05


昨日は昼過ぎに目が覚めて昼のワイドショーを観ながらカップラーメンを食べてボーッと過ごした。

朝7:00に会社に向かうと、なんだか事務所が慌ただしい雰囲気だった。急いでドアを開けると社長たちの怒鳴り声が聞こえた。

「タナカの野郎!!金庫の金、全部持って行きやがった!!」
「電話も家も全部解約済みってどういうことだ!!」

タナカ。その名前を聞いて、血の気が引いていく。

「しゃ、社長、何があったんですか」
「あ?ああ、伊藤か。タナカが会社の金持って逃げやがった!!」
「タナカ・・・先輩・・・が、ですか」
「ああ、くそっ。前の会社で問題起こして、情けで雇ってやったのに、仇で返しやがった」

会社、金、逃げた。そこでようやく気づいた。俺は多分、騙されたんだ。

「あの、タナカ先輩って、妹います?」
「妹?いねーよ。アイツ確かどっかのボンボン一人息子だろ。色々と面倒起こすからってんで、地元から追い出されて好き放題やってんだよ」

社長の言葉を聞いて確信に変わると、膝から力が抜けてしまった。その場に崩れ落ちた俺を見て、社長が驚きの声を上げる。周りの先輩たちもそれを聞いてこちらに視線を向けた。

「なんだ!?どうした、伊藤!」
「あ、俺、昨日タナカ先輩に、金、保証人、名前書いてしまって・・・」
「は?なんだ?もしかしてお前、保証人になっちまったのか!?」
「妹さんが、病気だって聞いて、それで・・・」
「タナカ・・・っ、どこまでクズなんだアイツ・・・!!」

社長の言葉を聞いて、先輩たちが集まってくる。

「伊藤、大丈夫か?」
「お前、今日は帰ったほうがいい」

心配の声をかけてくれるが、あまり頭に入ってこない。俺がサインをしたから、先輩、いや、タナカジョウは会社の金を盗むことに踏み切ったのかもしれない。全部俺のせいだ。俺が悪い。

「社長・・・!すみませんでした!俺が、俺がサインしなければ、こんなことにならなかった」

崩れ落ちた状態から土下座をして謝ると社長が慌てて俺の肩を掴んで頭を上げようとしてくる。

「何言ってんだ!!お前は一番被害者だろ!会社は保険だのなんだの、いろいろあんだよ!アイツの身元もわかってんだ。お前は、闇金の保証人にされちまったんだぞ!」
「いや、俺のことなんか、いいんです。自業自得なんです、それより、会社に迷惑を・・・」

罪悪感でいっぱいの俺は、自分のことなんか考えてられなかった。顔を上げると、心配そうな社長や先輩たちの表情が目に入り、さらに心苦しくなる。
闇金、借金を抱えてしまった。大学の学費ですら、母さんの入院費ですら、手をつけたこともなかったものに、俺が無知でバカなせいで手を出してしまった。勢いよく立ち上がり、複合機からコピー紙を取り出して、退職します。と言う内容を書き、社長に渡した。いきなり動いた俺に驚いて紙を受け取ってしまった社長は、内容を見てハッとこちらを見た。

「雇っていただいたのに、こんな形で辞めることになってしまって、すみません。きっとこのままだと、会社にも迷惑をかけることになると思います。皆さんのことは一生忘れません。っ、ありがとうございました!」

言いたいことだけ言って、カバンを持ち逃げるように事務所を出た。後ろで社長の呼び止める声が聞こえたが、もう、関わってはいけない。迷惑しかかけないのだから。いい歳をした男が泣きながら走っているのはさぞ滑稽だっただろう。
家に帰り、就職する前にやっていた日雇いバイトにまた登録をしてその日は一睡もせずに朝を迎えた。


翌日、日雇いのバイトがそんなにすぐに入るわけでもなく、ただ家でじっとしていると、ドアを叩く音が聞こえた。闇金がもうやって来たのかと、ビクビクしていると、家の前で誰かが話している。
ドアに近づき、耳を澄ましてみると、どうやらヨネダ社長と原田が鉢合わせたらしい。

「会社で・・・保証・・・闇金・・・」
「は!?なんだよそれ!!」

どうやら社長が会社で何があったのかを原田に話してしまったらしい。原田の怒鳴り声が聞こえたと同時に、ドアが強く叩かれた。

「おい!しんちゃん!慎二!!!いんだろ!出てこい!」
「いや、そんな強く言わなくてもいいんじゃねえのか」
「わかってねーな、おっさん。こいつは何でもかんでも一人で抱え込むやつなんだよ!!」

社長に向かって、おっさんって・・・口が悪いな、原田。これ以上騒がれると近所迷惑になると思い、チェーンを外してドアを開ける。

「原田、うるさい」
「おまえ!!なんですぐ出ねぇんだ!」
「・・・寝てたの。社長、すみません」
「いや、いんだよ。お前、酷い顔だぞ。ちゃんと寝たのか?」
「はい、寝ました。ただ、体調が良くないので・・・」
「あ、あぁ、そうだよな。昨日の今日で、すまん。だけど、一言だけ言わせてくれ。あの退職届は受け取れねえからな。名前もねえし、日付もねえ。受理できねえよ」
「・・・すみません、後日改めて正式なものお送りするので、そちらで対処お願いできますか。もしあれなら無断欠勤でクビにしてもらっても構いません」
「だから、そう言うこと言ってんじゃねえんだよ。辞める必要ねえって言ってんの。むしろ、俺があいつの事しっかり見てなかったから、こういうことになっちまったわけだから。俺の会社でお前を守らせてくれよ」

真摯に訴えてくる社長に涙腺が緩むが、首を横に振って拒否する。こんな俺を、学も何も無い、ただのバイトだった俺を雇ってくれただけで充分だったのに、そんなことまでさせられない。

「お前が首を縦にふるまで、俺は帰らねえぞ」

頑として俺が会社を辞めることを許してくれなさそうな社長に、とりあえずその場しのぎの言葉を並べた。

「・・・少し時間をください。考える時間を。俺、今、頭ん中ぐちゃぐちゃで。今週中には返事しますから」
「返事も何も・・・いや、わかった。一週間、ゆっくり休め。んで、来週事務所にちゃんと顔出せ」
「・・・わかりました」

こう言わないと帰ってくれないだろう、と嘘をつくことを、裏切ることを心の中で謝りながら返事をすると、社長は納得はいっていないが仕方ないという表情で「じゃあ、またな」といって帰っていった。

社長を見送ってから、横を見ると今まで黙っていた原田が今にも口を開けて怒鳴りそうだ。口を手で塞ぎ、シーっと指を口に当てると、睨みはするものの頷いてくれた。ゆっくり手を離すと俺の体を押しのけて部屋に入る。
原田は、葬式以来再び俺の部屋に顔を出すようになった。なぜ定期的にくるのかと聞いてみたところ「生存確認」とだけ返ってきたのでそれ以来黙って受け入れている。まぁ、それもこれで最後になるだろうけどな。



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