君のために終わらない話
◆◆◆クリスマスが終われば、新学期になるまで特に誰と会うこともないだろう――と思っていた陀宰だったが、ヒヨリから「みんなで初詣とかどう?」と招集がかかり、急遽年明け早々に馴染みのメンバーと顔を合わせることとなった。
ここで言う『みんな』とは、異世界配信をともに乗り越えたメンバーを指す。従って今回、名前は不在だ。さすがにまだ名前と顔を合わせるのは気まずい。ヒヨリに『久し振りにみんなに会いたい』という以外の他意がないとは分かっていつつも、陀宰はほっと胸を撫でおろした。
人でごった返す神社でさっさと参詣を済ませると、ぞろぞろと近くの公園に場所を移した。暖冬だというのは嘘だったのかというほどの寒さだ。剥き出しの耳が、あまりの寒さに千切れそうなほど痛い。ヒヨリの顔も寒さで赤くなっており、そばにいる萬城がしきりと防寒をすすめている。
今日の参加メンバーはヒヨリに萬城、射落、明瀬、それに凝部と獲端と陀宰。ヒヨリの肩にはアステルも同伴している。残るふたりと未だ連絡をとれていないのは今更だ。
(苗字に言わせれば『界隈』のメンバーなわけだが)
ずいぶんと長閑な界隈だ。しみじみとそう思った。
移動した先の公園も、やはり芋洗い状態だった。神社内は数年前から屋台の出店が禁止になっており、それに伴い出店のたぐいはすべて、神社の隣の公園に移動している。
広い園内では初詣に託けて、年明け早々商売に精を出す屋台が軒を連ねている。それらをぶらぶら冷やかして、各々目ぼしい食べ物を買い込んだ。
「それにしても、獲端が来るとは思わなかった」
陀宰が隣を歩く獲端に声を掛ける。買ったばかりのイカ焼きを食んだ獲端は、「あ?」と不機嫌そうに応答した。
「別に。正月なんて用事もねーし」
「人混みとか嫌いだと思ってた」
「嫌いだよ。すげー嫌い」
だったらなんで来たんだよ、とは思うものの、それを言うと獲端は確実に拗ねる。それに人数が集まった方がヒヨリが喜ぶわけで、陀宰としても、獲端に対しては何の文句もなかった。
「獲端、ほかに何か食いたいものはあるか?」
「なんで」
「いや、そういやクリスマスのとき、美味いケーキ食わせてもらったなと思って。その礼に」
「別にいい。凝部からなら礼を言われるべきだと思ってるがな」
「なになにー、僕がなんだってー?」
少し離れた場所で明瀬と射落と話していた凝部が、首だけ巡らせ、陀宰たちに振り向き叫ぶ。冬のあわい日差しをきらきらと銀糸で反射させた凝部は、妙に見る者の胸がざわつく笑顔を振りまいている。
「あいつ、めちゃくちゃ地獄耳だな……」
「メイちゃんそれも聞こえてるから」
「凝部はもうちょっとどうにかなんねーのかって話だよ」
「ケイちゃんは三つ子の魂百までって言葉知らない?」
「百までそのままとか終わってんな」
言葉でじゃれ合う凝部と獲端を陀宰が横目に見ていると、びゅっとひときわ強い寒風が吹き抜けた。あちこちで寒い寒いと悲鳴が聞こえ、陀宰も首を縮こまらせる。
指先が冷たくかじかんでいた。空いた手を上着のポケットの中にもぐりこませると、ふと指先に何か固いものがこつんと当たる。何かと思って取り出してみれば、クリスマスの日に名前からもらった限定パッケージのガムだった。
(そういえばあの日は気が動転していて、帰ってから上着のポケットを確認することすら忘れてたんだっけ)
取り出したガムを束の間ぼんやりと陀宰は眺めた。けれど直後、明瀬に「はぐれるぞー!」と声を掛けられて、はっと我にかえる。ポケットにガムをそのまま戻してから、陀宰は先を歩く仲間たちのもとへ駆け寄った。
個人主義なメンバーが多いとはいえ、一時に七人も集まっているのだから、まぎれもなく大所帯の大集団だ。ヒヨリの肩にはアステルまで載っている。移動したり食事の場所を探すだけでも一大事。仮設の飲食スペースに空きを見つけると、どうにかそこに腰を落ち着けた。
