12


12年前に母さんが亡くなったこと、5年前に借金を抱えてしまったこと、そして、誰とも関わらずに一人で生きていこうとしていたこと、全てを話し終えた。
母さんを失った悲しみと、騙されて借金を抱えてしまった不甲斐なさで、止めどなく流れる涙を必死に手の甲で拭うが一向に止まらない。
梶野の顔を見ると、なんとも言えない顔をしてこちらを見ている。

「ごめ、んな。久々にあったのに、こんな話・・・」

33にもなった大の男が目の前で号泣しているのは、確かにどう対応したらいいのかわからないだろう。申し訳ない。ようやく落ち着いてきたので、声をかけると先ほどより眉を下げて目を伏せてしまった。

「そんな、俺こそ何も知らずに・・・正直に言えば連絡が取れなくなってしまったことに、ムカついてました」
「いや、そりゃ何も言わずに無視してればそう思うでしょ・・・ごめん」
「実は、原田先輩に先輩のお母さんが亡くなったことは、聞いていました」
「・・・そう。まぁ、それは隠すつもりはなかった。気持ちの問題だったかな、それは」

ここまで全てを打ち明けてしまったからか、もうどんな自分を見られてもいいと思い始めた。それに、一人で抱えていることがストレスだったのか、やけに心が軽くなった。

「俺に、話してくれてありがとうございます」
「ん。こっちこそ、聞いてくれてありがと」

笑って答えると、安心した様に同じく笑顔を返してくれた。

「よーし、今日はそろそろ終わりにしましょうか〜」

しばらくして、現場監督の一声で飲み会は終わりとなった。梶野は有言実行で会計をすませていた。そして俺は、久しぶりに飲んだ酒と泣いてしまったせいで、頭痛と吐き気が止まらず、椅子に座って机に伏せていた。どう頑張っても、動ける気がしない、とじっとしていると、額と腕の間に冷たいものが当たる。

「先輩、大丈夫ですか?」

心配そうな梶野の声がして顔を上げると、おしぼりを手に持って俺の横にしゃがんでいた。

「あー・・・大丈、夫・・・じゃないかも・・・」
「やっぱり、お酒ダメですね」
「・・・うっせー」

たった2杯ほどのウーロンハイでこんなになってしまうのが情けない。しかし、顔を上げただけで湧き上がる吐き気と強くなる頭痛に、もう二度と飲まない、とも思う。

「先輩の家、どこですか?送ります」
「・・・いや、こっから歩いて帰れるから、平気。ありがと」

せめて、最後くらいは先輩らしく振る舞おうと、腕に力を入れて立ち上がる。世界が歪んで見えるが、なんとかなるだろう。

「・・・そんなふらついてて、どうするんですか。タクシーで送ります」
「・・・いいって」
「はー・・・。じゃあもう知らないですからね。文句言わないでくださいよ」
「は?」

なかなか折れない俺に呆れたため息を吐いて、立ち上がった俺の腕を掴む。振り払おうとするが、一緒になって揺れる頭に動きを止める。それを見て、梶野に鼻で笑われた。こいつも少し酔っているらしい。梶野は酔うと少し性格が悪くなる。
そのままタクシーに乗せられ、知らない道を走る。駅前の居酒屋から俺の家までは歩いて30分ほどだが、タクシーにはもうすでに20分ほど乗っている。確実に俺の家よりも遠いところに向かっていた。まぁ、明日は仕事が休みだし、いいだろう。俺は諦めて目を閉じた。

体を揺する振動に目を開けると、タワーマンションの下にタクシーが止まっている。なんとなく、梶野の家に連れてこられたのだろうことは理解できた。
金を払い終わったのだろう梶野が俺の荷物を持って外に立っている。再び閉じてしまいたい瞼を開けてタクシーを降りた。再び梶野に腕を掴まれてマンションのエントランスへ入るとスーツを着た男性と女性が立っていて、ぎょっとする。外から見た感じ、高そうなだとは思っていたが実際中に入るとそれ以上に感じた。

「梶野、こんなすごいとこ住んでんの・・・社長ってやっぱすごいな」
「・・・そんなでもないですよ。一応立場的にそれなりの所に住まないと、メンツが立たないって言われただけです」
「そういうもん・・・?でも、すごいなぁ」

感心しながらキョロキョロと周りを見ながら、梶野に連れられてエレベーターに乗る。梶野は28階を押した。高いな。実は軽い高所恐怖症の俺は少し不安になったが、窓に近寄らなければなんとかなるだろう。エレベーターが止まり、降りると真正面と左右に一つずつドアがある。

「え、この階の部屋ってこんだけ?」
「え?ああ、そうですよ。ちなみに正面は今、誰も住んでません」
「すげー。まじか・・・」

未知の世界すぎてワクワクしてきた。左の部屋に向かった梶野に腕を掴まれなくても自主的についていく。早く部屋の中を見てみたい。梶野が、ドアを抑えて俺を中に促したので、小さく「お邪魔します」と言って中に入った。玄関に足を踏み入れると、真っ暗だったそこが突然明るくなり、ビクッと肩を揺らしてしまった。自動照明とか、住んでる世界が違う。

「先輩、風呂は入れます?頭はどうですか?」

後ろで施錠を終えた梶野が荷物を端に置いて聞いてきた。タクシーで寝たからか、こんな高層タワーマンションに入ったことによる興奮からか、頭痛は和らいだようだった。そして、仕事で汗をかいたので確かに風呂に入りたい。

「頭はもう大丈夫。・・・風呂は入らせてもらえるとありがたい」
「良かったです。じゃあ、入っちゃってください。そこ右です」

そういってこちらを見もせずに、左のドアを開けて行ってしまった梶野に、少し違和感を感じながらも言われたドアを開けると脱衣所だった。その奥に風呂場のドアがある。Tシャツとズボン、靴下を脱いで一度玄関に戻り、自分のリュックに服を突っ込んでいるところで梶野が戻ってきた。

「先輩、これ、タオルとか使ってください。パンツとTシャツは新品なので・・・って、パンイチでなにしてんですか」
「あ、ありがと。いや、脱いだ服しまってた」
「え?なんでですか。出してください。洗うので。汚いです」
「え・・・そこまでしなくていいって。つーか、汚いって・・・確かに汚ないけど」
「いいから、出してください。どうせ俺のも洗うので。大して量も変わりませんから」
「あー・・・わかったよ」

先週久々にあった時よりも、物言いが強くなった気がする。本来であれば先輩という立場上、見せたくなかった情けない自分は見られたし、俺より何倍もしっかりしていると感じる梶野に言い返す気は起きないけど。

「じゃ、ちゃんと暖まってください」

タオルとTシャツ、短パン、下着を洗面所に置いて、梶野は左のドアの向こうへ消えて行った。ドアがうっすら空いていたので覗くとリビングのようだ。お言葉に甘えて、着ていた服を洗面所にあったカゴに入れて風呂に入る。中は少し広めの普通の風呂場でちょっと安心する。流石に、ここまで豪華なつくりだったらどうしようかと思った。風呂ではリラックスしたい。置いてあるシャンプーなども市販のものだった。梶野本人が言っていたように、高級志向というわけではなさそうだ。

「あ〜・・・久々・・・」

湯船に浸かると、おっさんくさい声が出てしまう。家ではいつも3分ほどのシャワーで終えているため、湯船に浸かるのは久々だった。しかも、何かの入浴剤が入っていて気持ちがいい。

その後、少しのぼせるくらい、湯船を堪能してから風呂場を出た。



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