25


酔った原田先輩に振り回されて、どっと疲れてしまった自分を労って深くタバコの煙を吸い込んだ。

思わず、会社から連絡が来たので外に行ってくると嘘をついて出てきてしまった俺は無駄に電飾された夜の店が並ぶ繁華街を眺めてなんとか心を落ち着けようとしている。


あれ以上余計な事を言われないように、原田先輩には先輩のことが好きだということとそれを隠していることを打ち明けてしまった。できればもっと酒を飲んで忘れてほしい。素面に戻ったら、色々と質問責めにされるだろうと思うと思わずため息が出る。それに、側から見て結構あからさまな態度を先輩に対してとっていたという事実もなかなか恥ずかしかった。

伝えるつもりなどなかったのに、思わず【好き】だと口にしてしまった。思ったよりも熱がこもる自分の声に内心焦った。案の定先輩は顔を赤くして目をそらしてしまった。気持ちが悪いと思われていないことはわかったが、ただ単に人からストレートに好意を向けられて照れただけかもしれない。

期待、してもいいのだろうか、と都合のいいように解釈しそうになる自分に嫌気が差す。
今先輩はただ俺に依存しているだけで、原田先輩を含めた友人らと連絡を取るようになればもうあんな顔を見せてくれることはなくなるんだろう。

吸い始めたタバコはもうすでに三本目に火がついている。
10分以上も飲み屋の並ぶ道に立っていればそれなりに目立つのだろう。Barに入っていく化粧の濃い女や今時の若い男に声をかけられたが、先輩の可愛い顔の余韻に浸る邪魔をされてイラつきながらひと睨みすれば黙って離れていった。

自分の見た目が人より幾分も整っていることを理解する俺は、それを存分に利用してここまで上手くやってきた。
どうでもいい奴には、容姿を利用して上手くやれるのに、なぜか先輩に対しては上手くいかない。

俺の顔を見てかっこいいだとかイケメンだとか良く言うし、体型も羨ましいと熱のこもった眼差しを向けてくれるので好みの見た目ではあるのだろう。まぁ、俺みたいに不埒な考えなんて微塵もないのだろうが。・・・そもそも、先輩の恋愛対象は女だ。ゲイの俺とは違う。
頭では理解しているし、いい後輩でありたいとも思うが、あんな至近距離で見つめられたり、笑いかかけられてしまったら舞い上がってしまう。そんな自分が憎たらしい。

まるで高校の時に戻ってしまったような感情とここ最近の性欲に頭を抱えたくなる。恋愛もセックスも山ほどしてきたというのにこの有様だ。後輩という立場から抜け出すために、大人の男になって頼ってもらいたいと思っているのに、外面を繕うので精一杯だ。

三本目を消し終わってもう一本と手を伸ばすが、箱の中身はもう空になっていて思わず握りつぶす。
はぁ、とため息をついて、ふ、とハンダに連絡をすると言っていたことを思い出す。時刻はもうすでに22時を回っているがあの人の職業を考えれば寝ているなんてことはないだろう。

連絡先を開いて昼に教えてもらった番号へかけるとすぐに出た。

「あー、どうも。梶野です」
〈ど〜もどーも〜お昼ぶりです〜!あ、ちょーっと待っていただけますー?今、葦幹の社長の尋問中で〜〉
「は・・・もう捕まったのか」
〈えぇ、証拠とかたーんまり見つかったので〜。あ〜・・・あとお前たちに任せるわ。少し出る〉

少し遠くで聞こえたハンダの声はいつものゆるい声ではなく、冷めたものだった。命令口調の言葉を聞いて、やっぱり若頭だったかと勝手に判断して、再び変な奴に好かれる先輩に不満を持つ。先輩が全て悪いとは言わないが、やはりもう少し警戒心を持って欲しい。

〈っと、すみませーん、お待たせしました〜〉
「あぁ、それでタナカも捕まえたのか?」
〈いんや〜それがですね〜クソ社長も最終的には騙されたみたいで〜まーったく行方つかめず何ですよ〜〉
「・・・とことんやべえ奴だな、タナカってやつは」
〈うんうん、本当に〜ちょーっと僕、そろそろイラついてきちゃいます〜〉

