きっと燃えになるまでには

 会話が途切れ、気まずい空気が流れ出す。時間を置いたことで少し冷静になったのか、陀宰くんは私の目の前で、みるみる表情を暗くした。もともと険しい表情をしてはいたのだが、そこから険は徐々にとれ、かわりに羞恥と申し訳なさゆえか、顔色を赤くしたり蒼くしたりとひとりで忙しなくしている。
「ご、ごめん。急に……」
 しばしののち、陀宰くんが悄然しょうぜんと言った。がくりと項垂うなだれた姿は、見ているこちらの方が申し訳なくなるほどの落ち込み具合だ。思わず手を差し伸べてあげたくなる。
「ううん、それはいいんだけど」
「俺のこと、やばいやつだと思った、よな……?」
「はい」
「即答……。いや、本当ごめん……」
 いっそう肩を落とす陀宰くん。もはや撫で肩の極みのようになっていた。
 やばいやつ、というよりは、はっきり言って意味が分からなかった。陀宰くんの中では正しく連想し、つながっている話だったのだろうと思うのだが、あいにくと私は陀宰くんと同じ文脈を共有していない。
 ただ、陀宰くんが私の諦念に自分を重ねているのだろうということだけは、なんとなくだが理解した。
 私の見る限り、陀宰くんがヒヨリちゃんのことを諦めている素振りはまるでない。だから一体どういう状況で陀宰くんが諦念を抱いたのかは分からない。しかし私の諦念が陀宰くんの中の何かに触れ、先ほどの反応を誘発したことはたしかだろう。
 いずれにせよ、普段の陀宰くんらしからぬ行動だったことは間違いない。
「なんか、陀宰くんでも訳わかんなくなっちゃうことあるんだなと思った」
 慰めるつもりで伝えたが、いまひとつ慰めの効果はなかったようだった。
「訳わかんなくなってそうに見えてたのか、俺……」
「訳わかっててアレだったらかなりやばいよ」
 私が言うと、陀宰くんがかぁっと顔を赤らめた。可愛らしい反応だと思う。こんな状況でなければ、微笑ましさに胸をときめかせていたに違いない。
 陀宰くんはテーブルの上で指を組み、深く重たい溜息を吐いた。
「冷静になってみると、俺、かなり恥ずかしいやつだ……」
「え、気付くの遅くない……?」
「おい」
 陀宰くんが、むすっと私を睨みつける。私は笑って、その視線を躱した。
「冗談だよ。でも、さっきの陀宰くんはかなり熱かったね」
「言うな、恥ずかしくなる」
「もう恥ずかしがってるじゃん」
「そうだけど」
 恥ずかしがるくらいなら言わなければいいのに、と思う。けれどさっきのは多分、自制しようと思ってできるたぐいの感情の発露ではなかったのだろう。そういう状況は、私にも分からないわけではない。
 そう思うと、さっきの陀宰くんの熱い言葉の数々は、正確には私に向けられたものではないのだろう。陀宰くんが私に重ねていた、過去の陀宰くん自身への言葉。それをたまたま私が引き摺りだし、聞いてしまったという感じか。
(それにしても、切羽詰まってると言うか、かなり勢いがある台詞だった……)
 陀宰くんの先ほどの言いぐさを思い出し、私はくっくと思い出し笑いをした。陀宰くんが、不満げに私をじとりとめつける。その視線のじっとり具合がまた面白くて、私はいよいよ笑いを堪えることができなくなった。
「おい、苗字、笑いすぎ」
「だ、だってなんかもう、陀宰くんめちゃくちゃだし」
「めちゃくちゃって」
「めちゃくちゃだよ」
 店内に客が少なくてよかった。深刻になったり昂ったり、かと思えばこうして転げそうなほど笑ってみたり、私と陀宰くんは傍から見たらどう考えても情緒不安定だ。
 目尻に滲んだ涙を指先で拭い、私ははぁ、と息を吐いて呼吸を落ち着ける。笑いで未だ肩を震わせながら、私は陀宰くんに視線を戻した。
「陀宰くんのさ、その自信って、なんなんだろうね」
「自信? 自信なんか、俺には全然ないんだが」
