処方箋が切れた場合は
01


日が落ちると大分寒くなってきた11月の初旬。
今日、俺は派遣として最後の現場での仕事を終えた。

現場の人たちとはどちらにせよこれで最後だったので、軽く挨拶をして別れるのだろうと思っていたのだが、どうやらお疲れ様会と称した飲み会が行われるらしい。

週末である今日は、もうすでに梶野が迎えにきているはずだ。あれからというもの、隙あらば一緒に住もうと言ってくる梶野をなんとかなだめるために、週末は絶対に梶野の家に行っている。
しかし、お世話になった先輩たちに絶対参加しろと言われて頷いてしまった俺は、申し訳なく思いながらも電話をかけて事情を説明した。

「て、ことなんだけど・・・終わったらまた連絡するでも大丈夫?」

毎回現場まで迎えにこられるのは恥ずかしいと、派遣会社の事務所の方へ迎えに来てもらっている。
現場からはバスで15分ほどかかるが、いつも現場が終わる大体30分前には着いて待っている梶野に返事を求めたが、なかなか返ってこない。
変なところで子供っぽい梶野は、もしかしたら拗ねているのかも、ともう一度声をかけた。

「梶野?」
〈あー、すみません。・・・それって、あの、加賀美とかいう人来ますよね?〉
「え?加賀美さん?来ると思うけど・・・あ、もしかして最初の飲み会でのこと気にしてる?」

いつになく不機嫌そうな声を出す梶野に、俺と話したいが為に開催した、と今なら思える最初の飲み会で、加賀美さんにふざけてキスをされたことを思い出した。
しかし、タナカとのことがあって1週間も現場を休んでしまっていたが、復帰した後も普段通りに接してくれた加賀美さんは多分気にしていないだろうし、なんなら酔っていたから覚えていないんじゃないだろうかとも思うくらいだ。

「そんな前のこと気にしないでよ。別に普通だよ、加賀美さん。あれはほら、ただ悪ふざけしただから」
〈・・・あの時、目が完全にガチでしたけどね・・・まぁ、仕方ないです。終わったら絶対連絡くださいね?というか、店分かったら送っといてください。あと、飲み過ぎるの禁止です。むしろ一滴も飲まなくてもいいですからね。ウーロンハイとか絶対頼まないで〉
「わかったわかった!飲みません!もー・・・心配性だなぁ、ふふふ」

了承しつつ口うるさい梶野に呆れながらも、愛されてるからこそだとも分かっているので思わず笑いをこぼすと電話の向こうで深いため息が聞こえた。

〈本当は俺も行って監視したいくらいですけどね。そんな心狭い男じゃ嫌われそうなので我慢します。けど、もう、先輩は俺のなんですからね。キスとかされないでください〉

やけに真剣な声色でそう言った梶野に、なんだか無性に会いたくなってしまった。飲み会なんか放っておいて、帰ってしまおうかと思い始めたが、誘ってくれた先輩の言葉を頭の中で復唱してなんとか思い直す。

「うん、分かってるよ。大丈夫だから、心配しないで。じゃあ、もう行くからまた連絡するね」

変わらずにトーンの低い梶野の返事を聞いてから電話を切って、俺は荷物を取りに現場へと持った。



飲み会が始まってから2時間。いつかと同じく金田さんと加賀美さんに挟まれて座る俺は、派遣の仕事を辞めると言ってから質問責めにあっていた。

「伊藤、派遣辞めて何すんだよ。俺たちんとこ来るか?」
「まだ決めてないです。けど、現場の仕事は向いてないなって思いまして」
「そうかぁ?お前手先器用だし、仕事丁寧だから向いてないことないと思うけどなぁ」

金田さんは焼酎を煽りながら、ずっと俺を自分の会社に誘ってくる。それに賛同して加賀美さんも声をあげた。

「そーだそーだ!むさ苦しい男たちの中に伊藤がいるだけで癒しだったんだから!」
「いやいや、俺だっておっさんですから」
「歳は変わんねえけど!見た目がおっさんじゃねえのよ!」
「あー・・・そうですか?」

さっきから同じことを繰り返し答え続けているので、だんだんと面倒になってきた俺は、梶野に言われた通り一滴もアルコールが入っていない、ただのウーロン茶に口を付けて加賀美さんから目をそらす。
梶野が心配していたようなことはないけれど、酔った加賀美さんはシラフで相手をするにはちょっと疲れる相手だった。

「あー、悲しいよ、俺は。でも、まぁ、仕方ないよなー。だってあの社長が相手だもんなぁ」

無視を決め込んだ俺に、鼻をすすって泣き真似をし始めた加賀美さんに、席を移動してしまおうかとすら思ったが、最後に聞こえた言葉に思わず目を向けた。

「・・・え?」
「え?あ、気づいてないと思った?つーか、伊藤が1週間休むってなった時、現場にあの、カジノさん?だっけ?来たんだよ。そんでまぁ、めちゃくちゃ睨まれちゃったのよ、俺。あと、最近は見てないけど、伊藤のこと迎えに来てんの見たことあるし。そりゃー、いやでも気づくというか、あんなイケメンには勝てないというか?伊藤のことめちゃくちゃ大事にしてるじゃん、あの人」

俺の表情を見ただけで察した加賀美さんはつらつらと言葉を並べた。その内容に、恥ずかしさで徐々に顔が下がっていく。

「あー・・・なんかごめんな?多分俺以外誰も知らないと思うよ。ほら、俺は別に男でも女でも大丈夫だけど、現場の人たちは基本的に女と恋愛するのが普通っていう思考回路だからさ?俺がちょっと目ざといだけだから」
「・・・それでも恥ずかしさは消えないです」

世間的に男同士の恋愛はまだそんなに受け入れられてないかもしれないが、そこに関しては好きになってしまったものは仕方がないと自分の中で片付けたので気にしないことにしている。もちろん外でベタベタとくっつくようなことはしないけど。

なので、俺が今なかなか顔を上げられない理由は、男と付き合っていることがバレてしまったことへの羞恥心ではなく、梶野が加賀美さんを睨んだことや週末には毎回迎えに来てくれること、そして最後に言われた大事にしてるという言葉に、甘ったるい俺たちの関係を客観的に見てしまったことによる恥ずかしさからだった。

それから加賀美さんの顔を見ることなく飲み会を終えた俺は、梶野が迎えに来ると言っていたので車が来やすい通りまで歩いていた。

タクシー乗り場の少し先でガードレールに腰掛けて待っていると、2分ほどで見慣れた車がすぐ横に停まった。ドアを開けると、少し眠そうな目をした梶野が片手を上げる。

「ごめんね、遅くなっちゃって」
「いえ、大丈夫です。何もありませんでしたか?」
「うん、ないよ。お酒も飲まなかったし」
「それなら良かった。コンビニとか寄ります?」
「いや、大丈夫。早く帰ろう。梶野眠そう」
「あー・・・眠い、というか、気疲れというか・・・じゃ、家に向かいますね」

そう言って車を発進させた梶野の顔を盗み見る。
いつになく無表情なその顔に少し寂しさを感じたが、梶野だっていつも優しいわけじゃなくて、そういう気分の時くらいあるよね、と俺も黙って窓の外を眺めるのに徹した。



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