あはは、と語尾に付け加えているが、まったく笑って聞こえないハンダは相当ブチギレているらしい。

「そうか。じゃあ朗報だ。タナカが最近出入りしてる店が何軒かわかった」
〈・・・すごーい。え、それって駅前あたりですか〜?〉
「ああ、そうだ。あんたら出禁にしてんだろ?それ掻い潜って遊んでるらしい」
〈んん〜・・・そこら一帯の夜の店はぜーんぶにそう言ったんですけどねぇ〜、おバカな店の人間がいるみたいですね〜〉
「あー・・・まぁそういうことならそうだろうな。てかアンタこえーよ。ゆるい話し方でキレんなって」
〈ふふふ〜あ〜そうですね〜、じゃあその店教えてもらえますか〜?お仕置きしなくっちゃ〜〉
「今、ショートメールでリスト送った」
〈はーい、確認しま〜す・・・あぁ〜、こんなに。そっかぁ〜・・・簡単な躾もできない部下がいるとほんと、あー、うぜえ。くそ〉
「・・・キレんなって」

耳元で呟かれた本職らしい声色に思わず背筋がゾッとする。昔グレていたが、そのまま大人にならずでよかったと心から思う。こんな人間に勝とうだとか、ケンカを売るだとか、ましてや自分自身がその世界に入るだなんて想像もできない。生きている世界が違うと実感する。

〈ほんと助かりましたぁ〜。今度お礼させてくださいね〜?〉
「いや、これ調べたの俺じゃねえからいいよ」
「でも〜ヤクザの人間に電話番号教えてやり取りするってなかなか勇気いりますよ〜?多分〜。あ、伊藤さんはどんな感じですか〜?僕が最後に見たのは〜お兄さんに抱きついて泣きじゃくる姿だったので〜」
「あー、大丈夫だ。心配ない。今は久々に会った友人と楽しんでる」
〈わぁ〜よかったぁ〜。あ、そうだ〜俺のこと、話しました〜?〉
「・・・申し訳ない」
〈あ、いいんですいいんです〜いずれバレますから〜・・・あ?わかった。今いく。・・・すみません〜、呼ばれちゃったので切りますね〜?じゃあ、何か進展とかあったら連絡お願いします〜それじゃ〜〉

最後は一方的に話をされて切られた。

葦幹の社長が捕まったということはタナカも時間の問題だろう。ハンダの知らなくてもよかった一面を知ってしまったが、仕方がない。それに、ヤクザに電話番号を教えるなんて、と言っていたがハンダが悪用するような奴には思えなかった。
先輩には絆されるなとムカついていたくせに、なんだかんだ俺もハンダを信用しているのだから身も蓋もない。

なぜか人を惹きつけてしまう魅力を持つ人はこの世の中一定数いるもんだ。先輩だってそのいい例だ。容姿もそうだが、あの柔らかく暖かい雰囲気がさらに人を引き寄せている。外見で近寄ってきて、中身を知って離れていく人に囲まれて生きてきた俺とは大違いだ。

無駄に感傷的になってきた自分の頬をさすって溢れる嘲笑を止めようとしていると、背にしていたドアが音を立てて開く。振り返ると隙間から顔を出した先輩がこちらの様子を伺っていた。

「あ、電話、終わった?」

遠慮がちに言う先輩が可愛すぎて、ハンダとの電話で引き締まった頬がまた緩んできてしまう。

「あ、はい。終わりました。すみません、わざわざ」
「ううん。原田と社長はなんかすごい盛り上がってるから大丈夫」

外に出てドアを閉めた先輩の頬に向かいのビルで煌々と灯る電飾の青やピンクが差していて幻想的だ。背をもたれてこちらに笑いかける先輩に思わず手が伸びる。頭の後ろに手をやって引き寄せることができたらどんなにいいか、と思うが俺は先輩にとってそんな立場にいない。衝動をこらえて頭を撫でると、気持ち良さそうに目を細める先輩に理性が揺れる。酒でも飲んでいれば、言い訳に使えただろうが生憎素面だ。震える手をごまかしながら軽く耳に沿って手を離すと、先輩はくすぐったそうに肩を揺らした。

「あー、俺、梶野に頭撫でられるの、好きかもしれない」

少し頬を赤くして照れ笑いでそう言った先輩に、期待しない方が無理だろ、と思う。もう絶対に離れたくない。離れない。俺の中で決意を固めさせるには十分な行動をとった先輩は、そんなことを微塵も感じていないのだろう。

少し夜風に当たって、くしゃみをした先輩に中に入ろうと促すまで、俺は静かに先輩の横顔を見つめていた。



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