見つからない

 夕方の教室に、昼間とほとんど色の変わらない眩しい光が、燦燦と差しこんでいた。まだ秋は遠い。教室の自席につき、図書室から借りた小説をバングルで読んでいると、ふいに視界に影が差した。
 ゆっくりと視線をディスプレイから上げる。シルバーグレイの髪を波間の光のように揺らめかせ、私の机の前に立った凝部くんがこちらを見下ろしていた。
「『駆け込み訴え』だよ」
 聞かれる前に答えると、凝部くんがきょとんとした顔で首を傾げる。頭の動きに合わせて、長い髪がさらりと流れた。
「え、何が?」
「今私が読んでる小説のタイトル。聞きたかったんじゃないの?」
「いや? 別に。全然」
「あ、そう……」
 手元を覗き込まれたから、てっきり読んでいる本が気になったのかと思った。どうやらそういうわけではないらしい。
 本を閉じ、ディスプレイをオフにする。
 教室には私と凝部くんのふたりきり。何をしているかと言われれば、特に何をしているわけでもない。
 私はただバイトまでの時間をつぶすために、ここに残って本を読んでいただけ。凝部くんはその間ずっとバングルをいじったりしている。凝部くんの方から話しかけてくることもなかったから、特には気に留めていなかった。
「本が気になってるんじゃないなら、何か御用ですか?」
 私が尋ねると、凝部くんが目を細める。
「なに、そのよそよそしい質問は」
「ここ数日で、凝部くんの人となりを少し、ほんの少ーし理解したんだよ。近づきすぎると、おちょくられるでしょ。だから、このくらいの距離が適正かなって」
「急に淡々とディスるじゃん」
「いやいや、褒めてる褒めてる」
「心こもってなーい」
 適当な言葉の応酬。会話を楽しんでいるのかいないのか、それでも凝部くんは前の席の椅子を引き、そこに腰を下ろした。どうやら彼は、このまま私を話し相手に時間を潰すことに決めたらしい。
 ちらりとバングルの時刻を確認する。バイトの時間まではまだまだ余裕がある。私は凝部くんの雑談に付き合うことにした。

 ヒヨリちゃんと陀宰くんと凝部くん、それに私。夏休みが明けてから、なんとなくこの四人で一緒にいることが増えた。
 もともとは私とヒヨリちゃんが仲良くしていたところに、クラス委員という括りで陀宰くんが加わり、そこに凝部くんが絡んでくる。元不登校児の凝部くんのことはクラス委員のふたりに一任されているようなので、そういう事情もあるのだろう。
 一緒にお昼を食べたり、休み時間の教室移動をしたり。ヒヨリちゃんがあいだに入ってくれていることもあり、コミュニケーションは円滑だ。凝部くんの軽口にはたびたび閉口させられたが、ヒヨリちゃんと陀宰くんを見ていれば、あしらい方はおのずと分かるようになる。
 もちろん、ずっとべったり一緒というわけではない。凝部くんがひとりでふらふらしていることもあるし、陀宰くんがほかのグループと一緒にいることもある。私はたいてい、ヒヨリちゃんと一緒にいる。流動的で、その場限りのメンバー。それでもなんとなくグループ感があるのは、ヒヨリちゃんを中心に、うっすらとした結びつきがあるからだ。
 ヒヨリちゃんと陀宰くんと、凝部くん。彼らからはなにか、特別な親しさのようなものが時々伝わる。それはわざと滲ませているものではない。殊更ことさら強調しなくても、意図せず滲んでしまうものだ。
 本当は、私が一緒にいない方がいいのではないかと思うこともある。ヒヨリちゃんたち三人はきっと、同じ秘密を共有している。私だけが、その輪に入っていない。
 それでも、今のところは四人でいることに不便はない。私がいないところで三人が何をしていても、私には関係のないことだ。私だって、ヒヨリちゃんたちに話していない秘密を持っている。

 不意に、ぎぃ、と金属の軋む音がした。何時の間にかぼんやりしてしまっていたらしい。不快で固いそれは椅子が軋むときの音で、そしてそれは凝部くんが私を現実に引き戻すため、わざと立てた音だった。
 なに、と視線で問う。凝部くんはにやりと口角を上げて、「前から聞こうと思ってたんだけど」と軽やかな口調で言った。
