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電話をしに出て行った梶野の様子を見に行き、少し話してから部屋に戻ると原田とヨネダ社長は完全に出来上がっていた。
そろそろお開きにしましょうと梶野が声を掛けた時にはもう23時を回っていて、千鳥足で駅に向かう原田たちを見送った後、俺たちもパーキングへと向かう。

「梶野、また払ってもらちゃってごめんね」

梶野はオーナーに挨拶をしてくると言って席を立った時に会計を済ませてしまっていた。酔っ払い二人は、いくらだ、これで足りるか、と言って2万円ずつ梶野に押し付けて帰った行ったので俺も払おうと財布を出したがやんわりと止められてしまった。

「気にしないでください。ほとんどあの二人の飲み代でしたし、むしろあの二人にももらい過ぎたくらいです」
「・・・俺、別に金ないわけじゃないよ?借金返してても案外お金は貯まる」
「あー、そういうつもりじゃなかったんですけど・・・じゃあ今度なんか奢ってください。ね?」

休日に遊ぶこともしなければ無駄に物を買うこともない俺は本当に金に困っているわけではなかった。
借金を抱える俺に気を使われているのだと思い、伝えれば申し訳なさそうな笑顔で梶野が返答したのを見て、卑屈になっている自分が小さく思える。

不安にな気持ちを梶野にぶつけて、甘えまくっているのにこういうところでは心配されたくないというか、なんというか。めんどくさいな、俺。

黙り込んだ俺に慌てた様子の梶野が明るい声を出した。

「あ、そうだ!明日先輩休みですよね?俺行きたい店あるんでそこ行きましょう!」

後輩に気遣われているとわかっているのに無視をできるほど俺もクズではないので、うん、行こう、となんとか笑顔で返事をした。


パーキングに着き、車に乗る。
俺の家までは10分もかからないが、その短い時間で寝てしまったらしい俺はアパートの下に着いた時に起こされた。

「先輩、着きましたよ」
「ん・・・あ、ごめん・・・ありがと」
「今日は色々あったので、疲れたんですね。早く寝てください」
「うん、本当にありがとう」

本当に、この二日間梶野にはものすごくお世話になった。偶然だったとしても、梶野に再会できていなければ原田とも社長とも会うことはなかった。それに不安定な俺を見放すことなく優しさで相手をしてくれた。今から家で一人で寝て、朝起きたら全て夢だったなんてことはないだろうか、と考えてしまうほど、この4年間で一番幸せな二日間だった。

今だって俯いて黙りこんだ俺にしびれを切らすことなく黙って待ってくれている。
もう、先輩なのに情けないだとか、恥ずかしいという感情は無視して、梶野の家に一緒に帰りたいと伝えてしまいたくなる。でも梶野にも仕事や自分のやりたいことはあるはずだ。散々わがままを言って来たのだからそろそろ呆れられてしまうかもしれない。そして俺の相手なんかしていられないと離れていってしまうかもしれない。

「先輩?大丈夫ですか?」
「あ、ごめん。大丈夫。本当ありがとね」

流石に不思議に思ったのか梶野が声をかけてくる。なんとか笑顔を繕って車を降りると梶野もわざわざ降りて見送ってくれてた。ボロボロの階段を登り、鍵を開けて振り返ると、全く動かずにこちらを見上げる梶野がいて少し笑ってしまった。手を振って家に入るとエンジン音が聞こえて梶野が帰ったことがわかる。

時計を見るともう11時半に差し掛かる手前で、普段だったら眠くて仕方がない時間だというのに眠れそうにない。そして暇を潰そうとテレビをつけたが、あまり興味が湧くものはやっていない。

仕方ない、目を閉じれば眠れるだろうと寝支度をして布団に入る。


目を閉じて30分は経っただろうか。一向に眠れる気配がないので諦めて電気をつける。
そして、布団の上に座ってぼーっとしていると、アパートの階段を上る足音が聞こえた。隣の若いお兄さんだろうか。どうやら彼は夜遅くまで仕事をしているらしく、あまり顔をあわせる機会がない。そこまで話したことがない他人でも、人の気配を感じられることにとても安心した。

隣のドアが開く音は普段部屋の中にいても聞こえる。それなのに、しばらく経っても聞こえないその音に疑問を抱く。

布団から立ち上がり、玄関の方に一歩踏み出したところで小さな音が耳に入った。玄関のドアから何やらガチャガチャと音がする。踏み出した足をゆっくりと後ろに引いたところで、ドアノブがゆっくりと回る。