「ううん、そんなことないでしょ。だって陀宰くんのさっきの『それでいいわけない』って言い分はさ、それってつまり、私がずっと、今も陀宰くんのことを好きでいるはずで、好きでいなきゃおかしくて、諦めていいわけがないってことじゃないの? 好きでいるのをやめていいわけないって……、ふふっ、ものすごい主張だよ」
 分かってる? と笑いながら尋ねると、陀宰くんは目元をうっすらと赤くした。
「あ、いや……」
「陀宰くん、結構、いやかなり、めちゃくちゃなこと言ってるんだけど。自分で自覚なかったの?」
 責め立てるつもりはなかった。しかし陀宰くんの立場からすれば、耳の痛い話だろう。陀宰くんは気まずげに口の中でもごもごと何か呟いたあと、首に手をあて、目礼するように視線を下げた。
「悪い、さっきはなんていうか……、勝手なこと言った」
「勝手っていうか、横暴だね、ふふっ」
「返す言葉もない……」
 どうやら反省しているらしい。落ち込む陀宰くんの姿は、叱られた犬のように頼りなかった。陀宰くんはかなり無類の猫好きだけれど、どちらかといえば彼は犬に似ているのではないかと私は思う。
 マグカップの持ち手に手をかける。カップの底を覗き込み、そういえばさっき、勢いで全部飲み干したのだと思い出した。今更水をもらいに立つ気も起きない。私はくちびるを舌でちょっと舐めた。
「いいよ、陀宰くんの言い分はかなりめちゃくちゃだったけど、でも、間違ってるわけではなかったし。何より陀宰くん面白かったし」
「茶化すなよ……」
「茶化してないよ。新しい陀宰くんだなって感動したの」
 新発見の気分だよ、と私が言うと、陀宰くんは微妙そうな顔をした。きっと今の私の言葉の裏側を、いろいろ考えていることだろう。そういうところが陀宰くんは繊細で、優しい。何気なく発した言葉の裏側まで、きちんと意味を探ろうとする。
 空っぽになったマグカップを手の中でもてあそぶ。陀宰くんの丁寧さを前にして、今の私の正直な思いを打ち明けるべきか、打ち明けないべきか、今一度私は自分に問う。
 束の間頭を悩ませて、けれど結局、私は打ち明けることにした。
「あのね、さっきの話だけど」
 そう前置きをすると、陀宰くんが露骨に顔をこわばらせる。苦笑しそうになりながら、私はかまわず言葉を続けた。
「陀宰くんの言うとおりなんだよ。本当は私、まだ全然陀宰くんのこと諦められてないし、諦めたくなんかない。いろいろ言ったけど、全部本当は口だけ。かっこいいふりしたかったというか、物わかりいいふりしてるだけというか。……好きな人には見栄を張りたいものだから」
 『好き』の言葉を口にしたとき、そこだけ不自然に声が震えた。きっと陀宰くんも気が付いているだろう。けれど声に滲んだ不安には見て見ぬふりをして、私は「陀宰くん」と彼に向かって呼びかけた。
「陀宰くん、私は陀宰くんのことが好き。昔からずっと。今もまだ」
 そして本当は、今の方が昔よりも、もっと、ずっと。
 陀宰くんに最初の告白をしたあのとき、私は恋愛感情というものがどういうものなのか、気持ちの中身をまるきり分かっていなかった。今だって、完全に分かったとは言い切れない。私が人生で好きになったのは陀宰メイくんただひとり。その一人への思いだけを引き合いにだして、恋愛感情すべてを知ったようなことは言えない。
 けれど今の私は少なくとも、人ひとりを好きになった分くらいは、恋愛感情というものに覚えがある。恋愛感情がどういうものかも知らなかった私に、つらくて切なくて寂しくて、それでもまだ思いを捨てられなくて、焦がれて悶えて苦しむしかない、そんな気持ちを教えたのは陀宰くんだ。
 おとぎ話や恋愛ドラマみたいな、甘くて優しくて、ふわふわしていて幸福な恋愛も、まるきり知らないというわけではない。陀宰くんの声を聞くたび、笑いかけてもらうたび、私の心に幸福は満ちるのだから。それだって、紛うことなく恋心のはず。
 けれどその幸福は、必ず苦しさを伴っている。幸福が幸福なだけで終われたことなど、一度だってありはしなかった。私が陀宰くんから教わり、育て上げた『恋愛感情』は、苛烈で苦しいばかりのものだ。