「名前ちゃんって、メイちゃんのこと好きなの?」
「……え」
 咄嗟のことに、反応が遅れた。私の視線のその先で、私の反応のひとつひとつを、凝部くんがつぶさに観察している気配がする。静かに、けれど取りこぼしのないように。とろりと甘い色のまなざしが、刺すように私をとらえていた。
 凝部くんは、黙して私の返事を待っている。
 一拍、二拍。三拍。
 ごくりと唾を呑み込んで、私は凝部くんに問い返した。
「……どうして、そう思うの?」
「どうしてって、普通に見てたら分かるけど」
 凝部くんは呆れたように柳眉を下げる。
「だって名前ちゃん、しょっちゅうメイちゃんのこと視線で追いかけてんだもん。そりゃ分かるでしょ。メイちゃんがヒヨリちゃん相手にあたふたしてたり、慈愛に満ちた顔してるの見て、あからさまに顔が曇ったりしてるし」
「うそ、私ってそんなに分かりやすいかな」
 ついつい頬に手をやると、凝部くんが呆れ笑いをさらに深めた。
「メイちゃんやヒヨリちゃんは気付かないだろうけどね。だけど、見る人が見れば気付くんじゃないってレベル」
 僕とかね。
 そう言って凝部くんは、手首にはまったバングルを反対の手の指先で回しながら、へらっと笑った。
「ていうかさ、名前ちゃん、そこで誤魔化したり、否定したりしないんだ? てっきり隠すものかと思ったけど」
「うーん。そうは言っても……。だって凝部くん、結構な確信を持って言ってそうだったんだもん。だったら、誤魔化す意味もないかなと思って。それに今後、隠し通せる気もしないし」
 凝部くんの観察眼の鋭さは、すでに薄々ながら察している。これからも同じグループで付き合っていくのなら、私が陀宰くんのことを好きだということは、遅かれ早かれバレることだ。それならば、こんなところで下手に誤魔化したり、見栄を張ったりする必要はない。
「メイちゃんとのこと、協力してほしいっていうなら見返りはもらうよ?」
「別にそんなこと思ってないよ」
 素直に受け取ってくれない凝部くんに、私は首を横に振る。
「というか、今更どうこうする気もないよ。そっちの仲良しグループを引っ掻き回す気はないから、安心してください」
「仲良しグループねぇ……」
 今度は凝部くんがぽつりと呟いた。
 仲良しグループ。あるいは、秘密を共有する仲間。ヒヨリちゃん、陀宰くん、凝部くんのなかには、そういう閉鎖的な親密さが存在している。そこに部外者の私が何食わぬ顔で加わっているのだ。人のいいヒヨリちゃんや陀宰くんはともかく、凝部くんが気を揉んでいるだろうことは想像に難くない。
 あるいは私の存在ではなく、私の恋愛感情をこそ、凝部くんは不安視しているという可能性もある。恋愛がグループの和を乱すなんて、ありふれた事象だ。
 けれど私は、彼らのその和を乱そうとは思っていない。まして、その結束をどうこうしたいとも思っていなかった。
 凝部くんの目が、あやしく鈍く光る。声を低めて彼は問う。
「……名前ちゃんは僕らの秘密、知りたいと思う?」
 そのひそやかな声音に、これは試されている――と、そう思う。
 けれどその問いの答えならば、私はすでに心の中に持っていた。
「聞かないよ」
「うわ、即答」
「だって、ヒヨリちゃんが話さないってことは、聞かない方がいいことなんでしょ」
 この数日、幾度となく考えていたことだ。だから言い淀むことなく、言葉が口をついて出た。
「ヒヨリちゃんは、大事なことはいつでもちゃんと話してくれるもん。私がヒヨリちゃんの判断を疑ったことは、これまで一度だってないんだよ」
「キミ、狂信者みたいなこと言うね」
「何とでも言ってよ」
「ていうかヒヨリちゃんを信じるのはいいしても、僕とメイちゃんのこと眼中になさすぎない?」
 凝部くんが不満げに、くちびるを尖らせる。そんな表情も、また様になっていた。
「眼中にないわけじゃないって。ただ、私が三人のなかで一番仲よくしてるのはヒヨリちゃんだから。そういう意味では、ヒヨリちゃん以上に信用してる人なんかいないってこと。分かるでしょ?」
