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タナカについて行った俺はタクシーに乗せられて団地アパートの一室へ連れてこられた。まずそこで紐か何かで腕を縛られて何も物がない部屋のフローリングに転がされる。

「逃げないとは思うけどな、一応縛らせてもらうわ。あ、携帯は貰っとくぜ?」

ズボンのポケットを弄って勝手に取り出された携帯を無言で見つめていると、ニタリと笑ったタナカがギュッと俺の前髪を掴んで顔を近づける。痛みより恐怖の方が強い。

「顔は好みなんだけどなぁ、顔は。そら、平均よりは細いだろうけどよ、骨ばってるし、どう頑張ったって男の体だもんなぁ。俺は勃たねえわ。藩大組の奴ぁすげえなぁ、見境ねえや」
「・・・じゃあ、これほどいて解放してください」
「あー、そうだ。そういや男好きの奴いた気がするわ。ちょっと連絡してみるか」
「っ、なんでそこまでするんですか?俺何かしましたか!?」

人の容姿と藩大組を侮辱する言葉を並べるタナカに声を上げるとキョトンとした顔でこちらを見ていた。
家に来た時から思っていたけど、昔と比べて一気に老け込んだように見える。ニタリと笑う口から覗く歯はボロボロで、頬もかなり痩けている。

タナカは首を傾げながら口を開いた。

「だから、言っただろ?お前に手を出しちまったばっかりに、藩大組に狙われることになったんだよ。だから、お前に、なんか仕返ししてやらないと俺の気が済まない。どうせ見つかるのは時間の問題だからよ、死ぬなら憂さ晴らししてからにしよーってな」

自分が葦幹金融の社長と手を組んで悪事を働いていたから目をつけられて、最後の標的が俺だったから俺のせいだ、と。タナカの言葉を頭で整理しても全く意味がわからない。理不尽な理由で俺がここまでされなくてはならない意味がわからない。

「だから、俺関係ないじゃないですか!元々、目をつけられてたわけですから、たまたま俺が、その、騙されたのが最後になっただけで・・・」
「あー・・・うるっせえなぁ。いいんだよ、もう、うぜえ。テメェは黙って男に犯されて死にたくなってればいいんだよ」

突然顔つきが変わったタナカはスウェットのポケットから取り出した布を俺の口に入れて、さらにロープで固定した。頭の後ろで縛られたロープがギリギリと食い込んでいる。
飲み込めない唾液に噎せると、再びニタリとした笑顔に戻ったタナカが優しい手つきで頭を撫でる。嫌悪感で身震いすると、なぜか嬉しそうに笑い声をあげた。

「あぁ〜、こうやって黙ってれば可愛いかもなぁ、まあ、抱けはしねえけど。じゃ、今から相手連れてきてやるから、いい子で待ってろよ?」

俺に絶望的な言葉を言い残してタナカは部屋を出て行った。
外の街灯がうっすらと照らす何も無い部屋のフローリングに横になっていた体をなんとか持ち上げて、壁に寄りかかる。これからどうなるのか、何をされるのか、考えるだけで吐き気と震えが止まらない。

それでも、縛られていないはずの足は動かせず、黙ってこのアパートの一室でタナカを待つ俺は、5年前から何も変わっていないのかもしれない。頼ろうと思っていた、次からは、隠し事などしないと決めていたはずなのに。いざ、原田とヨネダ社長の名前を出されてしまったら、また一人でどうにかすることを選んでしまった。

今度こそ、原田には殴られるかもしれない。縁を切られるかもしれない。社長だって、いい加減疲れたと言って関わらなくなるかも。梶野だって、心配してくれて、あんなに協力してくれたのに、結局はこういう道を選んだ俺を面倒だと見放すかもしれない。

薄暗いアパートの一室で俺の考えはどんどんと良くない方向へと向かっていく。また、独りに戻ってしまった。そしてもう二度と、みんなに会えなくなるかもしれない。呼吸がうまくできない。震える体を止めようにも腕は後ろでがっちりと縛られている。上体を支えることすらままならなくなってきたところで、玄関のドアが開く音がした。

憎きタナカが戻ってきたのだとしても、一人じゃなくなったことに安心したのか体の震えが少し治る。
パチッと音がして部屋に明かりがついた。突然の明るさに、目をぎゅっと瞑る。入ってきた人物は見えなかったがタナカだろうと思い目を閉じたままジッとしていると、聞いたことのない男の声がした。

「君が、伊藤くん?ああ、聞いた通り、綺麗な顔だね」

ねっとりとしたその言葉にバッと目を開くと、見たことのない男がこちらを見下ろしていた。
歳は40歳くらいだろうか。少し薄くなった髪をオールバックに撫で付けた、見た目は普通の男だ。でも、さっきの声と言葉を聞いてしまっているからか、その普通さが異様に思える。

「田中くんのこと、匿っちゃったからさ、俺ももう後がないんだよね。だったら最後にいい思いさせてもらおうと思って。藩大組が囲ったっていうから、まあそれなりに期待してはいたんだけど、これは想像以上だったなぁ。君男との経験はあるの?ないんだったら、俺がぜーんぶ教えてあげるからね」

言い返すことも、逃げ出すこともできない状況で聞かされる男の言葉に、先ほどとは違った意味で体が震えだす。

「田中くんも、もったいないよねえ?こんなに綺麗な子、滅多にいないのに。男なんか抱けるかって言ってたけどさあ、やってみなきゃわかんないのにねえ?」

男は話しながらどんどんと息を荒くしていく。俺も息が上がって、目に涙が溜まり、今にも流れてしまいそうだった。なんで、一人になることがあんなに怖かったのに、助けを求めずに一人で解決しようとしてしまったんだろうか。原田とヨネダ社長は、守らなくてはという思いしか浮かばなかったが、今、俺が助けを求めているのは梶野だった。
たった二日で俺の中にあった孤独を埋めてくれた。優しくしてくれた。信じられると思った。それならば、一番に頼るべきだった。後悔してももう遅いことは分かっている。それでも、もう一度梶野にあの優しい顔で〈大丈夫〉と言って欲しかった。

「かわいそうに。口、苦しいよね?今、取ってあげるからね。それじゃキスもできないもんねぇ?」

俺に近づいてくる男から遠ざかるように這っていくが、所詮アパートの一室だ。
すぐに部屋の角に追い詰められて男が迫ってくる。首を振って拒絶するが、そんなのは意に介さず笑顔で近づいてくる男に恐怖が増倍した。




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