 それでも私は、陀宰くんのことを好きでいることをやめられない。自分の意志だけではどうにもできない。
 相手が陀宰くんだから――私の『恋愛感情』を捧げた相手が陀宰くんだから、私は陀宰くんにだけ、執念深くてしつこい女になってしまう。
「だけど、陀宰くんは――」
 視線を上げると陀宰くんと視線が絡む。真剣そのものの表情を向けられて、心が歓喜に打ち震える。
 惜しむらくは、私にこの先を望む権利がないことだけ。
「陀宰くんは、ほかに大切な女の子を、見つけたんだね」
「苗字、」
「ヒヨリちゃんのことが好きなんでしょ?」
 笑いながら尋ねると、陀宰くんはこの期におよんで視線を彷徨さまよわせた。
 分かっている。これは私のことを傷つけまいと、最善の返答を模索しているのだろう。そんなことをしたところで、あるいはしなかったところで、別に私はこれ以上傷ついたりはしないのに。
「別に今更、隠さなくたっていいよ。見てたら分かるし、ずっと知ってるし」
 それこそ、陀宰くんとこうして話すようになるより前から、とっくに彼の気持ちには気がついていた。私がいうのもなんだが、陀宰くんはこれでなかなか顔に感情が出るタイプというか、はっきり言って分かりやすい。
「というか陀宰くん、自分はヒヨリちゃんのことが好きなのに、私に『諦めるな』なんて、そんなことを言ってていいの? 好きでもない人間からの好意なんて、ましてそれなりに近くにいる友人からの好意なんて、持て余して、扱いあぐねる腫れ物で、厄介で困るだけのものなんじゃないの? 『諦めるな』って陀宰くんは言うけれど、じゃあ陀宰くんは、諦めなかった先に、私の気持ちを無下にしないでいてくれるの?」
「それは……」
「意地悪いこと言ってるって、自分でもそう思うけど。でも、あんまり軽はずみに言わない方がいいよ。そういう、相手に期待を持たせるようなことは」
 ぐっと陀宰くんが言葉に詰まった。
 これを好機と、私はさらに畳みかける。
「私だってそんなの、諦めたくないよ。当たり前じゃん。今も、できることなら、この先も、諦めずにずっと好きでいたい。好きでいて、好きになってもらえるかもって思っていたい。だけど陀宰くん、諦めないってことは、諦めないでいるってことは、ずっと苦しいままでいるってことだよ。今だって、諦めなきゃいけないって分かってるのに諦められないから、……だから、ずっと苦しい」
 別に誰から諦めろと言われたわけでもない。けれど、諦めなければ陀宰くんに迷惑がかかる。だから私は必死になって、自分の気持ちを捨ててしまおうとしている。
 もしも高校ではじめて陀宰くんに出会っていたのなら、私はこの気持ちを諦めなかっただろうか。難しいと分かっていても、好きになってもらおうとしただろうか。
 でも、現実はそうじゃない。ヒヨリちゃんより先に、私は陀宰くんと出会うことができたのに、それでも結局ダメだった。アドバンテージがあればあるだけ、負けたときに受ける罰は重い。
「私は陀宰くんを困らせたくない。これ以上、自分が苦しい思いもしたくない。そう思うのはだめなこと? 私が陀宰くんを好きでい続けることで、陀宰くんが喜んでくれるとか、笑ってくれるなら、それなら多少苦しかろうとも、私はいつまでだって諦めないでいてもいいけど。でも陀宰くんは、返せもしない好意を無責任に喜べるタイプじゃないでしょ」
 良くも悪くも不器用で、誠実な人だ。他人に気持ちを向けられ、そのことを無邪気に喜んでいられるだけの鈍感さを、おそらく陀宰くんは持ち合わせてはいないだろう。
 そういう陀宰くんだから私は好きになったのだし、そういう陀宰くんだからこそ、これ以上好きではいられない。
「ひどい言い方してごめんね。だから陀宰くんには、何も思い出さないで、知らないでいてほしかったんだ」
 長々とした話をようやくどうにか締めくくり、私ははぁっと息を吐き出した。クリスマスだというのに、どうしてこんな話をしているのだろう。冷静になると、自分の置かれた状況に笑いたいような泣きたいような、よく分からない気分になってくる。