「分かるけどさー。僕としてはそういうのって、信用してる人に隠されてるからこそ、知りたくなるものだとも思うんだけど」
「知りたくないとは言ってない。話されないから聞かないってだけ」
 だからいつかもし、ヒヨリちゃんが話してくれる日が来たのなら。そのとき私は、喜んで彼女の話に耳を傾けることだろう。そのかわり、ヒヨリちゃん以外から秘密を聞こうとはしない。絶対に。
 凝部くんは私の話を、納得したようなしていないような、どうとも読み取りづらい表情で聞いていた。私の考え方は、きっと凝部くんの考え方とは相容れないものなのだろう。分かってほしいとは言わないけれど、ここまで分からないという顔をされると、さすがに苦笑したくなる。
 というかそもそも、最初は私が陀宰くんのことを好きだとか、そういう話をしていたはずだ。それなのに、気付けば話題は、彼らが抱える秘密の話に移っている。まるで恋愛話で私の意表を突くことで、私を無防備な状態にしたうえで本題に入ろうとしていたかのように。
(というか、実際そうなのか)
 つくづく、凝部くんの食えなさを実感した。際どい恋愛話を前振り程度に使おうなんて高校生は、少なくとも私の周りには凝部くんくらいしかいない。
「凝部くんって、よく分かんないよね……」
「んー、よく言われる☆」
 一切悪びれたところのないその態度に、呆れるのを通り越して笑ってしまった。
「私、てっきり陀宰くんのこと聞かれるかと思ったのに。そっちは全然聞かれないし」
「ああ、そのこと。僕ってそんなに他人の恋愛に興味ないから」
「ありがと、助かる」
「いやいや、真に受けないでよ。もちろん聞きたいとは思ってるよ? それが面白い話なら」
「面白くないから大丈夫です」
 実際、別に面白い話というわけでもない。とるに足らない恋愛話が凝部くんの好みにかなうとは到底思えず、私は丁重にお伝えした。
「まあでも、名前ちゃんとメイちゃんの話が面白くないとは思わないけど?」と、凝部くん。
「でも、ドラマみたいな駆け引きやどんでん返しがあるわけでもないのに?」
「ドラマはお腹いっぱいだからいいとして……、そういう気がキミにはまったくないってこと?」
「そういう気って」
「メイちゃんにアピールしようとか、アタックしようとかって気持ち。全然ない?」
 私はこくりと頷いた。
「それはどうして?」
 凝部くんが問う。答えは単純だった。
「だって、陀宰くんがヒヨリちゃんのこと好きだって、知ってるし」
「だからメイちゃんに告白しないの? 失恋確定だから?」
「そりゃあね。困らせるだけの自己満足に酔えるほど、恋に恋してないもので」
「うわー、全世界の恋に恋する男女を敵に回しそう」
「凝部くんも敵に回る?」
「いやまさか」
 軽やかに返事をされ、思わず笑ってしまった。
「だよね。凝部くんこそ可能性とかメリットもなく、告白するタイプじゃなさそう」
「……」
 これまでつらつらと話していた凝部くんが、ふいに目を伏せ口を閉ざす。不思議に思い、私はしばらく凝部くんが口を開くのを待つ。と、そこでようやく私は、自分が不用意な発言をしたことに気が付いた。
 いくら暫定の仲良しグループにいるとはいえ、私と凝部くんの付き合いはせいぜい半月かそこらだ。いくら何でも、失礼なことを言ってしまった。
「ごめん、知ったようなこと言いました。今のは忘れて」
 素早く謝罪を口にすると、凝部くんがつと視線を上げ苦笑する。
「いや、いいけど。ただ、僕ってキミからそういうふうに見えてるんだ」
 癖なのか、凝部くんは胸の前で指先を組み、
「キミからというか、キミからも、だけど」と付け加える。
「本当にごめん、なんとなくで適当言った。失礼いたしました」
「なんか急に弱気なんだけど」
「普通に反省したから」
「別にいいのに。気にしてないし」
 凝部くんの声はあくまで軽い。本当にこだわりなく、気にしていないような声の調子だった。とはいえ相手は凝部くんだ。気にしていないという彼の言葉だって、どこまで本心なのか分かったものではない。
 窺うようにじっと見つめていると、凝部くんはやれやれとばかりに溜息を吐き出した。
