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おなじ音を持つ異形

 視界の先にレイタ山脈の峨々たる山容が見えたとき、張りつめていた緊張がようやくほぐれた気がした。気がゆるんだためか、箒がぐらりと大きく傾ぐ。慌てて体勢を立てなおし、あかね色の空をまっすぐに飛んでいく。
 北の国を飛び出してきたときに羽織っていた羽織も、気付けばほとんど襤褸のようになっていた。それでも北と比べて南の空気はあたたかいから、寒気を感じることはない。そうでなくてもとうの昔に、肌の感覚など麻痺してしまっていた。箒の柄を握りこんだ形で固まり痛む指の感覚も、箒をまたいで擦れた内ももの痛みも、空腹すらも感じない。空を飛び始めてから三度目の夕焼けは、何の感慨も私の胸に呼び起こさない。

 その家の場所は、出立前に頭に叩き込んでいた。さして取柄もない私だが、記憶力のよさと箒での飛行だけは唯一特技といえた。そうしてレイタ山脈にまっすぐ突っ込んでいくように暫し飛び続け、ようやくその家の戸の前におりたとき、地面につけたはずの足は不意に力をなくしたように萎え、そのまま身体がよろけて倒れた。
「ぁ……」
 声を出そうにも、飲まず食わずの旅路のせいで掠れた呻きを漏らすのが精いっぱいだった。
 霞む視界の中、眼球だけを動かして家の表札を読む。
 フィガロ・ガルシア──そう記された木の表札を確認し、ほっと安堵した。どうやら間違いなく目的地まで到着できたらしい。極度の疲労と眠気が混ざり合い、気をゆるめた身体をどろりと侵していく。その狂暴なまでの欲求に抗う体力ももはやなく、私はその家の戸の前でぐったりしたまま意識を手放した。

 目を覚ますのと同時に、そこがあたたかな布団の中であることを理解した。久しく感じたことのなかった柔らかくあたたかな感覚に、驚き却って眠気が吹き飛ぶ。勢いよく飛び起きると、そこは簡素な民家の一室のようだった。急に起き上がった反動か、頭がひどく痛む。額に手をあて、おそるおそると周囲を見回した。
「こ、ここは……」
「ここは俺の家だよ」
 譫言のように漏れだした言葉に、思いがけず返事があった。はっとして声のした方に視線を向ければ、見たことのない男性が柔和な表情を浮かべて私を見つめていた。
「何か食べる? 見たところ相当疲れていたようだったけど、もしかして腹を空かせているんじゃない?」
「あ、はい……」
 問われるままに頷いて、それから再びはっとした。昨日の私の最後の記憶は、フィガロ・ガルシアの自宅兼診療所に辿り着いたときのもの。つまり目のまえのこの男性こそが──
「おそれながら、あなたは偉大な北の魔法使い、フィガロ様でいらっしゃいますか?」
 とてもそうとは見えない、柔らかな物腰の男性だ。しかし彼は私の言葉を否定することもなく、ただ困ったように微笑んだだけだった。
「やめてくれないか。今ここにいるのは南の魔法使いのフィガロだよ」
「……南の国に移住なさったとは聞いておりましたが」
「うん、もう二百年も前にね」
 さらりと答えられ、やはりこの人がフィガロ・ガルシア──名高いフィガロ様なのだと確信した。