 陀宰くんは神妙な表情で、私の一言一句を聞き逃さぬよう受け止めてくれていた。途中途中でもの言いたげにはしていたが、ほとんど口を挟みもしなかった。そのことに、胸がずんと重くなる。
 陀宰くんにはおそらく、私に返せる言葉などなかったのだろう。なぜなら私の言葉の正さは、他でもない陀宰くんが一番よく知っている。
 陀宰くんがヒヨリちゃんのことを好きだということ、ヒヨリちゃんを好きだから私を好きになったりはしないこと。忘れてしまった約束を、この先もおそらく思い出すことはないこと。全部ぜんぶ、私よりも陀宰くんの方がよく分かっているはずだ。
 口を閉じると、店内に流れるBGMが耳につく。馴染みのクリスマスソングはとっくに終わり、今は聞き馴染みのないゆるやかな曲調の音楽が流れている。どこか物悲しい調べは、そろそろ閉店時間が近づいていることを暗に示しているのかもしれなかった。
 と、陀宰くんが舌でくちびるを湿らせる。
「俺が苗字に諦めてほしくないのは、多分、俺が諦めたくないからで。俺がずっと、諦めるなって、そう言われたかったからだよ」
「……そうなの? というかそれ、どういう状況の話なの?」
「よく分かんないよな。でも、そうなんだよ」
 陀宰くんが苦笑する。理解を求めているわけではなさそうで、それならばと私は深く追求することをやめた。
 陀宰くんは、説明を足すこともせず続けた。
「俺は諦めたくなかったし、諦めてほしくもなかった」
 同じ言葉の繰り返し。それは聞いているこちらの方が、切なくなって泣きたくなるような、抑制されすぎた声音だった。
 諦めない、諦めたくない。陀宰くんはそう訴える。
 けれどそれでは、陀宰くんは一体何にそこまで追い詰められ、何を諦めようと、諦めさせられようとしていたのだろう。諦めたくないと強く願ってしまうほど、どれほどの絶望を見つめてきたのだろう。
「……瀬名は、俺の恩人で、いいやつで……。苗字が言うとおり、俺は瀬名のことが、……好きで。離れても、あいつに忘れられてしまっても、俺は忘れられなくて。諦め、きれなくて……」
「うん」
「あいつは俺のこと、何とも思ってないんだろうけど……。でも、俺は瀬名に救われたし、あいつのためなら多分なんだってできるし、……瀬名のことが、好きなんだ」
「……その気持ちなら、私にも分かるよ」
 痛いほどに、よく分かる。泣きたくなるくらい、私は陀宰くんの言うその気持ちのことを、よく知っている。
 そして泣けなくなるくらい、泣いてもどうにもならないくらい、その気持ちが揺るぎ無くどうしようもないものだということも。
「なんか陀宰くん、変わったね」
「そうか? いや、でもそれ比較してるの幼稚園児の頃だろ?」
「うん。幼稚園児の頃に比べて変わった」
「そりゃあ変わっててもらわんと困る」
「すっごくかっこいいよ」
 あの頃もかっこよかったけれど、今の陀宰くんの方がずっとかっこいい。
 私の言葉に陀宰くんは気恥ずかしげにうなじを指でかき、素直にありがとう、と微笑んだ。

 それほど長居しないつもりで入ったコーヒーショップに、結局私たちは閉店までしっかり居座ってしまった。失恋したばかりの私と、失恋させたばかりの陀宰くん。こんなふたりで一体何を話すことがあるのかとも思うものの、案外話題は尽きることなく、私たちはそれぞれコーヒーを一杯ずつ追加で注文してまで話をした。
 昔の話は、ほとんどしなかった。そこに触れるにはまだお互い覚悟が足りていないと、陀宰くんも私も気付いていた。昔の話に触れれば私の真新しい失恋の傷をうっかり抉りかねないし、陀宰くんは陀宰くんで、何も覚えていないことへの罪悪感をあおられるだけだ。
 横断歩道の白線を踏みつけて、道路の向こうのバス停へ向かう。途中、ぼんやりと考え事をするように夜景を眺めていた陀宰くんのコートの袖を、私はつと引っ張った。
