30


目を覚ますと、見覚えのないベッドと天井が視界に入る。
梶野が俺を迎えにきてくれたことは覚えているから、きっとここは梶野の家なんだろう。起き上がろうとすると身体中に激痛が走った。一番痛むのは蹴られた腹だった。

諦めて天井を見上げる。
右側に見える窓のカーテンからは薄っすらと光が漏れているので、タナカとの出来事は日はまたいではいたけど昨夜のことになるんだろう。

あの後、男に蹴られて気を失ったが、すぐにまた蹴って起こされた。タナカと電話をしている男は相変わらず無表情で、殺されると思った。しかし、男は突然慌てだして、部屋の明かりも消さずにアパートを飛び出していった。
てっきりあのまま殺されるものだと思っていた俺は拍子抜けしたが、それと同時にまた孤独感が襲ってきた。もしこのまま誰にも見つからず、この何もないアパートの一室にいなくてはならないのだとしたらどうしよう。縛られていない足のことは忘れて、蹴られて動かない身体に不安が募った。
あんなことをしてくる男だとしても、一人でいるよりは安心するのかと自分に呆れたが、震える身体と上手くできない呼吸に俺は意識を手放した。

そして次に目が覚めた時には目の前に梶野がいた。

梶野の顔が見たい、と、再び身体を起こそうとしたが全く力が入らない。
一人でいるこの空間に不安にならないのは、梶野があのドアの向こうのリビングに居てくれるとわかっているからだろう。
そして、居てくれるのであれば、尚更起きたことを伝えなければと思う。しかし、上半身を起こすことすらできない。このまま這ってリビングに行こうかと考えていると、寝室のドアがゆっくりと開いた。

「あ、先輩、起きました?」

梶野はそう言ってベッドの枕元まで来てしゃがんだ。タイミングが良すぎる梶野にどこまで完璧なんだと視線を向ける。逆光で見えなかった顔が見えて、少し疲れているように思う。

「うん、ごめん、ありがとう」
「いいんですよ。身体はどうですか?一応医者には見せたんですけど・・・あ、ちょっと失礼します」

そう言って梶野の手が額に当てられる。俺の身体が熱いのか、梶野の手が冷たいのか、とても気持ちが良かった。そのまま頭に移動した手に頭を撫でられると、覚めたはずの眠気が戻ってくる。梶野の顔を見て安心したみたいだ。

「んー、やっぱりまだ熱ありますね。・・・眠かったら寝てください」

熱があったのか、と薄れる意識で聞きながら俺は再び眠ってしまった。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


次に目を覚ました時には窓の向こうは真っ暗で、寝室は小さい明かりがついていた。
身体に力を入れてみると痛みはあるもののだいぶ楽になっていた。寝室のドアを開けてリビングに顔を出すと梶野はソファに座ってPCで作業をしている。音を出さないようにと気を使ったつもりだったが、ドアを閉めた音で梶野はバッとこちらを見た。

「先輩、もう大丈夫なんですか?」
「うん、だいぶ楽になった。ありがとう」

PCを閉じてこちらに来た梶野に申し訳なく思いつつも、身体を支えようとしてくれるその優しさに嬉しくなる。

「何か飲みますか?お茶でも入れますね」

キッチンに向かう梶野の後を追って、この前梶野が座っていたキッチンカウンターの椅子に腰掛けた。

「俺、だいぶ寝てたよね。ベッド占領してごめん」

時計に目をやると針は9時を指していて、丸一日近く寝ていたのだと実感した。

「全然、大丈夫ですよ。気にしないでください」

笑顔で答えた梶野はやっぱり少し疲れた顔をしている。もしかしたら寝ずに俺を看病していてくれたのかもしれない。

「先輩、お腹空きません?」

入れたお茶を俺に差し出した梶野はキッチンの棚をゴソゴソと漁る。言われてみれば少し減っているような気もする。

「ちょっと空いたかもしれない」
「じゃあ、お粥でも作りますね。っていってもレトルトですけど」

そう言って梶野は、お茶を入れるために沸かしたお湯を鍋に移し替え、箱から取り出したお粥のパウチをその中に入れた。手際の良さに思わず身を乗り出して見ていたようで、いつかのように梶野に笑われる。

「俺がキッチンで何かするたびに、そんな見ないでください」
「・・・だって、手際いいんだもん。すごいなって」
「これくらいは普通ですよ」

グツグツと沸騰するお湯を眺めながら、タナカたちのことを思い出す。
昨日のことはあまり思い出したくないが、実際は蹴られてキスされた程度で済んだわけだし、当事者としては知っておきたかった。

「梶野」
「ん?なんですか?」
「あー、その、タナカとかって、どうなったの?」
「あぁ・・・」

火を止めて温め終わった鍋のお湯を捨てる梶野は一向に口を開かない。

「言えない感じなの?」

ハンダさんのこともあるだろうし、一般人にはあまり漏らせない情報なのかと思い聞いてみる。梶野はようやくこちらを見て口を開いた。

「いや、そういうわけじゃないです。ただ俺が先輩に思い出して欲しくないなって」
「なんだ、大丈夫だよ。で、どうなったの?」
「んー・・・とりあえず、食べてからにしましょ?」

パウチから皿にあけられたお粥をカウンターに差し出されると優しくいい香りが食欲を誘う。1日何も食べていなかった俺は自分が思っているよりお腹が空いていたらしい。
話してくれる気はあるみたいだし、と俺は出されたお粥に手をつけた。



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