ひとりひとりの遣い

 クリスマス当日。今年は滅多にないほどの暖冬らしく、ホワイトクリスマスなど望むべくもないという。とはいえクリスマスにロマンチックな予定があるわけでもない私にとっては、せいぜいが雪で交通機関が麻痺しなくてよかったな、と思う程度だ。
 バイトを終えて着替えを済ませ、さて家にでも帰るかとバイト先を出たところで、バングルが珍しく、メッセージではなく音声通話リクエストを表示した。

『いやー、ごめんね? 冗談半分でケイちゃんにリクエストしたクリスマスケーキを、まさかまさかで本当にケイちゃんが作ってきてくれちゃって』
 バングルの内臓スピーカーから聞えてくる凝部くんの声。終業式ぶりだから、それほど久し振りでもないのだが、スピーカーを通して聞いているためか、私の知る凝部くんの声とは印象が微妙にずれている。
 凝部くんの背後では『お前がクリスマスなのにケーキを一緒に食べる相手も、食べるケーキもないとかこれみよがしに言ってきたんだろうが!』という、聞き覚えのない声の、おそらくは正当であろう文句が響いている。
『あーもー、ケイちゃんうるさーい。とにかくそういうわけだから。今ケーキを食べるのに付き合ってくれそうな相手に、片っ端から電話かけてるんだけど、名前ちゃんもバイト終わったなら一緒にどう?』
「なるほど、それが本題」
『そゆこと』
 そもそも、一体どうして凝部くんが私のバイトの終了時刻を把握しているのか、まったくもって不可解だ。だが、凝部くんならばそういうこともあるのだろう。私は勝手に納得した。
 凝部くんの背後に聞こえる聞き覚えのない声の主が、噂に聞いたケイちゃんとやらか。何やら猛然と怒り狂っているが、凝部くんはどうやら受け流しているらしい。凝部くん相手にこうも真剣に怒り続けられるとは、かなり真面目な性格の男子なのだと推察する。
『名前ちゃん甘いもの好きだよね?』
「好きだけど」
 道のわきに避けて足を止めると、ふむ、と私は思案した。
「……ちなみに聞くけど、私は電話、何番目なの?」
『七番目☆』
「ななばん……」
 がくりと脱力した。思っていたより、かなり優先順位が低い。大体、凝部くんに私より先に思いつく友人が六人もいただなんて信じられない、驚きだ。いや、ケイちゃんとやらと私の面識がないこと、彼が女嫌いだという情報を踏まえれば、この優先順位はさもありなんというべきなのか。
 気を取り直し、私はさらに質問する。
「それで、実際に参加してる人数は?」
『僕とメイちゃんと、今にも帰りたそうなケイちゃんと、名前ちゃんで四人だよ』
 六人のうち陀宰くん以外の五人に振られ、私にお鉢がまわってきたということか。
 ヒヨリちゃんは、と聞こうとして、そういえば彼女は萬城くんちと合同のクリスマスパーティーをするのだと思い出す。クリスマス当日にいきなり招集をかけられても、案外みんな捕まらないものなのかもしれない。自分のことを棚に上げ、そんなことを考える。
「行くのはかまわないんだけど、私、ケイちゃんと面識ないよ」
『あー、それ? 大丈夫大丈夫。話しかけなければ噛みついてこないから』
「ケイちゃんは猛獣か何かなの?」
『当たらずも遠からずってとこ。触らぬケイちゃんに暴言なしだから、お互いシカトし合っといてくれればいいよ』
「そんなむちゃくちゃな……」
 そう言いつつも、話をしなくていいというのであれば、それはそれで気楽かもしれないと思う。少なくとも陀宰くんと凝部くんをあいだに挟むのだから、サシで会話をしなければならないということもない。
(うーん、どうしよっかな)
 寒さに首を縮こませながら、私は行くべきか断るべきか、真剣に悩み始めた。
 普通に考えれば、行かない。バイトが終わって疲れているし、ケイちゃんとやらと知り合いたいわけでもない。知らない男子のつくったケーキも、別に食べたいわけではない。
 それに凝部くんの家にいけば、陀宰くんとも顔を合わせることになる。陀宰くんとはあの日以来うっすらと気まずく、その気まずさを拭うことなく冬休みに突入してしまった。新学期までにはどうにか気持ちを切り替えようと思っているけれど、今はまだ、陀宰くんと顔を合わせて心乱されない自信がない。
 ただ、凝部くんには先日、話を聞いてもらった恩がある。恩はそのまま借りと言い換えてもいい。いつまでも借りを残しておくのはすっきりしない。今年のうちに返せる借りは返しておきたい気持ちもあった。
「……分かった。行くよ」
 沈思ののち、私はそう答えた。すると凝部くんがスピーカーの向こうから『え、いいの?』と意外そうなリアクションを返してくる。
「なんで?」
『だって、男三人に女の子ひとりだよ?』
「え、今更? うちふたりが陀宰くんと凝部くんで、残るひとりとは話さないようにしなきゃいけないくらい女嫌いなんでしょ? じゃあ大丈夫なんじゃない? 行かなくていいなら帰るけど」
『いやいやいや、ようこそいらっしゃいませー』
 調子のいい凝部くんだ。私は溜息を吐いた。そうこうしている間に、バングルがメッセージを受信する。確認すると本文はなく、住所だけが記されていた。
『それ、うちの住所。迷ったら辺りで一番高いマンション目指せば大丈夫』
 屈託なく言われ、ついつい乾いた笑いが漏れた。殿上人の発言だ。
『名前ちゃんのバイト先からなら、三十分もあれば着くかな』
「そうっぽい。なんか行きがけに買ってくものある?」
『あー、ちょっと待って』
 凝部くんが買ってきてほしいものあるー? と誰かに問いかけている声がする。数拍のあと、返事があった。
『何か飲み物お願いしまーす。チョイスは名前ちゃんに任せるよ』
「了解。嫌いなものある?」
『人参だって』
「飲み物の好みの話をしてるんだよ」
 答えたのはたぶん、陀宰くんだな。そう思うとおかしくなってしまう。バングルでの通話をオフにすると、私はひとり笑いを噛み殺しながら、飲み物を調達すべくコンビニへと向かった。