「陀宰くん」
「なに?」
「陀宰くんに言われたこと、もう少し考えてみるね」
「俺が言ったこと……。今日俺が言ったことの中に、苗字が考えなきゃいけないような話、あったっけ」
 照れと後悔が一周回って、悲しくなるような自嘲を始めてしまった陀宰くんに、私ははは、と乾いた笑いを漏らす。たしかに時間を置くほど、陀宰くんとしては自分のセリフが気恥ずかしくなるだろう。それは私も同じことだ。
 そもそもシラフであんな話をしていたなんて、思い返せば返すほどとんでもないことだ。一秒過去はすでに黒歴史とでもいうべきか。
 それでも、互いに半ば正気を失っていたからこそできた話ではある。そして恥ずかしい台詞の数々を含んでいたとはいえ、そこに示唆があったこともまた、同様にたしかなのだった。
「今までも考える時間だけはたくさんあったような気がしていたけど、もしかしたら私はまだ、全然考えが足りていないのかもしれないなって、さっきの話をして思ったよ」
 何せ、十年もあったのだ。再会してからの年月だけ数えても、早いものでもうじき二年になる。考える時間、自分ひとりで抱え込んで思考をこねくり回す時間だけは、有り余るほどにあった。
「今までもいろいろ考えて、自分なりに答えを出して納得してたつもりだったんだけど。でも、あんなめちゃくちゃなこと、めちゃくちゃなのに強く言い切られちゃうとね。さすがに自分の考えもぐらぐら揺らぐっていうか」
 陀宰くんが複雑そうな顔をする。事もあろうに、自分に見込みのない片思いをしている相手に「諦めるな」などと言ってしまった人間の顔として、これ以上なく相応しい表情といえよう。
 私は笑いを噛み殺し、「目から鱗だったよ」と言った。
「たしかに私は『賭け』に負けたけど。でも、諦めなくてもいいのなら、諦めたりしたくないなって、陀宰くんの話を聞いて思った。陀宰くんのこと好きでいたいし、好きになってほしいし」
 我ながらさっぱりした声というか、憑き物が落ちたような声だった。そのためか、陀宰くんが途端に「えっ」と慌てたように声を漏らす。
「俺は、」
「あ、待って待って、陀宰くん。今のは告白とかじゃないし、ノーカンでいい。だからこの場で断ったりしないで。さすがに一日二回フラれたら、ちょっと心折れるし。自分で立ちなおらせて延命させた恋心を、その場で殺そうとしないで。殺すために生かすみたいな、狂気の殺人鬼みたいになってるよ、陀宰くん」
 笑いながら制止すると、陀宰くんが石を呑み込んだような顔をした。彼はしばらく困惑を示すように黙りこんだのち、「……ごめん」と小さく謝罪を口にする。私はまた苦笑した。
「謝られても困るけど。まあね、今日はクリスマスだし。手心とかね、ちょっとくらい考えてね」
 冗談めかしておいたところで、バス停に到着した。時刻表を見ると、私の乗るバスも陀宰くんの乗るバスも、それほど待たずに到着しそうだ。そう思っている間に、バスのヘッドライトがスピードを落としてバス停に近づいてくる。
「とりあえず、覚えててもらえるのを信じるだけ、っていうのは、もうやめた。なんか結局、祈ったところで無駄だったみたいだし」
「身もふたもない言い方を」
 陀宰くんの呆れ声に、私はにやりと笑って見せた。
「信仰が人を救うばかりではないということだね」
「大袈裟だ」
 目を合わせて笑い合って、それから手を振りバスに乗り込んだ。座席に座って窓の外を見ると、陀宰くんも窓越しにこちらを見上げていた。ひらひらと手を振ると、手を振り返される。バスが発進するまでそうして手を振り合って、私たちは別れた。
(まあ、結構頑張った方だよね)
 頬があたたかく濡れる感覚もそのままに、私は窓の外に視線を投げかけ続ける。外の闇を黒く塗り込めたようなバスの窓ガラスには、情けない顔をした自分の顔がはっきりと写っていた。

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