ずっと、梶野のせいで自分が我儘になっていると思っていたが、どうやらそれは梶野も同じなようで。電話で仕事の話をしていたり、俺が不安定になってしまった時はとてつもなく頼り甲斐があってしっかりしたできる男だというのに、普段はそれなりに我儘だし嫉妬もすごい。この前初めてカフェに来た時なんか、カウンターで常連のサラリーマンの人と話をしていただけでその日の夜は拗ねた梶野をなだめるのに苦労した。
こぢんまりした店なんだからお客さんを大事にするのは当たり前でしょ、と言ってみたものの、俺とどっちが大事ですかと言い返されてしまって、呆れてしまったのは仕方のないことだと思う。

「まぁ、俺の帰りが遅い日も多いと思うので、起こしちゃったら申し訳ないですもんね。でも、俺が早く帰ってきた日はこっちの寝室に連れ込むので覚悟してくださいね」

こっち、と言いながらリビングに直結した梶野の寝室をチラ見してニヤリとした笑みを浮かべた梶野はローテーブルにマグカップを置いて俺の腰に手を回す。無駄のないその動作に、ホストとか向いてるんじゃない、と口が滑りそうになった。

「それは、まぁ、いいけど。とりあえず!一緒には住むけど、お互い仕事はちゃんとすること。梶野は全部俺に合わせようとしないで」

一番言いたかったことを伝えると、梶野は困ったように笑って、ソファに浅く座り直すと俺の肩に頭を乗せた。

「わかってます。けど、浮かれてる間は許してください。少しだけ」

甘えるように頭をスリスリと擦り付ける梶野に俺もマグカップを置いてその頭を撫でる。梶野に散々、俺に甘すぎると言ってきたが、確実にその言葉が跳ね返ってくるだろう自分の梶野への甘さに呆れる。だけど、嫌じゃない。

「・・・俺もなんだかんだ言って、梶野と暮らせるの、結構嬉しいよ。不安もあるけど」
「不安?って、また、あれですか、依存しすぎるとかですか」
「ううん、それはもう乗り越えたというか、依存しちゃってもしょうがないと思うようになったというか」
「じゃあ何ですか」
「あー・・・まぁ、一緒に暮らすってさ、その、いろいろ、知らない部分も見えてくるでしょ?それで呆れられたり、それこそ毎日顔を見てたら飽きられたりしないかなー、なんて・・・」

そう、俺が梶野と同棲することを躊躇っていた理由は何も依存しすぎてしまうということだけではなかった。

原田と再会してから、また飲みに行ったり、原田の子供たちも交えて遊びに行ったりしたのだが、その度に言われた言葉が意外にも俺の中に留まっていた。それは「浮世離れしてる」「もっと世の中のことを知れ」といった言葉で、原田からすれば心配から出たものなんだろうと理解はしているものの、そんなに俺は世間知らずなのかと不安になることが多かった。

まぁ、実際に世間知らず過ぎてタナカに簡単に騙されてしまったわけだから反論できるはずもなく、どうしたらいいんだと原田に聞いてみたところ「まず、しんちゃんは人を疑うことから始めろ。そんで警戒心を持て。あとは自己評価をもう少し高くしろ」といった返事が返ってきてまたさらに頭を抱えた。

まず、人を疑う、というのは何となくわかる。騙されてしまった過去があるからこれに関しては善処するとして、あと残りの2つだ。

警戒心、とは何に対してのことだろう。いきなり後ろから襲われるとか、道を歩いていて車が突っ込んでくるとかそういうことに対してだろうか。でもそれは全ての人に言えることだろうし、俺だってそれくらいの心構えはある。
あと自己評価。別に低すぎるわけでもないと思っているが、ことあるごとに低いと言われる。そんなこと言われたって、あと1ヶ月ほどで34になるおっさんで、確かに周りよりも背は高めだがそれ以外に特筆すべきことはないだろう。むしろ少し前まで闇金に借金を返していたということがマイナスポイントだし、料理もできず、掃除などもある程度はするがどちらかといえばズボラな方だ。

と、ずっと考えているうちに俺は料理もできない、ズボラ、世間知らず、家にいる間は基本的にだらけている、といったダメな部分が浮き彫りになってきて、それを梶野に見られてしまうのだと思うと、流石に呆れられるかも知れないといった不安が芽生えてきたのだった。

言葉を濁しながら言った後、悶々と考える俺に何を思ったのか梶野はソファに座りなおして身体ごと俺に向き合うと腰に回していた手はそのままに、もう片方の腕を肩に回してぎゅっと抱きしめてきた。

「こっちは15年も片思いし続けてたんですよ。ナメないでください。今更、先輩のダメなところ見せられたくらいじゃ嫌いになんてなれませんから。むしろ、高校の時から先輩のダメなところに惚れていたというか、それで頼ってほしいと思い始めたというか。とにかく、ダメなところも、可愛いところも、格好いいところも、自分から仕掛けてくるくせに仕返しされると真っ赤になって照れるところも、全部含めて好きなので不安になんてならないでください。そんな暇があったら、俺とこれから何をしたいかだとか、幸せになることを考えてください」

言い終えて、抱きしめる力を強くした梶野に俺も腕を回し、少し前に立場が逆で同じようなことがあったな、と苦笑を漏らした。

「・・・うん。ごめん」
「謝んないで。先輩だって、俺にダメなところも全部見せろっていったんですからね。俺だって同じです」
「だよねぇ・・・あんなに偉そうに言っといて、俺かっこわるー・・・」
「まぁ、こうやって先輩が不安になる度に俺がどれだけ先輩を思ってるかってことを伝えられるので、悪くないです」
「・・・なにそれ。普段から十分伝わってるよ」
「いや、かなり抑えてますよ。できれば毎日でも先輩が真っ赤になって顔を上げられなくなるくらいに愛してることを言いたいんです、本当は」
「あ、うん、ちょっと、それくらいでいいです」
「ほら、すぐそうなるから、俺我慢してるんですよ」

赤くなっただろう顔を見られたくなくて、グリグリと胸に頭を当てると、梶野が笑うのを感じる。優しく頭を撫でる大きい掌に毎回ときめいてしまうのはどうしようもない。さっきまで子供っぽく甘えていたというのに、気づけばこうやって愛を囁く大人の男に早変わりしている梶野についていくので精一杯だ。

「俺がどれだけ先輩を愛してるのか、もっと思い知ってください。そしたらそんな不安なんて持たないでしょうから」
「・・・はい」

なんとか答えたが、引っ越した初日は、ほとんど梶野の顔を直視できずに過ごすことになってしまった。






end.



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