処方箋が切れた場合は
02


派遣の仕事を辞めて1週間、俺は次の仕事探しに苦戦していた。
自宅でかき集めてきた求人冊子を眺めるも、自分ができそうだと思えるものがなかなか見つからない。

気づけばもう夕方になっていた。薄暗くなった空を見上げて、また今日もやりたいことも、できることも見つからなかったと肩を落とす。
借金がなくなった上に、今まで返済してきた分の3分の2も手元に戻ってきたので暮らしに余裕があるのも良くないのかもしれない。もし金が必要となればどんな仕事でもやるのに。

思っていたよりも、甘い考えを持つ自分に呆れてしまう。

でも、どうせならやってみたいことを見つけてそれを仕事にしたい。
33にもなってそんな夢を持つのは遅すぎるのかもしれないが、20代をひたすら金を稼ぐことのみに費やしてしまった俺は、どうしてもその考えになってしまう。
梶野と再会して甘やかされてしまったせいで、多少わがままになっているのかもしれない。

この場にいない、俺に激甘な恋人に責任を転嫁してしまったことに苦笑いをしていると、タイミングよく携帯が震えた。画面には【梶野】の文字。17:30を示す時計を見て、また今日も定時ぴったりにかけてきた、と通話ボタンを押す。

「お疲れさま」
〈ありがとうございます。家ですか?〉
「うん、もう仕事終わったの?」
〈あー、いや、むしろ今から3日間も出張に行くことになりました・・・〉
「え!大変じゃん。あ、じゃあ、明後日の休みは無しになったの?」
〈・・・残念ながら〉
「大丈夫?体調気をつけなよ」
〈体調はどうでもいいんですけど、先輩と会えないのはしんどいですね〉
「はいはい・・・気をつけて行ってきなね」
〈あー・・・社長辞めたい・・・〉

なんとも贅沢な愚痴をこぼす梶野に、俺なんか今無職だよ、と言いそうになる。
どうしても一人になると卑屈になってしまう自分が嫌になるし、それを梶野にぶつけてしまいそうになるのがもっと嫌だった。

3日間出張だと聞いて、俺も寂しいと思わなくもない。最後に会ったのは、派遣の仕事を終えた日だ。迎えに来てくれた梶野の家に泊まって、その翌日仕事が入っている梶野と一緒に朝、家を出てそれからは会っていない。そして休みが潰れたということは、さらにあと1週間は会えなくなるということだろう。

おっさんなのに、まるで付き合いたての中学生のような思考を巡らせる俺に、しっかりしろと、自分で頬を叩く。むしろ、この間に次の仕事を見つけて俺も忙しいから気にしないでと言えるようになろう。

「俺も仕事探し、頑張るからさ。梶野も仕事、頑張って?」

情けない部分は隠して、見栄を張った言葉を伝えると梶野はため息をつきながらも「頑張ります」と返してくれた。

いくら頼れるからと言って、甘え続けるわけにもいかないんだから。それに、一応俺は先輩なわけだし。
そう気合いを入れ直し、甘やかしまくって、簡単に俺をダメ人間にする梶野と少しの別れの挨拶をして電話を切った。



翌朝、起きると梶野からメールが入っていた。
〈着きました〉と本文に書いてあり、画面を下に動かすと、なんと漢字まみれの看板を背景に【北京首都国際空港】と書かれた何かの紙が映る写真が添付されていた。

「出張って、海外だったのか」

独り言を漏らしてしまうほど、俺と梶野の差に朝から落ち込んでしまう。
あちらは軌道にのる会社を経営する敏腕社長で、こちらは闇金からなんとか逃れたもののやりたいこともなくぼんやりと過ごしている無職のおっさんだ。

こんなことでは、いつか梶野に呆れられて、捨てられてしまうに決まっている。
そして俺は、また一人になって、タナカみたいなやつにまた騙された挙句、次こそは、きっと。

よくない方向に思考が向いてしまっていると、少しずつ荒くなる息と共に冷静に感じた。
どうやら極度な不安になってしまうこれは、まだ治ってはいないらしい。梶野がすぐに会える距離にいないと思った途端にこれだ。最初の1週間は少しフラッシュバックのようなものがあったけど、それ以降から今まではなんともなかったのに。

なんとか、呼吸を落ち着けて携帯を手に取り、原田の連絡先を開いて電話をかけた。
迷惑だろうか。原田ですらも、呆れてしまうだろうか。
不安になりながらも、コールをひたすら聞いていると、15秒ほど経ってようやく原田の声が聞こえた。

〈おー、どうした?〉

いつも通りなその声に、少し呼吸が楽になった。しかしなかなか声が出せずにいると、電話口から心配そうな原田が言った。

〈え、なに?どうしたの、大丈夫?しんちゃん?・・・え、なんか息荒いけど、まじで大丈夫?〉
「あ、ご、めん。ちょ、っと、息がしづらくて」
〈えぇ!?なに、どうしたらいいの!?〉
「な、んか、ふ、つうに喋ってくれ、れば」
〈普通って言ったって・・・もしかして、あれか、前言ってた不安になると過呼吸になるって言ってたやつ?〉
「そ、う。ごめ、ほ、んと、に」
〈あー、そうか。いいよいいよ。しんちゃん、ちょっと息吸って、ゆーっくり息吐いてみ?〉

少し前に、極度に不安になってしまい、それで過呼吸になってしまうことを打ち明けていたので、事情を察した原田は最初に比べてだいぶ落ち着いた声でそう言った。

言われた通りに少しだけ息を吸って、ゆっくり吐く。

大分落ち着いてくると、今度は情けなさと恥ずかしさで涙腺が緩んできた。
これ以上、原田に迷惑をかけるわけにはいかないと、こぼれ落ちた涙を袖で拭いながら礼を言った。

「・・・ごめん。助かった。本当にありがとう」
〈おー、落ち着いた?〉
「うん、落ち着いた。ごめんね、いきなり」
〈いーよ、気にすんな。・・・でも梶野はどうしたんだ?〉
「あー・・・今出張中で北京にいる」
〈まじか。それで俺かー。仕事始まる前でよかったよ〉
「うん・・・ありがとう、本当に」
〈気にすんなよ?あんなことあったんだし、トラウマってのはそんな簡単に消えないもんだからさ〉
「・・・うん」
〈あー、ごめん、もう仕事戻らないと。じゃあ、またいつでも連絡しろよ!〉
「あ、うん。ごめんね、仕事前に。じゃあまた」

電話を切った途端、堪えていた嗚咽が漏れた。
情けない。本当に情けない。

こんな風になってしまう自分が心の底から嫌いだし、変わりたいと思っているけど、今は無性に梶野に会いたかった。



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