01


きっと、俺は前世でとんでもない悪事を働いたに違いない。

でなければここまで酷い目に会う理由が見つからない。

鼻息を荒くして俺に迫ってくる男に恐怖と不快感が溢れてくる。俺は確かにひょろっとしてるかもしれないが男だし、恋愛対象は女だ。顔が綺麗だとか美人だとか散々言われてきたが、そんなこと言われたって全くこれっぽっちも嬉しくない。どうせならかっこいいとか、強そうとか言われたい。

いくら現実逃避したところで、目の前の男はどんどんと近づいてくるし、紐か何かで縛られた腕が自由になることはない。

このまま犯されて、山にでも捨てられるんだろうか。
俺の人生、ろくなもんじゃなかったなと、諦めながら目を閉じた。



話は大体15年半前に遡る。



頭の出来が悪かった俺は、地元では有名な最低ランクの高校に入り、勉強もせずダラダラと毎日を過ごしていた。
悪い先輩とつるんで、喧嘩や夜遊びもしたし、タバコも覚えた。今思えば真面目に勉強でもすれば良かったと思う。今更後悔しても、もう手遅れだけど。

なんとか留年を免れて3年に上がった時、1年にイケメンが入学してきたと噂になった。その噂は、女子が一学年に15〜20人しかいなかった俺の高校でもすぐに広まって、自然と耳にも入ってくる。女子の噂好きには驚いたが、女子が皆釘付けになってしまったと嘆く男子が噂したのもあるんだろう。

「しんちゃん、なかなか面白そうな奴だったよ、一年のアイツ」

入学した当初に先輩に目をつけられて呼び出された際に、なぜか気に入られてしまった俺は、そのまま学校のカースト上位に入れられてしまい、先輩には猫可愛がりされ、後輩にもよく懐かれた。別に喧嘩が強いわけでもないのに。

俺が空き教室でサボっていると、後輩や今来たクラスメイトが集まってくるのが日常茶飯事だった。

「へぇ。てか見に行ったの。早くない」
「だって、気になるじゃんよ。んで、昼休みに挨拶こいって伝えた」
「は?・・・なんで?」
「はあ?この学校で、それなりにやんちゃするなら先輩に顔見せとかなきゃっしょー」
「・・・あー、そういうもんなの?めんど・・・」

確かに俺たちの先輩たちは礼儀だのなんだのうるさかった気がしなくもない。俺はあんまり言われたことがなかったけど。この目の前にいる、原田 和義もそういうのを気にするタイプだったらしい。

「しんちゃんはそういうの気にしなさすぎ。ナメられるわ、そんなんじゃ」
「いやー・・・ナメられるも何も、俺別にそういうの気にしたことない」
「・・・まあ、誰も喧嘩売ってこないでしょうけどね。しんちゃんなんて言われてるか知ってる?ヤクザの愛人だとか、囲われてるから手ぇ出すなとか、めっちゃ言われてんだよ裏で」
「・・・まじ?」

これだから、根も葉も無い噂っていうのは。周りに言われすぎて、自分の外見が他よりも少しいいというのは自覚しているが、男だし。酒もタバコもやってはいるが、そこまでえぐいグレ方をした覚えもない。さらには髪も染めていないし、制服もそこまで着崩してない俺はちゃんとすればそこそこ好青年に見えると自負している。
それなのにそんな噂が流れているなんて。学校という閉鎖的な空間の怖さを実感した。

「とりあえず!昼休みだからな!逃げんなよ」
「あー・・・わかったよ。寝てたら起こして」
「・・・はー、ほんと。もっとシャキッとしてさあ、外見にも気ぃ使えよ。その、なんかふわついた空気が誰でもオッケー!っていう感じに見えんだっつの。このタラシ」

文句を言われるのはいつものことなので特に気にしたことはない。返事をしないでいると、原田はぶつぶつと何かを言いながら空き教室を出て行った。それを見届けてから床にブランケットを引いてカバンを枕にして横になる。

俺だって授業に出なければとは思う。だけど週5で入っている居酒屋のバイトが遅くまでのシフトのため睡魔が半端じゃない。昼はパート、夜は水商売で俺を必死に大学に行かせようとしてくれている母さんの力になればと、高校生がするべきじゃない量のバイトをしている自覚はある。でもそれのおかげで遊ぶ金や学校で必要になった金などで頼ったことは一度もない。しかし大学に行かせようとしてくれている母さんの助けと言っておきながら、それで授業を受けていないとなると、本末転倒な気もする。一応留年ギリギリのところを見極めてサボっていたつもりなので大目に見て欲しい。