陀宰が買ってきたばかりのたこ焼きをつまんでいると、はす向かいに座ったヒヨリと目が合った。にこりと可憐に微笑まれ、心がほっと優しく和む。寒さでかじかむ指先まで温かくなったようで、新年早々得をした気分になる。
(冬休み中に瀬名の顔が見られてよかった)
陀宰がひとりひっそり喜んでいると、ヒヨリの隣を断固として死守する萬城にじろりと睨まれた。せっかくの幸福がみるみる萎む。げんなりした気分になって、陀宰はヒヨリから視線を外す。
そうしてお腹も落ち着いてきた頃、陀宰はいつになく楽しげに辺りを眺めている凝部を捕まえて、こっそりと彼を人の輪の外に連れ出した。できれば人に聞かれたくない話――特に、ヒヨリには絶対に聞かせたくない話だ。
「凝部、なあ、ちょっと」
上着をつまんで軽く引くと、凝部はほとんど抵抗することなく陀宰についてきた。こういうとき、凝部の察しのよさには舌を巻くのと同時に、ありがたさも感じる。
しかしながら、そこは凝部だった。ずるずると引き摺られるようなふりを細かく挟みながら「やだもうメイちゃん乱暴ー」などと哀れっぽい声を出し、陀宰をうんざりさせる。
「声がでかい。騒ぐな」
「それもう完全に暴漢のセリフ。おまわりさーん」
「呼ぶな!」
こめかみをひくつかせながら、陀宰は凝部を引きずった。黙ってついてきてくれれば感謝もするのに、凝部はわざわざその感謝を自分で台無しにしていく。そういうところが、凝部の凝部たるゆえんでもある。
「なんだい、クラスメイト同士で仲良く密談かな?」
「俺らの前じゃ話せないことかよ?」
射落と明瀬が目ざとく言うが、特に咎めるわけでもなさそうだった。凝部と陀宰は同じクラスだということもあり、つるんでいてもほとんど不審がられることはない。ヒヨリはヒヨリでアステルの質問攻めに答えるのに忙しく、ほかの面々もだいたいは似たり寄ったりの反応だ。
(基本的に協調性の薄いメンバーだよな)
特に協調性があってまとめ役にもなっていた、年長のふたりを今は欠いていた。射落は基本的には悪ノリする側だ。遊びの場でまで無理にまとめようとはしない。集団としてのまとまりはほとんどないと言える。
これ幸いと、陀宰は凝部を人混みの外まで一気に連れ出した。
ヒヨリたちから十分に距離をとってから、ようやく陀宰は凝部の上着を離した。第一関門を突破したことで気が抜けて、はーっと長く息を吐き出す。それほど遠くまで歩いてきたわけではないが、屋台の列から遠ざかるように歩いてきたこともあり、人影はかなりまばらになっていた。
凝部は特段訝しがることもなく、いつも通りの食えない笑みを浮かべて陀宰を見ている。
「なーに、メイちゃん内緒の話? ヒヨリちゃんたちを避けるってことは、……ハッ、分かった猥談だ?」
「違う!」
「正月早々、メイちゃんはお盛んで、いや結構結構」
「だから違うっつーの!」
陀宰が声を荒げても、暖簾に腕押し糠に釘、凝部にはまったく堪えた様子が見当たらない。陀宰はがくりと肩を落とした。寒風が吹き抜けて、陀宰の心をまた挫く。
こういう飄然とした態度こそが、凝部流の駆け引きや処世術だとは知っている。それでも巻き込まれる側の疲労感は尋常ではない。真面目な話をしようとした自分が、だんだん馬鹿らしくなってくる。
(クリスマスの晩のこと、一応凝部には話しておこうかと思ったんだが……)
あくまで陀宰の推測だが、凝部はおそらく名前の気持ちを知っているのだろう。それも多分、それなりに深いところまで事情を理解している。そうでなければ納得のいかない言動も、凝部にはちらほらと見られた。
となれば、陀宰の方からも一言は凝部に話を通しておくのが筋。名前がいないこの場ならば、話をするのにもうってつけだ――と、陀宰は思っていたのだが。
「あ、待ってメイちゃんが言いたいこと、僕が当ててあげる。……うーん、分かった。名前ちゃんに告白された?」
