恋の翼がくても

 ゆるやかにつるむだけだったグループも、秋を辿り冬を迎える頃には、何時の間にかしっくり来るようになっていた。この頃では『馴染みのメンバー』のように、周りからも見られている。
 時にはそこに、ヒヨリちゃんの幼馴染の萬城くんが混ざることもある。明言こそされていないものの、萬城くんは例の『秘密』の共有者らしく、陀宰くんや凝部くんとも学年の垣根を感じさせない交流をしている。

 そんな秋のとある日。ヒヨリちゃんと萬城くん、陀宰くんと凝部くん、それに私の総勢五名は、揃って授業後にコーヒーショップに寄っていた。特に何かあるというわけではない。たまたまバングルで新商品発売のニュースを見たので、それじゃあということになったのだった。
 夕方のコーヒーショップは、静かなざわめきに満ちている。テーブルふたつを近づけて、私たちはできるだけこぢんまりと固まった。
 注文した季節限定のホットドリンクはほろ苦く、男子勢も私たちと同じものを注文している。マグカップを両手で包み込むようにすると、あたたかさに心がほっと和んだ。
「そういえばヒヨリ、今年のクリスマスプレゼントに何が欲しいか、もう考えたのか」
 話題が一段落したところで、唐突に萬城くんがヒヨリちゃんに尋ねた。萬城くんの正面にはちょうど、クリスマス限定デザインのタンブラーとマグカップが、見本品として並べられている。萬城くんはおそらく、それを見てクリスマスのことを思い出したのだろう。
「ううん、まだ。トモセくんは?」
「俺もまだだが、早めに決めないと。今年はギリギリになって街中を駆けまわるのはごめんだ」
「あはは、たしかに去年はギリギリになりすぎて大変だったよね」
「ネットではどこも品切れだったからな。まあ、お前となら街中を駆けずり回るのも悪くないが」
「本当? どうだかなぁ」
「本当」
 ふたりにしか通じない話題で、幼馴染組が思い出話に花を咲かせている。これはこれで微笑ましいので口を挟まず聞いていると、凝部くんが「ねーねー、クリスマスプレゼントって? それって、お互いに買って交換するの?」と質問を投げかけた。
「うん。うちとトモセくんちで合同のクリスマスパーティーをするんだよ」
「毎年の恒例行事です」
 ヒヨリちゃんに続いて答えた萬城くんが、そこでちらりと陀宰くんを見て、勝ち誇ったような顔をする。陀宰くんがげんなりして「なんでそこで俺を見る……」と呻き声を上げた。
「陀宰さんはクリスマスに予定はあるんですか?」
「別にないけど」
「……パーティーには呼びませんよ?」
「そんな期待はしてないっつーの」
 やいやいと言い合う陀宰くんと萬城くん。ヒヨリちゃんはそんなふたりを、苦笑いで見守っている。
 と、そこにまたしても、凝部くんが割って入った。
「あっ、じゃあじゃあ、僕がメイちゃんとクリスマス過ごしてあげよっか?」
「は? 何が悲しくてそんなことになるんだ」
 隣同士に座っている距離を詰め、すすすとすり寄る凝部くんを、陀宰くんが鬱陶しそうに押し返す。
「俺はいいんだよ、クリスマスっぽいことした方がいいって言うなら、なんか肉とか食べとくし」
「急に雑なクリスマスのイメージだね」
 私が思わずそう言うと、陀宰くんにむっとした顔で軽く睨まれた。その視線を笑ってかわすと、今度は溜息を吐き出される。
「つーか高校生にもなって、家族と過ごす方が少数派だって。瀬名んちは兄弟がいるから別にしても」
「だーからメイちゃんは、僕とメリークリスマス☆」
 一度は陀宰くんに押し返された凝部くんが、ふたたびめげずに宣言した。
「お前、それまだ言ってんのかよ」
「けど、よくない? せっかくだしケイちゃんも呼んでさ。みんなでクリスマスパーティーとしゃれこもうよ。僕んちゲームならあれもこれもあるから、それなりに時間もつぶせるし」
「パーティーゲームすることを『時間もつぶせる』って、それはどうなんですか。もはやパーティーを楽しむ趣旨から逸脱してませんか」
 萬城くんが呆れたように指摘するが、凝部くんは「それは揚げ足取りだって」と一笑に付す。
「結構いいと思うんだけどなー。あ、でもケイちゃん呼ぶと、名前ちゃんのことは呼べないか。ケイちゃんって女子ダメだし。というわけで、名前ちゃんはごめんね?」
「それは全然いいけども……」