 ◇◇◇

 買い出しを済ませ、私はマップのナビゲーションシステムに従って、凝部くんの家へと向かった。バスの時間がちょうどよかったこともあり、凝部くんとの通話からニ十分かからず現地に到着する。
 エントランスで開錠してもらい、エレベーターに乗り込む。目的階にしか止まらないエレベーターは、さすがに高級マンションという豪奢なつくりと内装だ。鏡張りになった壁面でそれとなく身支度を整えながら、こんなことになるのなら、もう少し可愛い恰好をしてくればよかったと思った。
「バイトおつかれー。いらっしゃい」
 ドアを開けた凝部くんは、特段いたわるつもりもなさそうな声で私をねぎらい、私を家の中へと招き入れた。
「あ、靴は脱ぐんだ。豪華マンションだから室内も土足なのかと思ってた」
「室内ははだしのが気持ちよくない?」
「そういう感覚的な話なんだ」
 玄関には目を引くビビットピンクのスニーカーの横に、センスのいい革靴と、見覚えのあるスニーカーがきちんと並んでいる。
「ケイちゃんとメイちゃんならもう来てるよ」
 私の視線の先を見下ろして、凝部くんが言った。私は靴を脱ぎ、そういえば、と手に提げていたコンビニ袋を凝部くんに手渡した。
「これ、飲み物。クリスマスだからシャンメリーと、あとお茶も買ってきたけど」
「シャンメリーって。もしかして思いのほかクリスマスに乗り気のかた?」
「だってケーキ食べるんでしょ? あと、はい。これはついでに買ったプレゼント」
 コンビニ袋に手をつっこんで、むんずとそれを掴み取る。手にしたもののうちひとつを、凝部くんに渡した。
「何?」
「ガム」
 私の返答に、凝部くんは「えー……」と残念そうな声をあげる。
「クリスマスにガムって。どういうチョイスなの」
「消え物で困らないかなと思って」
「それはそうだけど」
「陀宰くんとケイちゃん? にも買ってきたけど。ていうかケイちゃんの本名何だっけ」
「獲端ケイトくんだよ。花も恥じらう十七歳」
「獲端くんね。覚えた」
 事前に聞いていた情報では、獲端くんはどう考えてもフレンドリーなタイプではない。あだ名で呼ぼうものなら、その場で切って捨てられかねない。
 ともあれ、私はお呼ばれした側、ゲスト、客人だ。最悪、トラブルが起こればホストの凝部くんに全部どうにかしてもらおう。そんな無責任なことを考えつつ、私は凝部くんのあとについて部屋のなかに上がった。