「……お前、なんで分かるんだよ」
自分から話題を切り出す前に、あっさりと本題を言い当てられてしまう。陀宰が眉間をつまんで顔を俯けると、凝部は「えっ、うそマジで?」と軽い調子で驚きをあらわした。
「絶対それだけはないって思って言ったのに。だって名前ちゃん、あんなに頑固に告白しないって言ってたじゃん。あっ、もしかしてメイちゃん、昔のこと思い出した?」
「ちょっと待て。凝部、お前どこからどこまで知ってるんだ……!?」
『思い出す』というワードは、名前と陀宰の過去の話を知っていなければ出てこない。そのうえ名前の気持ちを知っているとなれば、過去に陀宰たちが交わし、そして今では反故になった約束についてまで知っているということだろうか。
顔色を悪くする陀宰に、凝部はてへっとお茶目に舌出しウィンクまでつけて、止めを刺した。
「うーん。多分、メイちゃんが知ってることは大体全部知ってる、かなっ☆」
「最悪……」
がっくりと項垂れた陀宰の肩を、凝部が「まあまあ、そう落ち込みなさんな」と気安くぽんぽん叩いた。そう言われたところで、陀宰を項垂れさせているのは他でもない凝部だ。
「ていうかそんなに落ち込むことかなぁ。メイちゃんの立場で知られて困ることなんて、そんなのほとんどないと思うんだけど」
「そんなわけあるかよ」
「だって全部過去の話じゃん。今現在の問題なんて名前ちゃんの気持ちくらいで、それだって言ってみれば名前ちゃんの問題というか、メイちゃんには何の責任も非もない話だし。名前ちゃんの心情を慮ってっていうなら話は別だけど、そもそも僕、その名前ちゃんから全部聞いてる立場だよ?」
「…………」
そう言われると、たしかにそれもそうかという気持ちになってくる。だが、だからといっていきなり割り切れる問題でもない。陀宰はそこまであけすけな性格にはなれない。
打ちひしがれる陀宰を放置して、凝部は手近な木の幹に背をあずけた。真冬とあって葉はすべて枯れ落ちてしまっているが、園内にはそれでもいたるところに木々や草花が植えられている。
そうしてリラックスした体勢をとった凝部は「でもすごいね、メイちゃん」と、唐突に陀宰に褒め言葉をかけた。意味が分からず、陀宰は顔を上げて首を捻る。
「すごいって、何が」
「だって名前ちゃん、さっきも言ったけど、メイちゃんに気持ちを打ち明けないって、かなりしっかり決意キメちゃってたんだよ。その名前ちゃんに告白させるなんて、並大抵の衝撃では無理。一体何を名前ちゃんに言ったの?」
凝部に聞かれ、陀宰は口ごもった。さすがにクリスマスの晩のやりとりを、何から何まで凝部に明かすつもりはない。とはいえ凝部は名前と陀宰の過去の話も知っているようだったし、名前からもかなり色々と聞いているのだと頻りににおわせてくる。
「今更隠し事しなくてもいいのに。メイちゃんが言わないなら、名前ちゃんから聞き出すだけだし。名前ちゃんは多分、ぺろっと話しちゃうだろうね。一番知られたくなかったところを、もう全部僕に知られちゃった後だから。あとはもう、何を話しても恥の上塗りにもなんないっていうか」
「……っ」
あの晩のことを名前の口から語りなおさせるのは、いくらなんでもさすがに酷だ。しかも相手は凝部。凝部は多分、名前相手にも容赦なく追求するだろう。自分の知りたいことは何が何でも暴きたい、凝部の強みはそこにある。
「どーすんの。話が終わりなら僕、もうヒヨリちゃんたちのとこ戻るけど」
「……分かった。話す」
「そういうことなら聞いてあげる」
結局、陀宰はあの晩のことをほとんどすべて、洗いざらいぶちまけた。そんなつもりはなかったのに、凝部の巧みな話術にすっかり乗せられて。
あまりにもすべてをぶちまけたために、話し終えるのに思った以上の時間がかかった。凝部は途中で自販機に飲み物を買いに行き、ヒヨリたちには所用でちょっと抜けるから、先に帰ってもらって構わないという連絡まで入れた。
