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そのままカウンターで食べ終えて、洗い物をしてくれた梶野を待ってからソファに座って話の続きをした。

「えーっと、まずは、タナカとその、先輩に、いろいろしてきた奴はハンダのところでまぁ、処分、って言ったらアレですけど、もうどうにかしてくれてると思います」
「そっか、よかった」
「それで、先輩の借金ももうなくなりました。というか、むしろハンダが受け取れと言って3分の2ほど返してきました」
「え!それは、だって、借金は返さないと・・・」
「本当は全額返したかったみたいですよ。タナカのやり口を知ってたのに泳がせるために静観した結果こうなってしまったって。でも、一応、組の体裁で3分の1は貰っとくと言ってました。なので気にすることないです。・・・タナカに支払いはきっちりやってもらうとも言ってましたし」

初めて会った時に、やけに優しかったハンダさんを思い出す。もうあの時から巻き込んでしまったことへの罪悪感があったのだろう。でも、罪悪感からだとしても、優しくしてくれたことであの時の俺が精神的に助かったのは事実だ。警戒心を忘れるなと忠告してくれたのも、自分の立場上あまりそばにいるとタナカのやっかみを買うと思っての言葉だったと今になって思う。

「そっかぁ・・・俺、もう借金返さなくていいのか」

嫌な目標ではあったものの、借金返済を糧に生きていた俺は、これから何を目標にして生きていけばいいのだろうか。この4年間で、すっかり変わってしまった生活に昔は何を思って生きていたのか全く思い出せない。母さんが事故にあってからは母さんの治療費のために働いた。母さんが亡くなってからは、とりあえず生きなくてはと思い込んでバイトをして、就職をした。常に何かのめり込まなきゃいけない問題があった俺は、何もなくなってしまったこれからをどうすればいいのかがわからない。

「なんか、高校とか、大学に通ってた時、何を目標に生きてたかわかんないんだよね。思い出せない」

思っていることを口に出してみると、とことんめんどくさい男だなぁと嘲笑が浮かぶ。梶野に視線を向けると眉を下げて、辛そうな表情をしていた。じっと見つめていると、一度目を閉じた梶野は真剣な顔つきで俺の手を掴んだ。

「じゃあ、これからは俺と、俺と先輩で幸せになるために、生きてくれませんか?」

まるで、プロポーズのようなその言葉に、驚きと、なぜか嬉しさとで、固まってしまう。握られた手から伝わる熱に、心臓の音が早くなる。

「気持ち悪かったら、すみません。もう二度と言いません。ただの後輩として、先輩のそばで支えます。努力します。・・・俺、実はゲイなんです。それで、高校の時からずっと、先輩が好きでした。今は、もう好きという言葉じゃ足りないような気もします。先輩に頼ってもらえるような男になりたくて、会社も立ち上げて、体も鍛えて。先輩が行方不明になったと聞いた時には絶望しました。それで再会できた時には、嬉しすぎてすぐに想いを伝えてしまいそうでした。・・・こんな、先輩が不安定な時に漬け込むようなことをしてすみません。・・・本当に、気持ち悪いと思うなら、二度と言いません。言われたとしても、先輩のそばにずっといます。安心してください。なので、その、俺は・・・」

俺の目を見つめて話す梶野は、とても辛そうで、泣きそうで、俺まで泣きたくなってくる。
梶野が優しいのには理由があった。でもそれは、別に後ろめたいことでもなんでもなく、ただ俺が好きだったのだと、ようやくわかった。俺の言葉を待っているのか、俯いたまま動かない梶野のつむじを見つめながら考える。

俺は今、梶野に告白をされた。そして俺は、気持ち悪いと思うどころか、嬉しいとすら思っている。

一人になるのが怖いから、梶野にそばにいて欲しいんだとばかり思っていた。実際それもゼロじゃないんだろう。でも、じゃあこれがもし、原田だったらどうだろうか?奥さんや子供たちを差し置いてまで俺のそばにいてと思うだろうか。

なぜ梶野にそばにいて欲しいと思ったのか。梶野がいると安心するのか。誰でもいいわけじゃなく、多分、梶野だからなんだ、と理解するのは難しくない。たった二日で絆されたのだとすると、大分簡単なやつだと思うが、こんなイケメンにとことん甘やかされて優しくされたら男も女も関係ないんじゃないか。