 凝部くんが開けてくれたドアから中に入ると、ドアの向こうは広々としたリビングダイニングだった。部屋の内装も調度品も豪華そのものだが、凝部くんの印象とはややちぐはぐな感じだ。親御さんの趣味なのだろう。
 全体的に生活感は薄い。家族の私生活が透けて見えるものは、何も置かれていなかった。そのわりに乱雑な印象を与える――そんな部屋だ。
「お邪魔しまーす」
 室内に視線を走らせながら言う。ダイニングテーブルには陀宰くんと、見たことがあるような無いような、茶髪に眼鏡の仏頂面の男子が向かい合ってついていた。
 陀宰くんは「よう」と返事を返してくれるが、獲端くんは入室してきた私と目を合わせようともしない。これは凝部くんの言う通り、お互いシカトし合う感じになりそうだ。
「そのへん適当に上着とか荷物とか置いていいから。ハンガーとラックもご自由に」
 言われるままに従っていると、ふと背後に視線を感じる。獲端くんは私を無き者として扱っているから、この視線はおそらく陀宰くんだろう。
 ここに来るまでの道中、陀宰くんへの第一声は決めてきた。ごほん、と小さく咳払いをして、私は陀宰くんの方へと振り向いた。
「陀宰くんも大変だね、おつかれさま」
「ああ、うん。……そっちもおつかれ。バイトだったんだろ」
「うん。急に着信あって呼ばれたから、何かと思ってびっくりしたよ」
「俺もだよ。凝部から急にメッセージ来て、緊急事態だから今すぐ来いって呼びつけられた。俺は家にいたから、まだよかったけど」
「でも事情も聞かされずなら、それは災難だったね。私には一応事情の説明があったよ」
「さすがに女子相手だから、そこまでの無茶は凝部でもしないんじゃないか?」
「凝部『でも』って何よ、僕はいつでもジェントルメンなんですけど」
 私と陀宰くんの会話に割り込む凝部くん。
「ジェントルメン、手洗いたいんだけど洗面所借りていい?」
「あー、いいよ。出てすぐ右ね」
 はーい、と軽く返事をして、私はリビングを離脱する。後ろ手でドアを閉めた瞬間、はあぁ、と長い溜息が口から勝手にこぼれ出た。
(よかった、全然いつも通りにできた)
 緊張が肩から抜けるのが自分で分かった。バスの中でも歩きながらも、何度も何度も陀宰くんとの会話のシミュレーションはした。それがすんなりとうまくいって、ほっとした。
(まあ、大丈夫か。というか陀宰くんとの気まずいこととか恥ずかしいこととか、全部なかったことにするのはこれで二回目だし)
 自嘲めいたことを考えて、洗面所で手を洗い流した。水を吐き出す金色の蛇口が、高い天井の照明をやたらときらきらしく反射していた。

