頼れる後輩にもお薬を
02
ソファに横になってテレビを見初めて1時間ほど経っただろうか。
そういえば何も食べていなかったと、出前をとって腹を満たすと人間とは不思議なもので激しい睡魔に襲われた俺は、リビングの電気を消して寝室へと入り、ベッドに横になる。
どうせ梶野が帰ってくるまであと3時間はあるし、少し寝るくらいは大丈夫だろうと、睡魔に逆らうことなく目を閉じると3分もしないうちに意識が遠のいていった。
そして、どれくらい寝てしまっていたのか、ふわふわとした意識の中で目を覚ますと背中と腹周りに自分のものではない体温を感じて首だけ振り返ると、スーツを着たままベッドに横になる梶野が視界に入って、ふふふ、と笑ってしまう。
寝ているんだと思っていたが、その笑い声を聞いてギュッとしまった抱きつく腕に起きていると分かって無理やり身体を向き合わせると気まずそうに目を伏せた梶野がスーツのボタンを1つ外した。
「おかえり」
「・・・ただいまです。なんで、いるんですか」
「えー、ひどくない?嬉しくなかった?会いたくなかった?」
「めちゃめちゃ嬉しいですし、会いたかったですけど。・・・あんなメール送っといて」
「だって、梶野がいつまでも拗ねてるから。理由も言わないし」
「・・・絶対笑いますから、先輩」
そう言ってまたムッとした顔をして視線をそらした梶野に苦笑いをして今度は俺から抱きついた。
「笑わないよ。笑ったとしても嫌いになるなんてこと絶対ないんだからさ、言ってよ。ね?」
「笑ったとしても、ってのが俺としてはカッコ悪いとこ見せたくないなって・・・」
「あー、もう!いいから言ってよ!」
いい加減にしろと、胸に当てていた顔をバッと上げて梶野の顔を両手で挟むと、眉間にシワを寄せた梶野が嫌そうに口を開いた。
「あの、バイトしてたバーの店長が」
「え、店長?」
「うん、店長です。あの人が、その、バイトしてた時からなんかやけに先輩と距離が近いし、この前の電話でも『慎二は俺の』とか言ってたし・・・その人と少しでも関わる仕事なんだと思うと、嫌だったんです」
「あ、え、・・・ふっ、ふふふ、うそ・・・それだけ?」
「・・・笑った」
「ご、めんごめん!でも、だって、まず店長とは単なる仕事仲間というか、それに仕事始まってからは一回も会ってないし、同じ職場なわけじゃないし・・・ってか、バイト時代のことまで引っ張り出すとは思わなくって」
「・・・それでも嫌だったんです」
ようやく口を割った梶野が言った思わぬ理由に笑いを堪えていると、さらに拗ねた顔をした梶野はついにベッドから出てリビングへと行ってしまった。
あまりにも可愛い理由に笑ってしまった、それが梶野を傷つけてしまったのだろうかと急いで追いかけるが、ソファに座って顔を手で覆いながら天井を仰ぎ見る梶野を見て、これは照れてるだけだと安心する。そして同時にどんどん頬が緩むのを感じて座る梶野の足をまたぐように膝をついて背もたれに腕をつき、上を向く梶野の顔を覗き込むと、隙間から見える耳が真っ赤に染まっていた。
「ねー、梶野くん。顔見せてよ」
「やですよ。どうせガキだと思ってるでしょ」
「思ってないよ。可愛いなぁって思ってる」
「・・・嬉しくないです」
「えー、俺は梶野に可愛いって言われるとちょっと嬉しいけど?」
「・・・ずるいですよ、先輩は」
ようやく手を外した梶野は耳ほどではないがうっすらと頬を赤く染めていて眉間にシワを寄せたままだ。
拗ねてた理由がわからず問いただしてみれば、男らしく育った外見とはうらはらにまだまだ昔の可愛い後輩のままのような理由で。格好良くて可愛いなんてずるいな、といつかされたように梶野の額にキスを落とすと、いつの間にか背中に回っていた腕に力がこもって、俺の胸に顔を当てたまま動かなくなった梶野の頭を撫でる。
「はー、でもよかった。もうずっと梶野このままなのかと思った」