目を閉じると1分も経たないうちに俺は寝てしまった。


目が覚めたのは1時間半ほど経ってからだった。自然にではなく、体を揺する手とでかい声で目が覚めた。俺は硬い床でも気にする事なく熟睡していたらしい。

「しんちゃん!おい!もう、昼休み!」
「んー・・・もうきたの?」
「まだ!でも、こんな可愛いブランケットの上で寝てるなんて!威厳ゼロだろうが!」
「いげん・・・?あー・・・きたらおこして」
「おい!」

確かにこのブランケットは家にあったものを適当に持ってきたので可愛らしいピンクのヒョウ柄だがそんなのどうでもいい。俺は眠いんだ。広げていたブランケットの端を持ってぐるっと体を回すと床に腹が当たってヒヤッっとしたが気にしない。もうちょっとでいいから寝かせて。てか、来たら起こしてくれって言ったはずだ。
ブランケットを引っ張る原田と包まる俺で攻防を繰り広げていると教室の入り口から声がした。

「あの、今朝呼ばれたんできたんすけど」

声に気を取られた原田の手が緩んだ隙に、ブランケットをぐっと引っ張り完全に頭まで入れてうずくまる。まだ四月なので何もかけずに寝るのは寒い。夏は後輩が差し入れでくれた、でかいブルーシートを敷いて寝ている。

「あ、梶野!きたきた!ほら、しんちゃん!きた!!起きろ!」

先ほどよりも、さらにでかい声を出して体を揺する原田に観念して入り口に顔だけ向ける。
ああ、こりゃあ学校中の女子が騒ぐわけだ。
金髪に染められた頭に日焼けした肌、そして少し幼さが残る整った顔。身長はそこまで高くないような気もする、けど、まあ、これはモテるだろう。

「先輩が・・・伊藤慎二さんですか?」

こちらを見て聞いてきたので、頷いて答えると少し強張った顔で教室に入ってきた。
ようやく覚醒し始めた頭で、とりあえず横になって話すのはダメだろうと判断して体を起こす。ブランケットを肩にかけて胡坐をかくと諦めたのか、原田が横に座る。睨んでくる原田は無視することにした。寝起きは寒いんだよ。

「こいつが梶野 健ね」

緊張した面持ちの梶野に代わって、原田が紹介をした。

「梶野、よろしく」
「あ、はい、よろしくお願いします」
「梶野は北中出身な」
「へぇ、北中だと柴田とかの後輩か」
「っす。柴田さんにもお世話になりました」
「ん、そう・・・まぁ、なんていうか、こういう挨拶とか、俺あんまり得意じゃないから。固くなんなくていいよ」

柴田というのは2年の後輩で何かと俺を慕ってくれている1人だ。というか、原田が梶野の情報を仕入れすぎてて若干怖い。ずっと立っている梶野を見上げると緊張しているのか少し眉間にシワが寄っていた。思わず頬が緩んでしまう。たった2歳差、されど2歳差だ。ゆっくりと立ち上がると10cmほど下に顔がある。
立ち上がる俺を目で追う梶野は、小動物の様だった。俺の一挙一動をじっと見てくる。

思わず手を伸ばして頭をグシャグシャと撫でると一瞬ビクッと肩が揺れたが、撫でられたことに驚いたのかぽかんとした顔をしている。

「そんな緊張しないでよ。別にいきなり殴ったりとかしないから」

笑ってそういうと呆けていた顔から目を見開かせて驚いた顔に変わる。表情が豊かでこれは可愛い後輩ができたなぁと、密かに嬉しく思う。

「はい、出たよ。しんちゃんの全人類博愛主義タラシ」
「またでた。なにそれ」

横からチャチャを入れてきた原田の頭もぐちゃぐちゃにかき混ぜると「ああ!くそ!セットが!!」と騒ぎ始めたので放っておく。原田も黙っていたらモテそうなのに、騒がしいのが玉に瑕だ。

「梶野?」

ずっと固まっていた梶野の顔を覗き込むと、ハッとしたように一歩下がった。面白いなぁ。

「あ、いや、殴られるとかそんな!思ってないっす!はい!えーっと、あ、じゃあ、俺、教室戻ります!」
「あ?そう?じゃあまたね、これからよろしく」
「はいっす!失礼します!!」

元気に答えて走って教室を出て行った梶野に笑いがこみ上げてくる。

「なにあの子。面白いじゃん」
「んー、俺が言ってた面白いってのと違うけど、まあ、気に入ったなら良かったんじゃね」

原田の言い方が少し気になったが、あと一年あるんだ、関わっていくうちにわかってくるだろう。挨拶を終えて満足した俺は再び床に横になり寝に入る。
頭上からため息が聞こえたが、すぐに教室から出ていく音が聞こえて再びすぐに目を閉じた。



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