20


俺たちを二人きりにする事を心配しているのか不安げな表情を浮かべる先輩を見送って座布団の上に座わり直すと、タブレットをいじっていた男は顔を上げてニッコリと笑った。思わずため息が漏れる。

先ほどまではあんなに幸せだったのに、いきなりどん底だ。服なんてなんでも良いから、新しいのを俺が買ってくるからと言ってあのまま家にいればよかった。

ホットサンドに興味津々でいざ食べれば口いっぱいに頬張り美味しいという先輩、ジムでうっすらと汗をかきながら頬を赤する先輩、原田先輩と世話になったらしい元勤め先の社長と電話して涙と鼻水でぐちゃぐちゃの先輩、カツ丼を食べてお腹いっぱいだと笑う先輩、ベルトですらサイズが合わずずり落ちてくるジーンズを必死に抑える先輩。今日1日だけで新しい先輩をいくつも発見できた。その余韻に浸っていたというのに。

借金を抱えることになってしまった事に関しては、目の前にいるこいつのせいでないことはわかっている。全てはタナカとかいうやつのせいだ。見つけ次第ぶっ殺してやりたいが、今はそうじゃない。俺がここまでイライラしているのは、先輩とこの男の関係性だ。
先輩の様子からするに、警戒心なんて微塵もないのだろう、むしろ好いているように感じるくらいだ。俺が昨夜触れるのを躊躇った首にいとも簡単にまわされた手を捻り潰してやろうかと思った。

まだ先輩と話せるようになってから二日しか経っていないが、時折先輩の目に不安の色が浮かぶ時があるので、誰とも会わない、話さないという日常の中でこの男と話すことが唯一の息抜きだったのかもしれない。俺に全てを打ち明けたから安心してそばに居られるとまで言ったわけだから、根本の借金事情を知っているハンダだって同じことだったのだろう。

そうだとしてもだ、そう、なんで先輩はあんなに警戒心がないのか。上半身裸で玄関を開けるなんで言語道断だろう。原田先輩が口うるさく小言を言いたくなる気持ちがわかってきた。



無言で向かい合っていても埒が明かないので、目の前でタバコに火をつける男に声をかけた。

「どこの金融だ?」
「わ〜お、開口一番にそれってすご〜い。葦幹(あしがら)金融のハンダです〜」
「葦幹?・・・マジかよ」
「え、え、お兄さんお世話になっちゃってる感じですか〜?あらら〜」
「ちげえよ。んなもんなくても金くらい腐る程ある。・・・昔知り合った奴がそこで借りて首回らねえで、まぁ、最後はご存知の通り」
「あ〜、ね。まあ、うちはゲスいとこゲスいですからね〜上司がクソなんですよ〜クソ、クズです」
「つーか、葦幹って最近やばそうな感じしてっけど、アンタそんな感じしないな」

葦幹金融は闇金業界では結構有名な会社だ。俺も、会社を立ち上げたばかりの時にできた胡散臭い知り合いが借りたと言ったのを聞いたことがある。上手く使えばこちらに利になることしかないと言って誘われたが、当然断った。そして現在、社長が変わってから会社方針が変わったらしく、近々摘発されるという噂を耳にしていた。

「お兄さん、詳しいですね〜。そうそう、もうそろそろあの会社、バーン、と崩れ落ちますよ。清々します」

そう言ったハンダという男の顔は、笑顔を携えてはいるもののどす黒い何かが滲み出ている。

「とりあえず、そのタナカってやつのこと、教えてくれませんかね」
「あ〜、はいはい。まぁ、言っちゃえば、うちの会社というか社長のコマですよ、コマ。手当たり次第に借りさせて、トンズラして、善良な一般市民を借金地獄に陥れるコマ」
「・・・なるほどな。道理で見つからないわけだ。あれか?ヤクザが匿ってんのか?」
「まっさか〜!あんなアホな社長に手を貸すヤクザなんかいませんよ〜。社長個人でやってることです。というか、クソ社長が上納してる組の方もブチギレてますから。人情に厚い系な古ーいお考えをお持ちの方達なので、こういう、それこそ伊藤さんみたいな人を巻き込むのが大っ嫌いなんです。汚ねえもんは汚ねえもん同士でヤり合うもんだってね」
「アンタはあれか、・・・組の人間か」
「ご名答〜!すごーい、お兄さん。まあスパイですよね、スパイ。動向がおかしいってんで、潜入しましたけど〜、当時若手で顔が割れてないからってこんなクソみたいな会社に勤めることになってもう最悪〜ですよ〜。22歳から9年間ですよ!9年間!全然尻尾出さないんだから、あの狸ジジイ。・・・それに、伊藤さんみたいな人に、もう5年も金払わせてるなんて申し訳ないです」