「そんなことないです・・・俺がガキなんだって分かってましたから。ただ本当に仕事が忙しくて、余裕がなかったというか・・・すみませんでした」
「いいよいいよ。仕事お疲れ様。元はと言えば出張切り上げさせた俺がいけないんだし」
「いや、それは俺が勝手にしたことですから。でも、やっぱり3週間も先輩に会えないのは応えます」
「・・・うん、俺も寂しかったよ」
腰を落として梶野の膝の上に座ると、困ったように笑う梶野が視界に入って、首をかしげると息を吐くように笑って口を開いた。
「先輩に、頼ってもらえる男になろうってもがいた結果、まだまだなんだなって思うと、悔しいですね」
「そんなことないよ。十分頼ってるし、俺梶野がいないとダメだよ」
「そう言ってもらえると、嬉しいです。けど、実際俺も同じように先輩がいないとダメなんですよね」
「いいじゃん。お互いにお互いを必要としてるって、すごいことだと思うけど」
梶野は情けないと思うかもしれないけど、俺自身は梶野に必要として貰えると嬉しいし、俺だけが梶野に頼りっぱなしなわけじゃないんだと実感できる。でもうどうやら、目の前にいるイケメンで可愛い後輩の恋人は俺にかっこいい姿だけを見せていたいらしい。コンプレックスとまではいかないだろうけど、やっぱり先輩後輩という関係が抜けきらないのがもどかしいのかもしれない。
「でも、これで梶野に、俺が会いたい時だけ会えればそれでいいなんて言われたら、俺悲しいよ。やっぱり梶野も会いたいって思ってくれたり、俺が必要って思ってくれないと」
そう、最初に梶野から俺を好きだって言ってくれたんだとしても、いつまでも俺を優先して自分の感情を出さずに優しくて格好いい姿だけを見せてくるような関係であれば、それは恋人とは言わないような気がする。
本当にただ、俺が不安定だからそばにいるだけの、そんな存在にしたいわけではない。
「だから、梶野の弱い部分も全部見たいし、ほら、俺のこと好きだって言って泣いてくれた時なんか、もうめちゃくちゃ嬉しかったよ、俺。だから、情けないとか、格好悪いとか気にしないで全部見せて」
俺の言葉を黙って聞く梶野はまた困ったように笑って、俺の頭を撫でる。どうか伝わってほしいと、じっと見つめていると、深いため息をついてようやく口を開いた。
「はぁ、そんなこと先輩に言わせたのが情けないです。先輩は、本当に、可愛くて、格好良くて、ずるいですね」
言葉を途切れ途切れに吐き出した梶野に、思わず抱きつくと、ポンポンと背中を叩かれる。
「でも、確かにそうですね。俺の全部を見てもらって、好きになってもらわないと、意味ないですもんね」
「そうだよ、好きになってもらうっていうか、もう十分好きだから、これ以上好きになっちゃったら俺どうなるかわかんないけど」
「ははは、また、離れるだけで不安になるってやつですか?」
「そう。出張とか絶対行かせたくなくなっちゃうよ」
「あー、可愛いから言われた通りにしちゃいそうですね・・・」
「ほら!絶対ダメだから!」
「でも、同棲は良くないですか?ほら、カフェも近いですよ?ケンカしたとしても絶対家に帰れば会えるって思うと、良くないですか?」
畳み掛けるように同棲の話を持ちかける梶野に思わず頷いてしまいそうになって、ぎゅっと抱きつく力を強くすると、笑う梶野の振動が伝わってくる。
「まだ、ダメですか・・・まぁ、いずれは絶対にこの家に引き込みますから、覚悟しててくださいね」
チュッと耳元にキスをされて熱くなった顔を見せないように、しばらくその体勢で動けなくなった俺だったが、そんな俺にちょっかいを出しながら時々「同棲しましょうよ」と囁く梶野に、耐えられなくなってベッドに逃げ込んだが、飛んで火に入る夏の虫だったと後悔したのはそのすぐ後のことだった。
end.
[ 12/22 ]
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