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それから俺たちは新田さんが買ってきてくれていたサンドイッチを食べ、ソファでゆっくりと食休みをしていた。そういえば、携帯はどこにあるんだろうと梶野に聞くと、寝室へ入り、俺の携帯を手にして戻ってきた。

「タナカから没収したと、ハンダから受け取りました」
「あ、そうだった。取られたんだっけ」

開くと電池の残量はMAXで、きっと梶野が充電しておいてくれたんだろう。着信履歴を開くと、ハンダさんと原田、ヨネダ社長で埋め尽くされていた。

「ハンダさんにお礼言わなきゃ。でもその前に原田にかけたほうがいいかな・・・」
「ハンダは一昨日の夜に一応会ってはいるので、原田先輩に電話してみたらどうです?俺からは無事の連絡を入れてますが」
「そうだったんだ。じゃあ、原田に電話してみる」

そう言って原田に電話を掛けると、すぐに出た。

〈しんちゃん!?〉
「あ、原田。ごめんね、心配かけた」
〈いやいやいや、そんなんはいいって!大丈夫なの!?〉
「うん、なんともない。梶野が来てくれたから」
〈まぁ、大体の話は聞いたけどさ?お前俺と米田さんのことで脅されたんだろ?〉
「・・・うん。ごめん」
〈いや、だから謝んなって。今回ばっかりはしんちゃんにキレてねえよ。タナカには殺してやりたいくらいにムカついてるけど。てか、むしろごめんな、俺たちのせいで〉

どうやらハンダさん伝いで俺がタナカについて行った理由をみんな知っているらしい。また一人でどうにかしようとしたことに、呆れられてしまうんじゃないかと不安になったが、原田は全くそんなそぶりを見せずに、むしろあの日に安心して俺を一人にさせたことを謝ってきた。

不安な気持ちが顔に出ていたのか、隣に座っている梶野が携帯を持っていない方の手を握ってくれた。頭を撫でられるのも安心するし、手を握られるのも少し照れくさいが安心する。

〈今梶野のとこいんだよな?〉
「ん、そうだよ」
〈おー、じゃあ、そこでゆっくり休めよ。・・・梶野から、その、まぁ、いろいろ聞いたから!俺は偏見とかないし!俺は女が好きだけど〉
「・・・え。え?うそ、聞いたの?・・・梶野言ったの?」

原田に知られていたことに驚いて梶野の顔をみると、気まずそうに視線を逸らした。それでも握っている手は離さなかったけど。

「あー・・・はい。言いました。・・・嫌でしたか?」
「嫌じゃないけど、梶野ってそういうの隠してないんだね?」
「割とオープンですかね・・・女性に言い寄られても困るので」

意外な事実にぽかんとしていると、電話口から呼ぶ声がして我に返る。

〈しんちゃんが幸せならいいと思うよ、俺は。てか、俺の予想当たってんじゃん?敏腕社長〉
「あ、それは俺も思った。・・・ありがとね、原田」

高校からの親友に、男の恋人ができたと知られてしまって焦りはしたものの、そんなことで軽蔑してくるやつではないと分かってホッとした。また落ち着いたら会おうと約束をして原田との電話を終えた。

電話中、俺の指をなぞったり、手のひらを揉んだりしていた梶野に視線を向けると、まだ申し訳なさそうな顔をしていた。

「原田は知ってたの?その、梶野がゲイだってこと」
「・・・はい。というか、先輩がいなくなった後に基本的に全ての人にカミングアウトしました。家族にも」
「わぁ、すごい。でもなんで俺がいなくなった後?」
「それは・・・先輩には気持ちを伝えるつもりがなかったので。いなくなったのなら、どうでもいいかと自暴自棄になってました」
「なんで俺に言わないって決めてたの?」
「・・・後輩としてずっとそばに居られればいいかなって」
「健気!かわいいよね、梶野って」
「あんまこっち見ないでください」

恥ずかしそうに言葉を紡ぐ梶野にどんどんと緩んでいく口元を止められない。もし俺が借金をせずに過ごすことができたとして、今梶野と付き合えていなかったのだとしたら、ほんの数パーセントだけ、タナカに感謝してもいいかと思ってしまう。