 別に凝部くん主催のパーティーに参加したいというわけでもないのだが、返事をする前に参加を断られてしまった。憮然とした気分になりつつも、たびたび出てくる名前があったので、私としてはそちらの方が気になる。
「そのたまに出てくる『ケイちゃん』って?」
「隣のクラスの口悪・態度悪・眼鏡の三拍子そろったインテリ男子」
「何も揃ってない」
 ウィンクする凝部くんと、呆れ声を出す陀宰くん。陀宰くんの呆れ声も、凝部くんにはやはり響かない。
「まあまあ、メイちゃん。細かいことはいいじゃないの。名前ちゃんは知らない? 隣のクラスの獲端ケイト。通称ケイちゃん」
「うーん、知らない。私、あんまり男子の知り合いいないし」
「話しかけてもどのみち無視されるしね。ケイちゃんって極度の女嫌いなんだよ」
「獲端くんは女子とあんまり関わらないようにしてるから、名前ちゃんが知らなくても仕方ないよ」
 ヒヨリちゃんがフォローするように言い添える。たしかに話を聞いていると、女嫌いの獲端くんと交友関係の狭い私とでは、まったく接点が存在しないように思える。そもそも男子の知り合いなんて、私にはこの場にいる萬城くん、陀宰くん、凝部くんくらいしかいない。
「まあ、縁があればそのうち会えるよ。ケイちゃんは僕と違ってちゃんと学校にも来てるし」
「ケイちゃんねぇ……」
 知らない人を勝手にあだ名で呼びながら、私はまだ見ぬケイちゃんに思いをはせた。
 それにしても、メイちゃんといいケイちゃんといい、凝部くんのつける呼び方は、やけに可愛らしいものが多い。もっとも陀宰くんは『メイちゃん』呼びを嫌がっているのだから、『ケイちゃん』という呼び方も、実際には獲端くんの意に沿わないものである可能性もある。
「というか、そのあだ名、呼んでるのって凝部さんだけですよね」
「呼びたいならトモくんも呼べばいいのに」
「誰も呼びたいとは言っていません」
「えぇー、トモくんに可愛く『ケイちゃん』って呼ばれたら、ケイちゃん喜ぶんじゃない?」
「絶対喜ばないだろ……」
 気が付けば、クリスマスの話からずいぶんと話題が逸れていた。話題の軌道修正をはかるかのように、ヒヨリちゃんが私に問う。
「名前ちゃんは? クリスマスは何か予定あるの?」
「どうだろう、夕方までバイトは入れてるけど」
「えぇー、クリスマスまでバイト入れてんの?」
 すかさず口を挟む凝部くん。
「名前ちゃん、それはさすがに女子高生として寂しすぎない? なんなら僕が慰めてあげよっか? 名前ちゃんのためならメイちゃんとケイちゃんとのパーティーなんかやめて、最っ高のクリスマスをプレゼントしてあげるよ」
 凝部くんの絡みの矛先は、どうやら陀宰くんから私に移ったらしい。さてどうしたものかと考えるより先に、同じことを察したらしい陀宰くんが割り込んだ。
「苗字はバイトか。今年のクリスマスは休日だし、飲食店は忙しそうだな」
「うん、だから当日は絶対シフト入ってほしいって言われてる」
「ちょっとちょっと、キミら思い切りスルーするじゃん!」
「うるさい」
 陀宰くんが溜息とともに悪態を吐き出す。それも大概ひどい扱いではあったものの、スルーされるよりは余程ましだとでもいうように、凝部くんは「なんだかんだ言いつつも、僕を完全スルーしきれないメイちゃんって……」と笑った。
「ちなみに夜は?」
「夜は決まってないけど、普通に家で過ごすんじゃないかなぁ」
「じゃあ僕と過ごす?」
 またまた凝部くんが笑いかけてくる。何とも軽い、軽すぎるお誘いだ。私は目を細め、「だから、それはもういいって」と撥ねつけた。
 しかし凝部くんは、顔にかかったおくれ毛をかきあげて、微笑みながら言う。
「いやいや、真面目な話。予定ないなら、たまにはそういうのもいいんじゃない? と思って」
「……どうして?」
「クリスマスの夜を友達と一緒に過ごすことに、理由が必要?」
「いや、だって凝部くん、陀宰くんとケイちゃんとやらと過ごすんでしょ」
「俺はまだ了承してないけどな」
「ま、別に僕も特別集まりたいわけではないけどね」
「おい」
「だからメイちゃんケイちゃんが名前ちゃんにチェンジしたところで、僕としては何の問題もなしってわけ」
 一切悪びれることのないその言葉に、その場の全員が呆れた顔で凝部くんを見た。