盗むものなんて何もないのに、空き巣だろうか。いや、でも、電気はついてるし人がいるということはわかっているはず。動揺してあまりうまく働かない頭で考えていたが、開いたドアの向こうに立っている顔を見て完全に思考が停止した。なんで、どうしてここにいる。

「よお、伊藤。久しぶりだなぁ」

無精髭に無造作な金髪、ダボダボのスウェットにTシャツ姿で立っていたのはタナカジョウだった。
また一歩下がる俺に合わせて、タナカも一歩こちらに近寄る。気づけば家の中に入ったタナカは土足のまま俺の目の前まで来ていた。

「あー、まじ探した。お前のせいで散々だわ、まじで。バカ社長は捕まっちまうし、贔屓の店はほとんど行けねえ。女も抱けねえ。最悪だよ本当に」

タナカが何かを言っているが、ほとんど頭に入ってこない。息が、うまくできない。

「あれか?潘大組にでも囲ってもらったのか?さっきも高級車で送ってもらってたもんなぁ?お前に借金背負わせたばっかりに目ぇつけられちまってよぉ。ったく、見た目がいいっつうのは得だよなぁ?・・・おい、なんか言えよ」

恐怖と驚きで固まっている俺に、いつかの居酒屋でしてきたような蹴りを入れてくる。
それにハッとしてなんとか口を開いた。

「タナカ、さん、なんで、ここに・・・」
「あぁ?だから言ってんだろ?お前のせいで散々だって」
「そんな、俺に借金なすりつけて消えたのはあんたじゃないですか」
「んな細かいことはどうでもいいんだよ。お前に手ぇ出しちまったばっかりに、俺は今ヤクザに追われて死に物狂いだってことだ」

全く意味がわからないが、ハンダさんたちに結構追い詰められているらしい。でも、それがなんで俺のところに来るんだ。

「あー、最近やってねえからなぁ。この際顔の綺麗な男でもいいかって気がしてくるわ。男のレイプものって、高く売れそうじゃねえ?」
「っ、やめてください!離せよ!」
「おーおー、その顔で囲われててカマトトぶんなよ?まー、ここで騒がれても面倒だし、移動するからついてこい」

俺の腕を掴んで玄関に引っ張っていくタナカに抵抗すると、振り返ったタナカがニタリと笑った。

「いいけどよ、お前の周りにいるやつら、どうなるかわかんねえぞ?なんつったけ、ああ、あれだ、原田?だっけ?俺のことこそこそ嗅ぎ回ってたの知ってるしなぁ。あとあれだ、米田。あいつもめんどくせーから殺してやろうかと思ってんだ。ただお前が今黙ってついてくんなら考え直さないこともねえ」

原田とヨネダ社長の名前を出されてしまっては、もう俺に抵抗する意思はなかった。梶野のことは知らないということは、だいぶ前から二人が動いていることに気づいていたんだろう。原田と社長には家族がいる。俺は別に失うものはもうないんだ。心を決して口を開いた。

「わか、った。ついていく。手は離して」
「アッハハハ、その情に厚いの、どうにかすれば?俺ん時も騙されたんだからよぉ。ま。大人しく付いてくんならなんでもいいわ」

腕を離してタナカは玄関を開けて先に出ていく。俺も携帯と家の鍵を持って後に続いた。柵に寄りかかってスマホをいじるタナカを背にして、震える手を抑えながら鍵を閉めたところで、階段を上がる音が聞こえた。タナカも気づいたようで、勢いよくそちらを見やると素早く俺の腰に手を回して肩に顎を乗せてきた。
ギョッとして固まっていると、スーツを着たお隣のお兄さんが目に入る。そのタイミングでタナカが口を開いた。

「慎二〜、今日もかわいいなあ」

甘ったるい声で耳元に囁いた言葉に吐き気がする。どうやら疑われないように、ゲイのカップルを装う気らしい。お兄さんはこちらにぎこちない会釈をして部屋へ入っていった。

「離せよ、もう、いいだろ」
「あー、ははは、お前、腰細っせえなぁ。あー、はいはい、お楽しみは後でってな」

するっと腰から手を離したタナカは上機嫌で階段を降りていく。
気持ち悪さと今から起こることへの恐怖に足がすくむ。それでも、原田と社長のことを考えるとタナカの後を追うことしか選択肢には浮かばず、重たい足を動かして階段をゆっくりと降りた。



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