買ったばかりのホットカフェオレの缶を、手のひらで転がしながら聞いていた凝部は、一通りの事情を聞き終えると「なるほどねぇ」とやけにしみじみした調子で呟いた。
「ていうか名前ちゃん、よっぽどメイちゃんのことが好きだったんだねー」
「…………」
「ていうか名前ちゃん、よっぽどメイちゃんのことが好きだったんだねー」
「二回言われなくても聞こえてるし知ってる!」
陀宰の咆哮を、凝部がくっくっくと笑って退ける。
「で? そんな健気で一途な名前ちゃんの告白を? メイちゃんは冷淡に切り捨て、フっちゃったわけだ? 十年来の名前ちゃんの思い出を……」
「なんで傷口抉るような言い方をする」
「あれ、メイちゃんに傷口なんかあるの? 傷口があるなら、それは名前ちゃんの方じゃないの?」
痛いところを鋭く突かれ、陀宰はぐっと押し黙った。凝部は飄飄として気にした様子もなく、「ま、僕には関係ないことだけどねー」と平然と嘯く。
そして落ちる、互いに腹の内を探り合うような沈黙。凝部はやはり平然としてカフェオレを飲んでいた。陀宰だけが、ただただ気まずい気持ちにさせられている。
(だが、凝部は間違ったことは言ってない)
だからこそ、返事のしようがなかった。名前からの告白を受け、陀宰は困惑したし驚きもしたが、傷ついたりはしていない。傷口などと言ったのは完全に失言で、もしもこの場に名前がいたのなら、さぞや彼女を傷つけていたことだろう。
凝部は情に薄いところがあるが、だからといって情を理解していないわけではない。むしろ理解しているからこそ、意図的に酷薄にもなれるのだ。
そして陀宰の見立てが正しければ、凝部は彼にしては意外なほど――それこそ凝部本人も自覚していないかもしれないくらい、名前を気にかけ、肩入れしている。
今更ながらに、凝部がいてよかったと思った。この話に限っては、名前はヒヨリには相談できないはずだ。だから凝部がいてくれて、名前の感情を適度に聞き流す人間がいてよかった。
(まあ、俺が言えることじゃないんだろうが……)
と、陀宰が自分の思考に自嘲ぎみな気分に陥ったところで。
「メイちゃん」
凝部がふいに陀宰を呼ぶ。ぼんやりと遠景に投げていた視線を凝部に向けた陀宰は、凝部のその顔つきにはっとした。凝部の顔にはおよそ普段の彼らしくもない、真面目な表情が貼り付いている。
視線は合わない。凝部が意図的に、陀宰から目を逸らしていた。
「俺はメイちゃんの覚悟も諦めの悪さも、向こうの世界で全部見てきたからさ。そういう意味では、なんだかんだいっても心の底から名前ちゃんの味方にはなれないんだよね。メイちゃんに幸せになってほしいかもーなんて、俺らしくないことを考えてるのも本当だし」
「凝部……」
そこで凝部が、ゆるりと陀宰に視線を向ける。そして凝部はおもむろに、にやりと人の悪そうな笑顔をつくり言った。
「あと、ぶっちゃけ誰が誰を選ぼうがどうでもよくない? っていうのもある。高校生で付き合っただのなんだの言ったって、別に結婚の約束するわけでもあるまいし。呆気なく別れる可能性ぜんぜんあるよね」
「台無しにしやがって」
真剣になって損した、と溜息を吐く陀宰に、凝部はわざとらしくあっはっはと笑う。ばしばしと陀宰の背を叩く腕は男子にしては細っこく、叩かれたところでちっとも痛くない。激励したりからかっているというよりは、背中を押されている。そんな感じだった。
「ま、いいんじゃない? メイちゃんだって指名されるのを待ってるだけじゃ退屈でしょ。たまには選ぶ側に回ってみれば?」
あまりにも無責任なアドバイスだ。けれど名前とのことでずっと気を張っていた陀宰には、その気楽さ心地よく、そして何よりありがたいものだった。
「異世界配信の最後の一回、俺は選ぶ側だったけどな」
「そういえばそうでした」