 リビングに戻ると、さっきまで何も置かれていなかったテーブルの上に、コップと取り皿とカトラリー、それに立派すぎるほど立派な、市販品のようなクリスマスケーキがでん、とお出ましになっていた。
 なんと豪華な二段ケーキ。側面を生クリームのデコレーションが華やかに飾りつけ、トップにはフルーツが美しい断面をあらわに彩っている。可愛らしいサンタクロースの砂糖人形まで載っているのだが、これは凝部くんのリクエストを受け、獲端くんがわざわざ買い求めたものなんだろうか。
 想像していたより十倍くらい、しっかりしたクリスマスケーキだった。思わず顔を近づけ、まじまじと見てしまう。
「めちゃくちゃすっごい。売り物みたい……。これ手作りなんですよね?」
 私が尋ねると、獲端くんは不機嫌そうに私を睨む。それでも質問にはちゃんと答えてくれるようで、
「……凝部からそう聞いてきたんだろ。知らん人間の手作りだし、食いたくなきゃ食わなくていい」
 そう言って、今度はふいとそっぽを向く。
「ケーキ好きだから嬉しいです。いただきます」
 正直、ここに来るまでは多少そういう気持ちもあった。けれど獲端くんは見るからに几帳面で清潔そうだ。何よりこの立派で美味しそうなケーキを前にして、食べないなんて選択肢はありえない。
 私がテーブルにつくと、獲端くんはいそいそとケーキをカットし始める。こういうことは、手を出さない方がいいんだろうか。うかがうつもりで陀宰くんを見ると、無言で頷きを返された。なるほど、そういうことらしい。
 そんな私たちの遣り取りに、凝部くんが言葉を挟んだ。
「ていうか、なんで名前ちゃんはケイちゃんに敬語なの? タメなんだし、別に普通に話せばよくない?」
「馴れ馴れしいのよくないかなと思って」
 それを聞いた獲端くんが、ふん、と鼻を鳴らす。
「えー? でも僕には最初からタメ口じゃなかった?」
「だって凝部くんは最初から私に馴れ馴れしかったじゃん……」
「友好的とかもっと言いようあるでしょ」
「いや、あれは間違いなく馴れ馴れしいって感じだったよ」
 夏休み明け、最初にヒヨリちゃんから紹介されたときの凝部くんを思い出し、私はしみじみ答えた。そもそも紹介はされていなかったような気もする。ヒヨリちゃんに紹介されるより先に、凝部くんが勝手に自己紹介をしたのだったかもしれない。
 凝部くんの最初の印象は、正直に言えばあまりよくない。とはいえそれは向こうも同じだろう。なので過去の話はそのくらいに留めて、獲端くんのケーキに集中することにした。
「シャンメリー飲む?」
 凝部くんが、およそ凝部くんらしくない気を回す。一応、今日のホストとしての自覚はあるようだ。
「ううん、私は飲みかけのコーヒーあるからいいや」
 コンビニに立ち寄った時に買ったコーヒーがまだ残っているのでそう言うと、凝部くんが呆れたように顔を顰めた。
「自分でシャンメリー買ってきたのに?」
「洗い物増えるし、どうせすぐおいとまするし」
「そう言わず一杯くらい飲んでいきなよ。みんなで乾杯しておかないとさ」
「しておかないと?」
「楽しそうなクリスマスパーティー風景を、あとから不参加だった人たちに見せつけるための、写真撮影ができないじゃん」
「誰が羨むんだよ、ケーキ食ってるだけの会を」
「だからシャンメリー開けるんでしょ」
 獲端くんの鋭い舌鋒ぜっぽうも、凝部くんにはまるで効果がないようだった。凝部くんは「まあまあ、とりあえず乾杯はしておこうよ」と席を立ち上がる。
「手伝おうか?」
 私が声を掛けると、凝部くんはゆるく首を横に振った。
「ん、大丈夫だよ。ケイちゃんが手伝ってくれるから☆」
「はぁ? お前、ケーキ作らせて持ってこさせるだけじゃなく、給仕までさせんのかよ。そいつがやりたいっていうなら、やらせりゃいいだろ」
「でもケイちゃん、初対面の女子がいれた飲み物とか、絶対飲みたくないでしょ」
「くっ……」
 獲端くんが、心底忌々し気に私を睨み、それから舌打ちした。別に毒なんか仕込んだりしないけど、という言葉が喉元まで上がってきていたが、どうにかぐっと呑み込み黙る。ここで言い返したところで、獲端くんがそれもそうだな、などと言ってくれるはずないことは分かり切っていた。

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