 とはいえ私としても、凝部くんの話に一切心を動かされなかったわけではない。パーティー云々はさておくとしても、凝部くんが自分の家に招いてもいい友人として、私のことをカウントしてくれているというのは意外だ。
 彼は飄飄とした態度で誤魔化しつつも、どちらかといえば線引きをはっきりするタイプ。だからこそ、自分のテリトリーに入れる相手は慎重に吟味しているに違いない。
 もしかすると、私が陀宰くんのことを好きだという、凝部くん以外には誰にも話していない秘密――言い換えれば弱味を、凝部くんが握っているからこそ、安心して関係を築けているのかもだろうか。そうだとすれば、これもいいような悪いような微妙なところだ。
 凝部くんがつっつかないでいてくれるので、私も普段は私たちの間にあるパワーバランスについて、特には気にしないでいられる。しかし、いつかその弱味を理由に一発で優位をとられかねないのだと思うと、さすがに心穏やかではない。良くも悪くも今の私と凝部くんの関係は、凝部くんの気分次第なところがある。
 が、もちろん私と凝部くんのあいだの『約束』を、ほかに知る者はいない。なので、
「凝部さん、苗字先輩のことは信頼してるんですね」
「たしかに、凝部くんがホームパーティーに誘うなんて珍しい」
 萬城くんやヒヨリちゃんの目から見て、私と凝部くんが例外的に親しいように見えても、何ら不思議ではなかった。
「珍しいというか、はじめてだけどね」
 一方凝部くんは、こちらに一瞥も寄越さずに平然と返事をしている。さすがの胆力というか、ポーカーフェイスというか。敵とも味方ともつかない相手ではあるものの、その動じなさにはある意味感心してしまう。
「それなら尚更です。家に入れてもいいというくらいには、苗字先輩のことを信頼してるということでしょう」
「信頼? そりゃあこんな平和な世界なら、僕はみんなのことを信頼してるよ?」
「嘘くさいことこの上ない」
「えー、ちょっとヒヨリちゃん見てみてよ。この僕の、澄んだ眼を」
「見るな、ヒヨリ。感染うつる」
「ちょっとちょっとー、トモくんそういうのは本当によくないからね」
 そうして一通りのいじりいじられを片付けてから、凝部くんはまた、私へと視線を戻した。
「ということらしいけど、名前ちゃん」
 甘いベリーのような色の瞳が、さてどうする? と私に問いかけてくる。
「何が、『ということ』なの」
「僕らがお似合いに見えるらしいよ、ということ☆」
「誰もそんなこと言ってないと思うけど?」
「ほぼほぼそう言ってるようなものじゃないの」
「えぇー、そうかな」
 渋り口調で言いながら、私はこの後の会話の行先について検討した。
 配慮された表現になっているというだけで、会話の内容自体は無責任な恋愛トークそのものだ。凝部くんは面白がっているだけなので、あまり頼りになりそうにない。ということは、良くも悪くも私の返答次第で会話の方向が決まる。
 慎重に場の空気を探りながら、私は言葉を選び出した。
「お似合いって言われても、相手が凝部くんなのがなぁ」
 呟いて、私は溜息を吐く。もちろん本心ではないし、凝部くんもそれは分かっているだろう。むしろこの場合、相手が凝部くんでよかったとすら思う。おかしな恋バナに巻き込まれる相手として、凝部くんは考えられる限りもっとも、こちらが罪悪感を抱かずに済む相手だ。
 私と凝部くんの視線が絡む。束の間、そこには共犯めいたくらさが交わされる。
 先に口を開いたのは凝部くんだった。
「僕は名前ちゃんとお似合いって言われて、普通に光栄だと思ってるけど? なんなら僕ら付き合っちゃう?」
「ありがたいけど、凝部くんにはもっと相応しい人がいると思うな!」
「えぇー、それ一番卑怯な断り文句じゃん!」
 あくまで茶化して、誤魔化して。打たれた言葉を、淡々と打ち返す。
 迂闊なことを口にすれば、余計なところに飛び火しかねない。もしも口を滑らすことがあるのなら、まず間違いなくそれは凝部くんではなく私。
 と、視線を感じた方に顔を向ければ、陀宰くんが何かもの言いたげな顔で私を見ている。
「なに? まさか陀宰くんは変なこと言わないよね?」
「……悪い。正直、俺もまったく思わないわけではない」
「…………」
 その言葉に、思わず絶句してしまった。
(陀宰くんまで、そんなこと思うんだ……?)
