処方箋が切れた場合は
04


それからは、あれよあれよと言う間に、ヨネダ社長とオーナーとで話が盛り上がっていき、俺は来週から新しく開くと言う店で働くことになった。
すでに店長になる人は雇っているので、まずは研修という形でゆくゆくは社員にまでしてくれるという。

使い物にならなかったらすぐに言ってくださいと、言ってはみたものの、そんなのありえないから大丈夫、と言い返されて終わった。

新しい店の場所は、偶然にも梶野の家に一番近い最寄りの駅前だった。最近おしゃれな店が増えているので昼はカフェ、夜はここと同じ様にバーをやろうと思っているらしい。そして俺には昼のカフェを手伝って欲しいそうだ。

「その雇った店長が、ずっとバーをやってた人でね。顔がちょっとお昼向きじゃあないんだよねえ。だから、爽やか要因で慎二なんて俺からしてみれば棚から牡丹餅なんだよねえ」
「さ、爽やか要因、ですか」
「うん。ここで働いてる時もさー、あー、この子は夜よりも太陽の下の方が似合うなぁって思ってたんだよねえ」

なんとも恥ずかしい言葉をツラツラと並べるオーナーに顔を赤くしていると、いつの間にか入っていたテーブル席のお客さんから注文を取ってきた店長が、カウンターに肘をついてオーナーを上目遣いに見た。

「俺、慎二とまた、働きたいなー!」
「だめ。お前一応ここの店長なの。一応。俺普段店に顔なんて出さないし」
「一応って!!ひど!でもさぁ、働きたいじゃんー」
「・・・わかったわかった。そのうちヘルプ出してあげるよ。どうせここは夜だけだしね。その代わりお前は不眠不休で働くことになるけど?」
「ぐっ、い、いいよ!!癒されに行くために犠牲はつきものだ・・・!」

冷たくあしらうオーナーとそれに突っかかる店長に社長と笑っていると、ポケットに入れた携帯が震えたのがわかった。取り出してみると再び梶野からの着信だった。
家にいた時とは違って、仕事も見つかり、気分が高揚していた俺は社長に断ってカウンター横まで移動して電話に出た。

「あ、梶野?さっきごめんね」
〈はー、良かった。何もないならいいです〉

どうやら電話に出なかった俺を心配していたらしい梶野は、電話の向こうで安心した顔をしているのだろう。1度目の着信を無視してしまったことを後悔した。

〈あれ、今外ですか?〉
「うん、前バイトしてたバーに来てるよ」
〈あぁ、大学の時のですか〉
「そうそう。あ、梶野きたことあったっけ」
〈・・・一回だけ〉
「そうだったね。あ、それでね」

早速、先ほどオーナーに貰った仕事の話をしようとしたところで、店長が後ろから抱きついてきて言葉が止まってしまった。今すぐ梶野に報告したいのに、と、ちらっと睨むがそんなのは全く店長に効かない。
身長は俺よりも少し高いぐらいだが、体格がいい店長にのしかかられると体がどんどん前に倒れていく。

「慎二〜!お前からも言ってよ〜!俺と慎二は一心同体、ずっと一緒に働いてきたんですーって!」
「え、あ、店長ちょっと待って!今電話中なんです」
「うん?あ、ほんとだ。だれだれ?彼女?・・・え!彼女!?ダメダメ、慎二は俺のー!」
「ちょっとほんと、黙ってて!・・・あ、梶野?ごめん」

見かねたオーナーが店長のシャツの襟を掴んで引き剥がしてくれたおかげで、やっと梶野に声をかけられたがなかなか返事が返ってこない。

「梶野・・・?」

もう一度声をかけると、ようやく声が聞こえたがそれは深い溜め息で、思わず肩を揺らしてしまう。

〈あー・・・先輩って・・・、今日、原田先輩に電話しましたよね?〉
「え?・・・なんで?」
〈・・・すみません、さっき先輩が電話に出なかったので、勘が働いて原田先輩に電話して、それで聞きました、今朝のこと〉
「あ・・・うん、ごめん、したよ。でも、もう大丈夫だよ?」

まさか、梶野が原田に連絡をするとは思わなかった。本当に変なところで勘が鋭い梶野に苦笑をこぼすと、再び電話口から溜め息が聞こえてくる。原田はきっと、良しとして梶野に話したんだろう。責めはしないが、できれば梶野には秘密にしていて欲しかった。

〈・・・そういう時は、俺を頼って欲しいんですけど〉
「ごめん、でも、梶野が出張だって言ってたから」
〈そんなの、先輩に関係ないじゃないですか〉

これは、売り言葉に買い言葉かもしれない。俺は、梶野に呆れて欲しくなくて迷惑をかけたくなくて電話をしなかった。そして梶野はきっと恋人としてそういう時は自分を頼れと言っているんだろう。わからなくはない。俺だって梶野に何かあれば絶対に俺に言って欲しいと思う。でも、最後の一言は聞き流せなかった。

「っ、関係ないってなに!?俺だって、いろいろ考えて・・・!」
〈だから、先輩はそんなこと気にせずにいつでも俺を頼ってくれればいいと言ってるんです!〉
「そんな、いつまでも頼ってばかりいられないじゃん!俺だって、そんなの」
〈はぁ・・・もういいです。帰ったら話しましょう〉
「っ!やだね、もう知らないよ!さようなら!」

ブツッと電話を切った俺はその場にしゃがみこんだ。なんでこうなるんだろう。仕事が見つかったよって言いたかっただけだったのに。だけど、元をたどれば、俺の心が弱いのが悪いんだろう。梶野からの電話に素直にでていれば、またきっと状況は違ったはずだ。更に言えば、梶野から届いたメールを見て、卑屈にならずに俺もやってやる、と自分を鼓舞できる人間だったらよかったんだ。

止まらない涙と嗚咽に、膝に顔を埋めてここから消えてしまいたいと思う。

少しして背中をさすられていることに気がつき、顔を上げると心配そうな3人の視線がこちらに向いていた。
背中をさするオーナーは俺の手を引いてカウンターに座らせるとポンポンと肩を叩いた。

「なんとなーく、察したけど、彼氏?」
「え・・・あ・・・」

言われた言葉に、しまった、とオーナーと店長の顔を見ると、なんとも言えない顔でこちらを見ていた。
ヨネダ社長には原田とともに、もう伝えていたので気にすることはなかったが、それでも電話での痴話喧嘩のようなものを見せてしまったことは恥ずかしく思えてきた。
オーナーからの質問を無視するわけにもいかず、ゆっくりと頷くと横にいた店長がカウンターにゴンッと頭を伏せた。

「ああああー、慎二が、俺の癒しが・・・」
「こいつは気にしないでいいからね。そっかぁ、いや、ごめんね?電話口から男の人の声が漏れてたからさ。でも、よかったね、慎二。頼れる人、できたんだね」

オーナーの優しい言葉に、なんで俺の周りはこんなにいい人ばかりなんだと思う。
原田だって、ヨネダ社長だって、奥さんと子供がいて、それでもアブノーマルであろう俺のことを避けるでも気遣うでもなく普通に接してくれている。

またしてもボロボロと涙をこぼす俺を社長もオーナーも、しばらくして落ち着いたらしい店長も慰めてくれて、俺はなんとか梶野に〈ごめんね、帰り待ってる〉とだけメールを送ることができた。



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