「いや、そこで疑われても。本当に気にしてないんだってばー」
「……そう?」
「そうそう。ただ、こっちの世界でもそういうふうに見えるんだなーと思っただけ」
 凝部くんの言葉に、私は首を傾げた。
「こっちの世界?」
「こっちの話」
「だから、こっちってどっち」
「さて、どっちでしょう」
 なんだか、煙に巻かれてしまったような気がする。けれど先に失言してしまった負い目もあって、あまり深くは追及できなかった。凝部くんもそれを分かっているから、杜撰ずさんな誤魔化し方をしたのだろう。本気で私を煙に巻こうと思ったら、おそらく凝部くんはもっとうまくやる。
 会話が途切れ、ふたりきりの教室内に沈黙が落ちた。凝部くんも私も、沈黙を気に病む性質たちではない。いや、これも私が凝部くんに対して勝手に抱いている印象だが。多分、そう大きくは外れていない。
 しばらくして、また凝部くんが口を開いた。
「ひとつ聞いていい?」
「いいよ」
「キミっていつから、メイちゃんのことが好きなの?」
「それ、聞かれると思ったけど。なんでそんなこと聞くの?」
「質問に質問で返さないでよー」
 凝部くんが不満げに言う。私がそれでも黙っていると、やがて彼は面倒くさそうに「まったく、キミたちみんなして、困るとすぐに黙るんだから」と恨めしげにこぼした。
「だって、メイちゃんがヒヨリちゃんのこと好きになったのって、今年クラスが一緒になってからなんでしょ。でもキミの性格考えたら、そもそも自分の友達のことを好きな男のことなんて、わざわざ好きになるかー? っていう」
「それはほら、恋愛感情なんてままならないものだから、そういうこともあるんじゃないの」
「なーんかしっくり来ないんだよねぇ」
 軽い口調で呟いて、凝部くんはじっと私を見つめた。視線の重さと口調の軽さの落差からして、彼はまたしても私のことを揺さぶろうとしているのだろう。その視線を受け流して、私はしばし沈思した。
 別に、隠すようなことでもないのかもしれない。けれど、私は心のどこかでまだ、凝部くんのことを信用しきれないでいた。
 凝部くんに話したくないわけではない。ただ、凝部くんの口からヒヨリちゃんや陀宰くんに私の秘密が伝わる可能性は、けしてゼロではない。
「……ヒミツ」
 沈思ののちに、そう答えた。てっきり凝部くんは鼻白んだ顔をするかと思ったが、意外にも彼は麗しの目をぱっと見開いて、驚いたようにまじまじと私の顔を凝視した。
「ん? どうかした?」
「秘密って。なんか不意打ちでドキッとした」
「あはは、色っぽかった?」
「いや結構まじめに。えー、まじか。ていうかこの際だしもうさ、メイちゃんのこと好きでいるのなんかやめて、僕と付き合わない?」
「そういう冗談、わりと真に受けちゃうからやめて」
「それも意外。名前ちゃんってもしかして、押せば押すだけ落とせる確率上がる感じ?」
 机を挟んで向き合った凝部くんが、ぐっと机に身を乗り出し距離を詰める。にやついた顔は、完全に悪ノリに悪ノリを重ねようとしている構えのようだ。
「ねえ凝部くん、この話まだ続ける?」
「続けてもらっても僕は全然オッケー」
「ええ……」
 と、その時。
「何の話だ?」
 教室のドアががらがらと開いて、訝し気な声が私たちのあいだに割りこんだ。
 視線を声の方へと移動させる。最低限の筆記用具だけを手にして立ち尽くす陀宰くんが、何処か気まずげな表情で私と凝部くんのことを見つめていた。
「メイちゃん、おつかれ」
 呆気ないほどあっさり身を退いて、凝部くんは微笑んだ。「もう補習は終わったの?」
「ああ、どうにか試験で合格もらった。瀬名とおまえらのおかげだよ」
「陀宰くんが頑張ったからじゃない?」
 私の言葉に、凝部くんが「そうそう」と調子よく合いの手を入れる。
「メイちゃんってば、頭から湯気出そうなくらい頑張ってたねぇ」
「つーか、俺より学校来てなかった凝部がなんで補習ないんだよ」
「それはほら、僕は自宅学習だけで余裕で高得点とれちゃうから☆」
「釈然としねぇ……」