自分の中に芽生えているものを自覚しながら、なんと言おうか考えていると梶野は黙っている俺が困っているのだと思ったのか、握っていた手を緩めて離そうとした。
それをすぐに握り返えして止めると、勢いよく顔を上げた。

「ま、って。待って待って。梶野、俺、俺も梶野のこと好き、だと思う」
「・・・え?」
「我ながらちょろいなぁって思うよ、でもさ、こんだけ甘やかされて、優しくされて、それが愛ゆえにとか言われたらさ、落ちるじゃんそれは」
「あ、愛って・・・」
「え?だって好きだから優しいってことは、愛じゃないの」
「なんでそんな、恥ずかしげもなく言えるんですか・・・」

というか、俺も好きなんだから、両思いだろう。何をそんなに戸惑っているんだと軽く睨むと、また眉を下げた悲しい表情を浮かべる。なんで、お互いが好きだと言っているのに悲しむんだ。

「先輩は、多分、不安になるからそばにいて欲しいっていうのと、混同してるだけだと・・・」
「あぁ?なんで、勝手に決めんの。俺だって色々考えた結果、好きだって言ってんの。なのに、何それ」
「いや、・・・だって先輩は女が好きじゃないですか、だから・・・」
「あー、もう。素直に嬉しいで良くない?むしろ、女が好きなのに、男に告白されて嬉しいって思ったんだから、それはもう好きでしょ?」
「え、あ、嬉しい・・・じゃ、なくてですね。・・・俺の好きはあれですよ?キスもセックスもしたいってことですよ?わかってます?」
「セッ、・・・愛は恥ずかしくてそっちは言えるって方がおかしいんじゃない」
「男ですから。重要なんですよ、そういう感情は。ほら、先輩はできます?俺とセックス」

真顔で連呼されると、意識しなくても顔が熱くなる。
梶野とセックス、できるか?想像してみるが、俺が梶野を抱くイメージは全く湧かない。じゃあ逆に、俺が梶野に抱かれるとして、と考えると思いの外、すんなりと思い浮かんだ。なんだこれは。乙女か俺は。
顔が赤くなったであろう俺を見て、梶野もうっすらと頬を赤くする。
手を握り合って、赤面しながらも見つめ合ってるなんて。ここまで来ても認める気が起きないのかとちょっとイラついてくる。

チラッと梶野の唇に目をやる。
形が良くて、笑うとキュッと上がる口角が好きだ。これにキスができるか、なんて愚問だ。俺だって男なんだし、強くないとしても性欲くらいある。

惹き寄せられるように、顔を近づけて軽くキスをすると梶野の体が大きく揺れる。
ほんの1秒ほどだったが、梶野の顔を真っ赤に染めるには十分だったようだ。

「できますよ、キスも・・・多分セックスも。これでもまだダメ?」

梶野が俺をバカにするときに見せるニヤリとした顔を真似て笑ってみると、梶野は俺の手を振りほどいて両手で顔を隠してしまった。

「反則だ・・・」
「何が反則だよ。梶野が聞いたんじゃん、できるかって。・・・できるよ。多分。気持ち悪いとか思わない」
「可愛いのにかっこいいって・・・ずるいです先輩」

耳まで真っ赤に染まった梶野に気を良くした俺は、ソファに勢いよくもたれて足を組む。身体に激痛が走ったが、ここは格好つけるために我慢した。

「じゃ、わかってくれたってことで、もう俺の恋人ね。梶野は俺の彼氏。彼氏か・・・あ、原田が言ってたの当たってたなぁ。性別違うけど」
「・・・え?」
「ほら、バリバリのキャリアウーマンか、敏腕女社長じゃないと、お前の結婚相手は務まらないって言ってたから。敏腕【男】社長でしょ?梶野は」
「あー・・・って、結婚って・・・」

また顔を隠して、今度はソファに倒れこんだ梶野に、なんだか再会してから初めて勝つことができた気がする。俺は緩んだ頬のまま、梶野自身が与えてくれたこれから生きていく為の糧を見つめた。



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