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「・・・はい。あの人は組から調べるために潜入したそうです」
「そっか。そうだったのか」

どうりで、優しいわけだ。ハンダさんの間延びした話声とにんまりとした笑顔を思い出す。彼は闇金の人間ではなかった。まあ、ヤクザっていう一般的には恐れを抱く対象かもしれないけど。タナカと葦幹金融を調べるために潜入したのであれば近々にカモにされた俺は保護というか、観察対象だったのだろう。もしかしたら、タナカが再び接触してくるかもしれないと。

「あ、でもハンダさんは本当に先輩のこと心配してましたよ。だから、そんな悲しい顔しないでください」

眉を下げて笑った梶野にフォローされて、また涙腺が緩んでしまった。この二日間で一生分は泣いているに違いない。何とか涙を堪えると、社長が頭の後ろで腕を組んで椅子に身を預けながら梶野に聞いた。

「あー、それで、梶野くん、そのハンダさん?って人は何て言ってたんだ?」
「えーと、こちらでもそれなりに調べていると伝えたところ、情報があれば提供してほしいと言われました。足取りがつかめないと言っていたので、もしかすると最近戻ってきているということは知らないのかもしれません。なのでその出入りしているという店は教えてもらえますか?」
「なるほどなぁ・・・隠す意味もねえし、リスト送るわ」

社長が携帯を開いて梶野に連絡先を聞く。涙こそ溢れていないものの、何も力になれない自分が情けなくて黙っていると、しんちゃん、と向かいから声をかけられる。

「梶野、めちゃくちゃ頼りになるじゃん」
「・・・うん、申し訳ないくらいに」
「いやー、ちょくちょく会ってはいたけど最後に会ったの実は結婚した時の祝いの飲み会でさぁ。3年前かな?あの時よりも男前になってて驚いたわ」
「俺なんか13年以上ぶりだよ。気づかなかったよ最初」
「そりゃそうだよな。高校卒業してから更にでかくなりやがったからな」
「顔もかなり変わったと思った」
「あー、まあずっとイケメンではあったけどな。確かに今は男臭さが滲み出てるわ」

男臭さ、と原田は言ったが俺としては羨ましい限りの男らしさだ。日に当たってもあまり焼けない肌で筋肉もつかない俺に対して昔から少し浅黒い健康的な肌もさることながら、太い首と腕、広い肩幅と背中が俺の理想像だ。学生の頃からいくらそうなりたいと思ってもなれなかった見た目の梶野に、劣等感は抱かないが羨望の眼差しは向けているだろう。

「てか、原田だってだいぶ体格良くなったよね。まぁお腹も少し出てるみたいだけど」
「うっせー。幸せ太りだよ。子供もできてタバコもやめたし、奥さんの飯がうまい」
「何それ惚気じゃん。いいね、幸せそう」
「だからお前も早く相手見つけろって」

また結婚の話になりそうだったので、笑ってごまかすとリストを送り終えた社長が、よし!と声をあげた。

「こっから先はあれだな、一般人の俺たちが首突っ込むことじゃねえってことで、再会を祝して飯でも食おう」
「そうですね。そうしましょうか」

そう言って梶野は部屋を出て、メニューと呼び出しボタンを手に戻ってきた。

「バーなんですけど、昼は飲食店やってる人が厨房で働いてるので味は保証します」
「和食系が多いんだな」
「あ、ハモの湯引きあるじゃねえか」

みんなの各々頼みたいものを口にしているのを聞いて、緊張で感じなかった空腹が戻ってきた。

「先輩は、何がいいですか?」
「うーん・・・あ、お茶漬けある。梅茶漬けにしようかな」
「わかりました」

それからは酒の入った原田と社長が面白おかしく話す会社の話や、梶野と社長の経営についての真面目な話などに相槌を打って再会を楽しんだ。

しばらくして、だいぶ赤くなった顔の原田が俺と梶野の間に割り込み、床に膝を、テーブルに顎をつけて絡んできた。もう最初に頼んだボトルは空いていて今は2本目の3分の1ほどしか残っていない。ここまで飲んでも話して笑うことのできる原田は俺からすれば酒豪みたいなものだ。

「あ〜、ほんと、しんちゃん生きててよかった〜。なぁ?梶野」
「ですね。原田先輩から連絡もらった時は、驚きました」
「こいつほんっと、昔から一人でどうにかしようとするからさぁ〜・・・てか、梶野なんか、丸くなった?」
「え?・・・太りました?」
「ちげーちげー。雰囲気。っつーか、あれか。しんちゃんと話してる時限定かも知んねーわ」

うははは、と大きい声で笑っている原田の言葉に梶野は目を開いて固まった。俺は、なぜか熱くなった頬をグラスで冷えた手で覆う。
俺限定で、とか。なんだそれ。何言ってんだ原田。梶野は優しいやつだから弱ってる俺にも優しくしてくれてるだけだ。わかっているのに熱くなった頬はなかなか冷めず、どうしたものかと困っていると原田が追い打ちをかけるように言葉を紡ぐ。

「あれよな、梶野ってさ、高校の時からそーだったよ、思い出してみれば。別に感じ悪いとかじゃねーけど、周りと距離があるというか。それがしんちゃんと話す時はこう、あまったるーいというか、ゆるーいというか」

酔った勢いでペラペラと話し続ける原田に俺は限界だった。梶野も同じだったらしく、原田の口に手を当てて耳元で何かを言ったかと思えば、今度は原田の酒で赤くなった顔がさらに赤くなった。

「え、あ、まじ?あー・・・なんかすまん。・・・そうか、うん、そっか。あー、うん、しんちゃん、頑張れ」

突然意味不明な言葉を発した原田は床を這って自分の席へと戻っていった。一体どんな言葉を原田に言ったんだと、梶野に目を向けると耳と首が真っ赤に染まっている。表情はいたって冷静を装っているが、酒も飲んでいないのにそこまで赤くなっていてはただただ可愛いだけだった。思わず吹き出すと眉間にシワを寄せてこちらを向く。

「あ、ははは、ふっ、ごめ、耳真っ赤で、かわいいなぁって」

そのままを伝えるとさらに眉間のシワが濃くなる。照れ隠しだと思うと、不機嫌そうに見えないから不思議だ。

「梶野って、俺のこと大好きなんだねぇ」

後輩にここまで慕われる理由はわからないが、嬉しくないわけがないので緩んだ顔のまま思ったことを伝えると、目を伏せて口元だけ笑った梶野が小さい声で答えた。

「・・・はい。好きですよ。今も、昔も」

なぜかその声色が、後輩が先輩として慕っているという意味ではなく、まるで愛の告白のように聞こえてしまって、ようやく治った頬の熱がぶり返した。それを隠すように、そっか、と言ってさっき飲み干してしまったグラスに無意味に口をつける。溶けて小さくなった氷がカランと鳴った。




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