本当に心を痛めているようで、最後の一言は苦虫を潰した表情をしていた。というか、こいつと同い年かよ、と苦笑するとハンダもあははとから元気に笑った。闇金というのは基本的に、返し終えたらハイ終わりなんて甘いものではない。会社や自宅、果ては友人にまで手をかける、そう考えれば先輩がとった行動は間違っていなかった。闇金というのはそういうものだ。しかし、前にいる男からは、最後の最後まで搾り取ってやるという雰囲気が感じられず話を聞いてみれば案の定。組みに目をつけられるなんて、タナカとそのクソ社長とやらはどこまでバカなんだ。

「とりあえず、タナカについてはわかったわ。あれだな、要するにそのアンタんとこの組も探してるってことだな?」
「えぇ、えぇ、もちろんですとも。それなりのお仕置きしなくちゃ〜。僕の9年間返してっ!ってね」
「・・・おい、ちょっと待て、アンタ、ハンダだよな?」
「え?どうしたんですか突然、僕ハンダです〜」
「マジかよ・・・藩大組か。んでお前血縁者か」
「あら、そんなに詳しい人だったんです?バレちゃった〜オヤジに、組長に殺される〜」

暢気に笑う目の前の男に頭が痛くなる。昔やんちゃをしていた影響か、そう言った話が耳に入ってくることは普通の人間に比べて多い。その中でも、藩大組が仕切るところでは悪さをするなとよく言われたもんだ。要するに馬鹿でかくてやばい組だってことだ。そしてこの目の前の男、ハンダはその血縁者、オヤジとか言ってるってことは下手すれば若頭だ。先輩はどうしてこう、誰でも惹きつけてしまうのか。いいところでもあり、悪いところでもある。

「そこはもう、深く聞かねえわ。今は葦幹金融のハンダ、として頼むわ」
「オッケ〜で〜す」

こんなダラダラと話す男が次期組長だなんて、信じられないが、今はとりあえず強い味方を手に入れたということにしておこう。

「今日の夜、タナカから金をパクられた会社の社長と会うことになったんだが、何か知ってるような感じだった」
「・・・それが本当ならぜひ、情報提供願います〜」

タナカの情報、となるとやはり欲しいらしい。ハンダの口調こそ柔らかいものの、目はギラついている。今日聞く内容は全て教える、その変わり先輩に何もないようにしてくれと言い、連絡先を交換した。

「いや〜、それにしたって、こんなイケメンな彼氏がいるなら、さっさと頼ればよかったのに〜!」

連絡先を保存し終えたハンダがそう言ってフローリングの上に寝っ転がった。

「彼氏?」
「あれ?違うんですか?伊藤さんの彼氏じゃないの?」
「・・・ちげえよ。なりたいけど」
「あぁ!なるほど!!片思いですか〜!いいなぁ、青春だなぁ!」
「うるせえな、アンタ」
「いやいや、正直ショックといいますか、もしあれだったらそのうち、伊藤さんは僕が囲ってもいいかななんて。だって彼、最近滅多に見れない純粋さで、さらにあの見た目ですよ?よく今まで何もなかったなと思いますけど!」
「あー、まぁ、大学1年までは必死に周りが守ってたさ、俺含めて」
「本人が知らないところでお姫様ですか〜!そりゃあ、あんな綺麗な人になりますよねえ。擦れてない、身も心も純白って感じ〜」

第一印象は最悪だったが、ハンダが先輩に対してどうこうしようとしていないのがわかり、正直安心した。それから俺たちは中身のない世間話をして先輩が帰ってくるのを待った。



[ 21/36 ]
    

mokuji / main /  top



Bookmark





「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -