頼れる後輩にもお薬を
01


カフェで働き始めて2週間。
ずっとバーをやっていたというマスターはいい人だし、立地のおかげかそれなりにお客さんも来てくれて仕事の面ではとても充実いした日々を送っていた。

「なんだ、まだケンカしてんのか」

昼時を過ぎて少し暇になったので、食洗機横の台に溜まった皿を片付けていると、ニヤニヤとした顔でマスターがそう話しかけてきた。気が抜けて浮かない表情を浮かべてしまっていたらしい事に苦笑いして、頷いて答える。

「あー、まぁ、相手も拗ねてるだけだろうから、あんま気にすんなよー」

マスターの気遣う言葉に大丈夫だと笑顔で答えるが、心中はもう1週間も拗ねたままの梶野にどうしたらいいのかと悩んでいた。


2週間前、梶野とケンカをしてやっと仲直りができたというのに、再びケンカをしてしまったのはこのカフェでの仕事が原因だった。
北京から急遽帰ってきてくれた梶野はそのまま俺の家に泊まって、起きて朝食を食べながら言い忘れていたと、元バイト先のオーナーにカフェを手伝わないかと持ちかけられてやる事にしたことを、何気なく伝えると梶野は眉間にシワを寄せて黙り込んだ。

時々子供みたいに拗ねる梶野は年下らしくて大変可愛くはあるのだが、なかなか理由を言わない事に俺もしびれを切らして、もう決めたから、と言い放ってしまったのだった。それを聞いた梶野は、ムッとした顔をしてしばらく俺のことを無視するようなそぶりをしていた。

しかし、その日は丸々休みになったという梶野は帰るわけでもなく、雑誌を見る俺に後ろから抱きついて離れなかったり、トイレに行こうと立ち上がればどこに行くんだという目で見てきたり。完全に拗ねているだけのその態度に、どうしたらいいのか全く分からず、朝が早いからといって夜中に帰っていった梶野を見送ったきり、カフェの仕事が始まってしまった。

やっぱり、出張を切り上げて帰ってきたことが問題だったのか、当分休みがないとメールはくれたが、いつもしてきた定時ぴったりの電話はないし、時々くるメールは業務的でそっけないものばかりだ。

そして、つい昨日きたメールが〈ようやく明後日休みになりました〉という内容で、でも、じゃあ今日の夜から梶野の家に行くだとか、俺の家に来るだとかそういった事は全く書いていなくて。ここは俺から電話でもするべきなんだろうかと、思わなくもない。だけど、初めに理由も言わずに拗ね始めたのは梶野なわけで、俺は悪くないんじゃないかと思うと変なプライドが邪魔をしてなかなか連絡はできなかった。

そんな風にここ2、3日、浮かない表情で仕事をしていた俺に見かねてマスターは声をかけてきたのだろう。

仕事中に私情を持ち込むのは良くないと、気持ちを切り替えて皿を片付けるのを再開すると、ティータイムに差し掛かっていて再び混み始めた店内に悩みは忘れて仕事に没頭した。


意外にも夕方前になると学生も結構来る時間帯を乗り越えて、バーの準備をするために一度看板の電気を落とし、ドアの札をクローズにすると、奥で作業をしていたマスターが伸びをしながら出てきた。

「いやー、今日も混んだなー」
「ですね。嬉しいです」
「あー・・・あとは夜のバイト来るし、伊藤もう上がっていいよ」
「え、でもまだ片付けが」
「いいっていいって。どうせ明日土曜だから客の入りも遅いだろうし。あ、賄い食ってく?」
「そうですか・・・あ、いえ、賄いは大丈夫です。じゃあ、お言葉に甘えてお先失礼します」
「おー、じゃあ明々後日もよろしくなー」
「はーい」

最初はカフェは平日だけやって、様子を見てから土日も開くかどうか決めると言ったオーナーの指針で土日休みの俺は普通の会社員と同じようなシフトで働かせてもらっている。
カフェだけの要因だとオーナーに言われた通り、バーを手伝ってくれと言われた事はなく、だいたい18時半には仕事を終えて賄いを食べたり食べなかったりだが、最低でも19時にはカフェを出ることが多かった。
今日はちょっと早めで、18時過ぎに通りへ出て駅に向かう。

駅前には今から飲み会などに行くのだろうサラリーマンや大学生で溢れていて、この人波をかき分けて駅に行くのが少し億劫なので金曜日はあまり得意じゃなかった。

ようやく駅の看板が視界に入って、ふと足を止める。

梶野に伝えてはいるが、ここは梶野のマンションの最寄駅だ。ここから歩いて5分もかからない場所にある彼の家に、しばらく行っていない。そして行く予定もないのに常に肩から下げた鞄に入った合鍵を触ると、なんでこんなに俺が悩まなきゃいけないんだというイライラといい加減に声を聞きたいし顔が見たいという寂しさが募る。

気づけば俺はせっかくかき分けた人波に再び入り、上がったばかりのカフェを通り過ぎて梶野の家へと足を進めた。


相当早歩きだったのか、ものの3分ほどで着いてしまった高いタワーマンションを見上げて怖気付くが、ここまできたら入らなければと、エントランスで頭を下げる男性と女性に会釈をしてエレベーターに乗り込む。
28階を押そうとして、隣の27階を押してしまったりと、やけに緊張している自分に嘲笑しながらドアの前に立って、そういえば、と考えがよぎる。梶野はもしかしたらもう家にいるかもしれない。

会社から家までは車で20分かからないと言っていたし、会社の定時は17時半だったはずだ。もし家にいたとすると、鍵を開けて入るのは少し気まずいと、そっとインターホンを押した。

30秒以上経っても反応のないそれに、ほっと胸を撫で下ろしてカバンから鍵を取り出して家に入ると自動照明の玄関以外は真っ暗で、家主がいないところにお邪魔するのはこんなにドキドキするのかと、小さい声で「お邪魔します」と言ってリビングへと向かう。

電気をつけると本当に忙しいのか、キッチンのシンクにマグカップやコップが10以上も溜まっていて、梶野の体調が心配になる。とりあえず、と荷物を置いて溜まった洗い物を片付けてから寝室に向かい、衣装箪笥を開けて俺の着替えを取り出す。
1週間過ごしている間に梶野のものと同じくらいの量揃えられてしまった衣服や日用品に、本気で同棲したがってるもんな、と思い出し笑いをする。

入るまではあんなに躊躇っていたというのにいざ入ってしまえば自分の家かのように振舞えてしまうことに少し照れくささを感じながら、携帯で梶野に〈何時に仕事終わるの?〉とだけ送ってシャワーをしに風呂場へと向かった。

そして15分ほどでシャワーを済ませて、洗面台に置いていた携帯を見るとメールが届いていて、頭を拭きながらリビングに戻って開くと、その内容に頬が緩むのがわかる。

〈多分、22時越えると思います。先輩が良ければ、明日迎えに行きたいです。〉

きっと遅くなってしまうからと気遣っての言葉だろうが、梶野は今日、俺に会えないと思っている。いたずらごころが芽生えて、どう返事をしようかと悩んでいると、もう一通、メールが届いた。

〈すみません、やっぱり23時超えそうです。〉

どうやら本当に忙しいらしい梶野に、いたずらよりも心配が優って返事を打った。

〈体調大丈夫?無理しないでいいからさ。明日はゆっくり休みなね〉

送信を押して、まぁ、帰ってきたら俺がいるわけだけど、と心配しつつも驚くだろう梶野の顔を想像して3週間以上ぶりのフカフカのソファに横になってテレビを眺めた。



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