「既存の教育の枠にとらわれない僕でごめんね?」
 溜息を吐きつつ、陀宰くんは自分の席へと向かう。取り出した鞄を机にのせると、筆記用具を片付けた。
 夏休み前にしばらく授業を休んでいた陀宰くんは、夏休み明けの試験の結果が悲惨だったらしい。追試だけではどうにもならなさそうだということで、急遽補習の日程が組まれ、今日がその最終日だった。
 追試に自信がないという陀宰くんのため、私とヒヨリちゃん、それに凝部くんはここのところ放課後や授業の合間を縫って、代わる代わる陀宰くんの試験勉強につき合っていた。陀宰くんが試験をパスできそうだということで、私までほっと胸を撫でおろす。
 ちなみに陀宰くんの言うとおり、一学期まるっと不登校を貫いた凝部くんは、あっさり夏休み明けの試験をパスしている。「そんなに必死にならなくても、学校の授業や試験をパスするだけなら、案外どうにかなるもんだよ? 満点とれってんじゃあるまいしー」と平然とのたまうあたり、進学校である月桂高のなかでも、凝部くんの頭脳は頭抜けている。
 その凝部くんが、陀宰くんに尋ねる。
「ところでメイちゃん、ヒヨリちゃんは?」
「瀬名? 瀬名は補習受けてないけど」
「いや、あの子なら自分は補習受けてなくても待っててくれそうだなーと思ってたんだけど」
「ああ、そういうことか」と陀宰くん。
「瀬名なら萬城が連れて行ったんじゃないか。俺が補習に行くときにちょうど萬城と廊下で出くわしたから、多分間違いない」
「ああ、そっちに取られちゃったわけ……。メイちゃんが補習なんかしてるから」
「仕方ないだろ……」
 と、そこで陀宰くんはおもむろに、私の方へと顔を向けた。
「で? 俺が補習で苦しんでたっていうのに、そっちはずいぶん楽しそうだったな」
 ついさっき、陀宰くんが教室に戻ってきたときの話をしているのだろう。たしかにあのとき、私と凝部くんはわりと近い距離で、お互いに見つめ合っていた。陀宰くんの顔には、顔には微笑みと、ほんの僅かな気遣いが浮かんでいる。
「え、なに。男の嫉妬は見苦しいよ? メイちゃん」
「そういう話じゃねーよ」
「トモくんにヒヨリちゃんを取られちゃったからって、今度は名前ちゃんを僕からぶん奪るのよくないんじゃないの」
「…………」
「うーわ、無視。メイちゃんノリ悪ー」
「悪かったな」
 凝部くんの軽口を適当にあしらいながら、陀宰くんは鞄を抱えてこちらにやってくる。そして私たちのすぐそばまでやってくると、一瞬だけ躊躇うような間を持ってから、陀宰くんは私の顔を覗き込んだ。
「苗字、こいつに何か変なこととか言われなかったか」
 心配されているのだろう。凝部くんの言動は結構際どかったり、危うかったりすることがある。そしてそんな凝部くんのため、陀宰くんやヒヨリちゃんが眉をひそめたりしながら、さりげなく周囲をフォローしたりしている姿を、私もたびたび目にしている。
 陀宰くんを安心させるため、常より大きめな動作で頷いて見せた。
「ん、大丈夫だよ」
「何、この信用のなさ」
 すぐさま異議申し立てをする凝部くんに一瞥やってから、私は陀宰くんへと視線を戻す。
「いろいろ言われたけど、本当に嫌なことはスルーできるから」
「ああ、それで正解だよ」
「はーぁ、キミたち寄ってたかってさぁ……」
 凝部くんがわざとらしく溜息を吐いた。
「何さ、僕がせっかくメイちゃんのこと待っててあげたっていうのに、この仕打ちってどうなの?」
「つーかそもそも、なんで待っててくれたんだ?」
「それはもちろん、名前ちゃんがいたから☆」
「そんなことだと思った……」
 そして陀宰くんは、「帰ろうか」と促すように言う。時計を確認すると、ちょうどいい頃合いだ。私が椅子から立ち上がると、凝部くんが目を細めてにやりと笑う。悪戯っ子みたいな笑顔からは「メイちゃんと下校できてよかったね?」という言葉が透けて見えた。私は口角を上げて笑顔をつくると、口パクで「お気遣いどうも」と返事をした。

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