22


それから、何もない俺の家で梶野と昔話や仕事の話などをして約束までの時間を潰した。
駅までは歩いて30分くらいだが、梶野の車があるため18時10分に家を出た。車で駅まで行くのは初めてで少し新鮮だった。駅前は車が混んでいるので少し手前のパーキングに駐めて、東口まで歩く。人通りが多くなってきたところでやたらと視線が向けられていることに気がついた。
どうやら全て梶野への熱い視線らしい。男の人も女の人も梶野を見て俺を見て何かヒソヒソと話している。

こんなイケメンの隣に立ってるのが普通の男ですみません、と思いながらもちょっとした優越感に浸る。昔は容姿が整ってるだのなんだの俺だって言われていたけど今となれば少し細身で、いや、かなりかもしれない細身でちょっと背の高いおっさんだ。ちょっと距離を開けて梶野を上から下まで見ると、どうしたんですか?何かついてます?と梶野は立ち止まってTシャツを引っ張った。そのせいで割れた腹筋がちらっと見えて周りが色めき立つのを感じた。

「いや、梶野は目立つなぁって。イケメンだもんなーって思ってさ。みんな見てる」
「え?あー、俺だけじゃあないと思いますけどね?」
「うん、なんで梶野みたいなイケメンとひょろガリのおっさんが一緒にいるんだって思われてると思う」
「んー、本当その自己肯定感の低さどうにかなりません?昔はもうちょっとあったと思うんですけど」
「昔はだって、若かったから。今よりちょっとだけど筋肉ついてたし、顔も綺麗って言われまくってたから、そうなんだーとは思ってたよ。だけどもう33にもなったら綺麗も何もただのおっさんよ」
「はぁ・・・まあいいです。これから自覚させていくので覚悟しててください」

自覚も何もという話なんだけど、梶野は言い出したら聞かないので、お手柔らかにお願いしますとだけ伝えて止まっていた足を再び動かした。東口へ着くと時刻は18時28分で、もう居るだろうかと緊張しながらも記憶の中にある原田と社長を探していると、梶野が後ろで、あ、と声をあげた。

「原田先輩、お久しぶりです」

恐る恐る振り返ると、懐かしい二人の姿が目に入った。
最後に見たときは少し長めの茶髪だったのに今では黒髪短髪の爽やかな大人になった原田と、ほとんど変わらないヨネダ社長がこちらにやってくる。あれだけ出たのに、実物を見てまだ出る涙で視界がぼやけ始めたところで、途中から走ってきた原田にドンッと体当たり気味に抱きしめられる。そのまま身を預けられていたら倒れていただろうけど、昔よりたくましくなった原田に支えられた。

「バカ!アホ!ふざけんな!」

涙声で叫んだ原田に小さくごめんと謝ると抱きしめる腕にさらに力が入った。後から来たヨネダ社長は梶野に軽く挨拶をして俺の頭を撫でた。

「伊藤、思ったより元気そうで何よりだ。よかったな、原田くん」
「っ、すみませんでした。ほんと、ごめんなさい・・・」
「おう、まあ心配はしてたからその謝罪は受け取る」

抱きついて号泣する原田の背中をさすっていると、梶野が原田に声を掛ける。

「原田先輩、お気持ち分かりますがここは目立つので予約した店に行ってから思う存分、怒りをぶつけてください」

ギョッとして梶野に顔を向けると、ニヤリと時折見せる俺をバカにする時の笑顔を浮かべていた。それを見て心が落ち着く俺はおかしいのかもしれない。涙が止まった俺に対して泣き続ける原田の腕を引っ張って梶野についていくと、【Bar E.E. 】と書かれた店に着いた。入り口のドアが分厚い鉄の壁ようで初めて入るには少し勇気のいる風貌だ。そして梶野はなぜかそのドアをスルーして少し過ぎたところにある少し細めの木のドアを開けた。

「俺がとってある個室はこっちからじゃないと入れないんです」

ドアを抑える梶野に礼を言って入った社長に続くと中にはすぐに階段があって2階へと上がる。
Barと書いてあったので薄暗いのをイメージしていたが、そんなことはなく、どちらかというと古民家のような温かみのある店内だった。2階には5枚扉があって、一番奥のドアに【Kajino.K】と札がかけられていた。

「あの奥の部屋でいいのかな、梶野くん」

先頭を歩いていた社長が聞くと、はい、と返事をした梶野は、少しオーナーに挨拶をしてくると言って一番手前のドアに入っていった。

社長と原田と先に個室に入ると煌びやかではないが、確実に高級品だとわかる木製の椅子6脚とテーブル、大きな窓は模様の入った磨りガラスで繁華街の灯が和らいで部屋を照らしている。

「これはすごいところを予約したな、梶野くん」
「あ、なんか、知り合いがオーナーで、この部屋を勧められたらしいです」
「ああ、梶野くん、会社経営してるんだったか。あの歳でしっかりしてるなぁ。俺なんかまだまだダメな社長だよ」

そんなことないです、と言おうとしたところでずっと黙って腕を引かれていた原田が俺の肩を鷲掴む。

「おいおいしんちゃん、色々と聞きたいことあるんだぜ、こっちは。本当は日にちあけて、このムカつきと心配と喜びが入り混じったなんかよくわかんねえ感情を落ち着けてからにしようと思ったけど、会えるなら会おうと思って、いざ顔見たら怒りが断然まさってやがった。どうしてくれようか」

ずいっと顔を近づけて凄んでくる原田は今ままで見たどの顔よりも怒りを含んでいて、腰が引けるがこればかりは俺が悪いので素直に謝ることにする。

「ごめん、としか言いようがない、です」
「だよな。お前あの日絶対連絡するって言ったもんな。いなくなるんじゃねーかと思ったわーって言った俺に、そんなことしないって言ったよな。そう言ったよな?スピーチも、俺、頼むって、言った・・・くそっ!」

俺がついた嘘でこんなにも原田が傷ついて心配しているとは思わなかった。できれば、俺のことなんか忘れて幸せな家庭を築いて欲しかった。でもそれは俺のエゴだったみたいだ。溢れる涙を雑に拭いた原田は心なしかすっきりとした顔をしている。そんな原田を見て、ヨネダ社長は微笑んでいた。しかし、次に原田が言い放った言葉には少々頬を引きつらせていた。

「あー!二度とこんなことできねえように、いたるところにGPS仕込んでやる!お前は猫だ!死にそうだとか、やばい時にふらっと消えちまう猫!だからGPSをつけてやる!!」
「ま、まぁまぁ、原田くん。伊藤が元気でいてくれたのが何よりだ、そうだろ?」

小言を言いはじめた原田に火がついた時、全てを吐き出すまで止まらないことを知っている俺はただ黙って聞いているしかなかった。

原田のマシンガン小言・文句はオーナーに挨拶を終えた梶野が戻ってくるまでしばらく続いた。



[ 23/36 ]
    

mokuji / main /  top



Bookmark





「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -