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階段を登りきって、ドアノブに手をかけると中からハンダさんの笑い声と小さいが梶野の笑い声も聞こえる。よかった、仲良くしてる、と安心する反面、仲良さげなことにちょっと嫉妬する。聞こえてくる梶野の話し方は砕けていて、俺に話しかけるみたいな敬語じゃない。子供みたいだなぁ、と嫉妬する自分に呆れながらドアを開けると、梶野がすぐに立ち上がって玄関に来る。

「お帰りなさい。ちょっと遅かったですね?」
「うん、なんかおじさんに絡まれちゃって」

そう、コンビニまで行く道中に小さな公園があるのだが、そこのベンチに座っていたスーツ姿のおじさんに絡まれてしまった。ビールの空き缶片手にフラフラとこちらに向かってきたので後ずさると腕を掴まれてなぜかベンチに一緒に座る羽目になった。リストラされて、家に帰るのをためらって飲み歩いてどうしたらいいんだと愚痴を言いたいだけのようで、ひたすら話を聞いて励ましてどうにか解放してもらった。
詳細を伝えると、梶野は口の端をヒクつかせて頭を抱えた。

「なんでそう・・・優しすぎますし、次からはすぐにでも俺に電話ください。変なやつだったらどうするんですか、まぁそいつも十分変なんですけどというか簡単に腕とか掴まれないでくださいそうだ夜とか一人でコンビニ行かないでくださいよ?どうしても必要なものがあるときも電話くださいすぐに買っていくので」

まるで原田が乗り移ったみたいだ、と、息継ぎもなしにそう言った梶野を見つめ返すと梶野の後ろから盛大に吹き出す声が聞こえた。梶野も驚いたのか、二人で見やるとフローリングで踞るハンダさんがお腹を抱えて笑っていた。

「すっごい!ほんと、お兄さんそれで気づかれてないとか不憫!やだ〜も〜かわいそ〜」
「・・・うるせえ」

ぼそりと呟いた梶野を見ると、耳を赤くしてそっぽを向いている。なんだ、この二人のわかり合ってる感じ。俺だけわかってない感じ。もやもやとしたものが胸を圧迫する。俺の方が、梶野とは昔から知り合ってて、仲もいいはずなのに、ハンダさんに取られてしまったような感覚。大人なんだから、これくらいのことなんでもないはずなのに、梶野に対してはなぜか自制がきかずにわがままになってしまう。
梶野のTシャツの裾を掴んでクイッと軽く引っ張るとそっぽを向いていた梶野の顔がこちらを向く。

「梶野は、俺との方が、仲良いもんね?」

突然の俺の言葉に困ってしまったのか固まった梶野を見て、やってしまった、と後悔する。なんで梶野の前だとこんな子供みたいになってしまうんだろうか。後悔しつつも掴んだTシャツの裾からなかなか手を離すことができない。不安、なんだろうか。人の温かさというか、独りじゃない夜を過ごしてしまったせいでまた独りになるのが怖い。ギュッと掴む手を強めるとハッとしたように梶野が動いた。
裾を握る俺の手に梶野の手がゆっくりと重ねられて優しく掴まれる。

「大丈夫ですよ。俺はずっと先輩から離れませんから。だから先輩も勝手にいなくならないでください」

またあの優しい顔で微笑まれてしまい、涙腺が緩む。多分梶野は俺が不安になっていることに気づいている。自分勝手に周りと縁を切ったくせに、結局は耐えられなくなってしまった俺の弱さに呆れることなく、優しく接してくれる。

「先輩、今日泣きすぎですよ。目腫れちゃいますって」

冗談交じりに笑ってそう言った梶野に堪えきれずに涙がこぼれた。33にもなってこんなに泣くなんて思ってもなかった。両肩に手を乗せてポンポンとリズム良く叩く梶野の優しさに甘えて、胸に額を寄せると一瞬肩を叩く手が止まったが、引き離されることなく次は背中を叩いてくれた。

「僕、お邪魔なので帰りますね〜」

後ろから小さい声が聞こえたが、嗚咽が止まらず顔があげられなかった。梶野が代わりに何か返事をしてくれたようだ。ドアがキィ、バタンと立て付けの悪い音をたてて閉まると同時に、背中を叩いていた梶野の腕が俺の身体を抱きしめた。ビクッと体が揺れて顔を上げると、眉を下げた笑顔の梶野が見える。

「あー・・・そんな、不安にならないで、先輩」
「うん、ごめん・・・なんか、不安定だ、俺」
「緊張の糸が切れたんじゃないですかね、自分独りでどうにかしなきゃ、っていう」

ほんと、その通りだ。独りで抱え込む覚悟をしたと思っていたのに、いざ頼っていい場所を見つけた途端にその覚悟は崩壊して今まで隠してきた孤独感や喪失感がぶり返してきた。その頼っていいと思える場所が、梶野が優しくて広い心の持ち主だったのも、それを増長させている気がする。上げていた顔を伏せて、恐る恐る梶野の腰に手を回して額を胸につける。なぜかとても安心するのは、梶野だからか。それともただ雛鳥が最初に見たものを親だと思うように、独りで生きている日々の中、偶然再会した旧友だからか。

「俺が、ちゃんと立ち直るまで、そばに居てくれる?」

年上なのに、男なのに、こんな情けないことを言って、恥ずかしくはないのかと思われても構わない。独りになるよりずっとよかった。気持ち悪いと、そこまでする義理はないと引き剥がされたらそれまでだけど、なぜか梶野はそんなことをしないという自信があった。

「当たり前です。むしろ、立ち直ってもそばに居ます」

俺が望んでいた言葉以上をくれる梶野から離れるなんてできっこないだろう。ぎゅっと抱きつくと梶野も腕に力を入れて返してくれて心が満たされるのがわかる。こんなおっさんに抱きつかれても嫌な顔せずに対応しれくれるなんて、本当に梶野の包容力には驚かされる。

少しの間、俺のわがままに付き合ってもらっていると、ポッケにしまった携帯が震えた。
梶野も感じたのか腕を離して少し恥ずかしそうに笑う。それを見て確実に赤くなったであろう顔を見せないように後ろを向いて携帯を開くとヨネダ社長から着信だった。

「もしもし、伊藤です」
〈おう、時間なんだけどよ、18時半でも大丈夫か?〉

部屋にある時計を見ると15時半前を指している。

「大丈夫です。東口でいいですか?」
〈ああ、東口で。あと、原田くん誘ったら大丈夫って言ってたから来ると思う〉
「あ、俺も昨日からお世話になってる、友達が同席したいって言ってるんですけど大丈夫ですか?原田とも知り合いです」
〈了解。俺は平気だから連れてこい〉
「ありがとうございます」
〈じゃあ、また後でな〉
「はい」

仕事中だったのか、後ろで聞いたことのある声がしていた。落ち着いたら会社に顔を出させてもらって、心配と迷惑をかけたことを謝罪したい。

「18時半に駅の東口だって」
「了解です。あ、そうだ、もう店とかって予約したりしてるんですかね?」
「あ、どうだろう・・・聞いてみる」

仕事の邪魔になったら申し訳ないと思いつつもショートメールで社長に聞くと、思いの外すぐに返事が返ってきた。どうやら集まってから場所を決めようと思っていたらしい。そのことを梶野に伝えると、じゃあ俺が予約しちゃいますね、と言ってどこかに電話をかける。

「あー、お久しぶりです。梶野です。すみません最近顔出せず・・・あー、今夜4名で個室がいいんですけど空いてます?・・・え?いやいや!VIPじゃなくていいですって!あ、でもあんまり人に出入りしてほしくないというか、はい。あー、そうですね、・・・アユミちゃん?あぁ、あの子はダメですね。うん。・・・わかりました、じゃあVIPでいいです、はい。すみません急に。18時半から19時の間で。よろしくお願いします」

完全によそ行きの声色で電話をしていた梶野だが、どうやら贔屓にしている店らしい。VIPとかどうとか言っていたけど、そこはさすが社長といったところだろう。

「また、なんか高そうな店?」
「え?いや、それがめちゃくちゃ安く場所提供してくれるところなんですよ。オーナーとちょっと知り合いで、接待とか会食で使わせてもらってるとこです。なんなら、酒1、2杯と激安の場所代だけでいいっていってくるくらいで」
「すごいなぁ、梶野は。いっぱい知り合いいるんだ」
「まぁ、不要な人脈もおんなじくらいできちゃいますけどね」

苦笑した梶野は会社を経営する上でそれなりの苦労をしてきたのだろう。男としてはここで悔しがるべきなのかもしれないが、次元が違いすぎて尊敬の念しか浮かばない。それに比べて俺は借金を抱えたダメな男だ、と卑屈になったところで重大なことに気がついた。

「か、梶野、俺、金渡すの忘れちゃった・・・!」

そう、ハンダさんは俺の集金に来たはずなのに、それを渡すことなく帰してしまった。
昨日俺が居なかったからわざわざ来てくれたのに、また忘れるなんて!と、慌てて携帯を開くとちょうどハンダさんからショートメールが届いていた。

〈お金、もらうの忘れちゃいました〜!今回は僕が立て替えておくので、来月併せていただきます〜。あ!あんまり、泣いてお兄さん悲しませたらダメですよ!〉

どうやらハンダさんが立て替えておいてくれるらしい。本当に、俺が想像していた闇金の人とは違ってハンダさんはいい人だと思う。最後の文だって、俺と梶野の両方を気遣ったものだ。なんでそんな闇金の会社に勤めているのか不思議でしょうがない。
メールの内容と、思ったことを梶野に伝えると少し引きつった笑いが返ってきた。



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