 脱力して、呆然と陀宰くんを見つめる。
 たしかに、そんなふうに思われてもおかしくないとは思う。何と言っても私たちは妙齢の男女だし、それ以上に相手はあの凝部くんだ。凝部くんとうまく付き合っているというだけで、もしかして、と勘ぐりたくなる気持ちはよく分かる。
 けれど、よりにもよって陀宰くんに、面と向かってはっきり言われるとは。さすがにこたえるものがある。
 ショックなものはショックだし、悲しいものは悲しい。何が悲しくて、初恋の男子に『あいつとお前、お似合いだよ』なんてことを言われなければならないのだろう。もしも私の腹が『陀宰くんには好意を明かさない』と決まっていなかったら、この場で取り乱してもおかしくないような悲惨な展開だ。
 無論、陀宰くんに気持ちが漏れないようひた隠し、言動のすべてを取り繕っているのは私だ。私が陀宰くんを好きだと知らないのだから、陀宰くんがどんな憶測をしようと彼の自由。すべては私の自業自得というか、身から出たさび以外の何者でもない――ないのだが。
 黙り込む私に、何を勘違いしたのか陀宰くんが慌てふためく。
「いや、別にお似合いとかは思ってないからな!? 思ってないよな!?」
「なんでそんなに狼狽えてるんですか。墓穴ほりますよ」
「萬城が最初に言い出したんだろ……!」
 無責任な恋愛話を展開するのに、陀宰くんと萬城くんは善良すぎる。そんなふたりの遣り取りを見ていると、いよいよ気持ちは落ち込むばかりだ。
 そのとき、不意にテーブルの下で、ローファーの爪先をこつんと軽く蹴られた。蹴られた方向からして、蹴ったのは凝部くん。視線を上げれば、にやにや笑った凝部くんが私を見ている。
 口パクすらない。向けられたのはただ、視線だけだ。それでも、凝部くんが何を言わんとしているかは分かってしまう。
 その瞳を見て、むしょうに胸が苦しくなった。
(こんなときだけ、優しくしてきてさぁ……)
 陀宰くんには何ひとつ伝わらないし、伝える気もないし、通じあいもしない。そんな私がこうして、凝部くんとはアイコンタクトを交わし、はかりごとをしている。そのことが滑稽で、なんだか情けなかった。
 凝部くんが言いたいことは、要するに、この場をおさめるためにはひとまず、凝部くんにすべてかぶってもらえばいいということ。そうしてから、後は有耶無耶にして、誤魔化す――大体そんなところだろう。
 このままではテーブル上の会話は、どんどんドツボに嵌っていくだけだ。一度言葉を失ってしまった私がどう取り繕ったところで、気まずさやいたたまれなさで場をしらけさせるのは目に見えている。
 もちろん凝部くんが泥をかぶったところで、彼には何の得もない。それどころか損しか残らない。
 だからこれは多分、凝部くんの優しさ。もしかすると私の弱味を握っているからこそ、こういうところでバランスをとろうとしてくれているのかもしれないが。
 どうあれ、考える時間もとれる手立ても、それほどない。
 逡巡ののち、私はその提案に乗ることにした。
「凝部くん、私たち、ないよね?」
 短く尋ねると、凝部くんは心得たと言わんばかりににやにや笑いをさらに深めた。
「それはどうだろう? 名前ちゃんが好きって言ってくれるなら、僕としては全然アリ☆」
「ないからね。本当に」
「うわ、すごい拒む……」
 そうしてから、今度は私は陀宰くんを見る。
「ということだから。凝部くんと私がどうこうって、絶対ないからね」
「……あ、ああ。分かった」
 半ば押し切るようにして、私は陀宰くんを頷かせた。これでいいのかは分からないが、少なくとも思い付く案のなかでは今のが最善だ。凝部くんの協力もあって場も白けずに済み、ひそかに安堵する。
 そんな私と陀宰くんを眺め、凝部くんはぼやいた。
「はーぁ、メイちゃんさぁ。だから、本当にそういうところなんだって」
「何なんだよ? ときどき言う、お前のそれ」
「僕だって言いたくて言ってるわけじゃないでーす」
「まあまあ……」
 ヒヨリちゃんに執り成しは任せきり、私は冷めたドリンクに口をつける。またしても凝部くんに借りが増えてしまった。借りの返済の見込みも立たず、私はひとり溜息を吐いた。

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