「あーあ、じゃあ、あれだ。美人な女性部下に嫉妬したり、梶野をめぐってバトルとかできないんだね」
「なんですかそれ。・・・男がライバルだってこともあるかもですよ?」
「・・・え、それはやだ。普通にやだ」
「俺、モテますからね。女にも、男にも」
「・・・そりゃそうでしょうけど。・・・でも梶野が好きなのは俺でしょ?」

なんだか仕返しをされているような気がして、最後に反撃してみたが梶野の顔は赤くならず、いつかのニヤリとした笑顔でグッと顔を近づけてきた。付き合ってから初めて至近距離で見る梶野の顔に思わずドキッとしてしまう。男を好きになるとは思っていなかったから、好きな男の人のタイプなんて考えたことがなかったけど、もしかしたら梶野は俺の中でどストライクな外見かもしれない。

後ほんの数センチでキスをしてしまうという距離で梶野がニヤリとした顔から、いつもの優しい笑顔に変わる。好きな笑顔を見せられて、普通の顔をしていられるはずがない俺は顔に熱が集まるのを感じた。

「いっつもやられっぱなしじゃ、カッコつかないですからね。・・・好きじゃ足りないって言いませんでしたっけ?」
「あ、はい。言ってた。言ってました。近いです、梶野くん」
「俺からキスって、まだしてなかったですもんね」
「うんうん、まだだよ、でもちょっと心の準備したいっていうか、心臓痛い・・・」
「それ、俺が昨日からめちゃくちゃ味わってるやつですよ」
「ごめんないさい、ごめんってば。だって、嬉しかったからさ?梶野が俺のこと好きなんだなーって」

ついに鼻がぶつかって、ぎゅっと目を閉じる。どうやら俺は、自分から仕掛けるのはOKだけど梶野から迫られることには耐性がないらしい。

しかし、口に来ると思っていた感触はいつまでたっても来ない。薄く目を開けたタイミングで梶野が動いた。再びぎゅっと目を閉じると、額に柔らかい感触がした。驚いて目を開けると、優しい笑顔を浮かべた梶野が俺の肩に腕を乗せて首の後ろで手を組んだ。

「今日はこれくらいで」
「・・・おでこにキスとか、ドラマですか」
「恥ずかしかったりすると、敬語になる先輩も可愛いです」
「・・・うるさい」
「そういえば、好きじゃ足りないって言っておきながら、言ってなかったですね」
「え?うわっ」

急に引っ張られてバランスを崩した俺を抱きしめた梶野は、ふかふかのソファに俺ごと倒れた。
胸に頭がついた状態で、俺のものか、梶野のものか、わからないほど激しく打つ心臓の音にドキドキしていると、顔の見えない梶野がフゥと小さく息をついた。

「先輩?」
「・・・なに?」
「俺の思いは、好きじゃ足りないんですよ」
「・・・わかったってば、愛されてるよね、俺」
「うん、そうです」
「結構恥ずかしいよ、この体勢。おじさんがこんなことしてちょっと嬉しいなんて、キモいで」
「先輩」

恥ずかしさから言葉を羅列していた俺を遮った梶野に、声をかけられると同時に頭を撫でられて視線を向けた。柔らかい表情ではあるものの、笑っているわけではなく、真剣な眼差して見つめられて黙ってしまう。

昨日の夜、俺に思いを伝えてくれた梶野と重なる。
本当に、梶野を好きになってよかった、と思えるほどに梶野は俺を好いてくれている。好きでもないのにそばにいろと言えるほど図太くはない俺は、それを何度も思うことになるだろう。

10秒は無言で見つめ合っていただろうか、梶野がゆっくりと口を開いた。

なんとなく、梶野が言おうとしている言葉がわかった。俺はきっと、むず痒くて言えないけど、梶野はさらっと言ってしまうんだろう。覚悟と期待で胸を満たしつつ、梶野の言葉を待った。


「先輩、伊藤慎二、さん」
「・・・うん」
「慎二さん、好きじゃ足りません。・・・愛してます」






fin.




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