 私が目を醒ましたことを確認し、フィガロ様は一度部屋の外へと出ていった。私もまだ体力が十分に回復したわけではない。追いかけるだけの気力もなく、ひとり取り残されたベッドの上で、ぼんやりと壁に掛けられた絵画を見つめていた。
 私は北の国で生まれ、育った。人間ばかりの村で育ったために魔法使いや魔女の知り合いはいない。しかし以前に一度だけ、大魔法使いと恐れられたオズの姿を間近に見たことはあった。
 まるで息をするのも忘れるような──本能が息をしまいと、存在をオズに気取られてはなるまいともがくような、圧倒的な存在感と圧力がオズにはあった。視線が合ったわけでもなし、たまたま道で行き会ったに過ぎない。それでも、本能がオズを恐れていた。あの冷たい赤の瞳に見つめられては、心臓が凍り付いて石になってしまうかもしれないと、半ば本気でそう思ってしまうだけの恐ろしさがオズにはあったのだ。
 フィガロ様はそのオズの兄弟子と聞く。一体どのような怪物じみた魔法使いかと内心怯えてもいたのだが、予想外に穏やかな印象は正直に言えば少しばかり肩透かしでもあった。
 ふと視線をベッドサイドにやれば、古い魔術の本が山と積まれている。立派な装丁には金の箔で文字が押されていた。
 ──本当に、あのフィガロ様のご自宅なんだ……。
 オズや北のスノウ様、ホワイト様は皆城のような場所に居を構えている。いくら南の僻地に移住したとはいえ、まさかフィガロ様がこのように庶民的な住まいで暮らしているとは思わなかった。
 私が寝かされているのはどうやら患者用のベッドらしい。すぐそばには簡素ながらも机と椅子、それに何やら薬品が並んだ戸だなが置かれている。ここは居住スペースではなく診療所のようだ。
 ベッドの上から周囲を観察していると、ほどなくしてフィガロ様が部屋の外から戻ってきた。手には湯気が立ち上る椀が載った、小さなお盆を持っている。「麦がゆだよ、簡単なものだけど」と、フィガロ様はベッドサイドの折り畳み机を開くと、そこにお盆を載せた。
「ありがとうございます。あの、申し訳ありません。フィガロ様に食事の用意など……」
「食事の用意など、って。ここでの俺の仕事は医者なんだ。これも仕事の一環だよ」
 フィガロ様はそう言いながら診察用の椅子を引き寄せると、自分もベッドサイドに腰を落ち着けた。促され、麦がゆに口をつける。うっすらと塩味が感じられる以外には味付けもされていないが、ふっくらとした麦のつぶを噛み締めるたびやさしい甘味が口の中に広がる。
 暫し、粥の熱さも忘れて夢中で麦がゆを頬張った。ものを口にするのは三日ぶり。あたたかいものを口にするのはひと月ぶりだった。
 私が食事を摂れることを確認して、フィガロ様は切り出した。
「昨日、俺の家の前で倒れている女の子を見つけて、一応医者らしく介抱してみたんだけど。身体の調子はどうかな」
「はふっ、すこぶる元気です」
「嘘はだめだよ」
 見栄はすぐに見抜かれて、私は慌てて言葉を引っ込めた。
「……そこそこに元気になりました」
「うんうん、さすが俺だな」
 満足そうにフィガロ様は頷いて、
「それ食べたら出ていくんだよ」
 そう付け足した。
 ぴたりと、麦がゆを掬う手が止まる。視線を上げてフィガロ様を見つめれば、彼は肩眉を下げて私を眺めていた。
「だって、君は南の魔法使いのフィガロ先生をたよってきたわけじゃないんだろ? 生憎と北の魔法使いのフィガロは休業中なんだ。いない人物を頼られても、ここにはそんな男はいないとしか言えないからね」
「そう、仰らずに……せめて話だけでも」
「嫌だよ。強い魔法使いを頼りたいなら北のオズに頼みなさい」
「そうではないんです」
 そうじゃないなら何、と聞いてくれるほど、フィガロ様は親切ではないようだった。続きを求められてもいないのに、私は言葉を続ける。
 ただ闇雲に強い魔法使いの力を借りたいのではない。そうではなく。
「私を、フィガロ様の弟子にしていただけませんか」

 ★

「弟子ねぇ。一応聞くけど、誰かに俺を紹介されてきたの?」
 背中を丸めて頬杖をつき、フィガロ様は首を傾げた。私はゆるく首を振った。まだはきはきと身体を動かせるほどには回復していない。
「そうではありません。ただ、フィガロ様は遍くその御名を知られるほどの強い魔法使いで、なおかつ過去に弟子をとっていた経験がおありだと、噂で聞きました」
「うーん、それは困った噂だな……」
 これには本当に困ったようにフィガロ様が苦笑した。
 私が生まれ育った北の国の村は、スノウ様とホワイト様がおさめる土地の端にある。辺境の村なので、あまり魔法使いに顧みられることもなく、また人間が間違って迷い込むような土地でもない。しかし一応はスノウ様とホワイト様の名のもとに統治がなされる地なので、魔法使いや魔女に対しては畏怖を持って接する者が多い。また、魔法使いたちの噂話や伝説についてもそれなりに耳に入ってくる。
 フィガロ様は北の国だけでなく広くその名を知られた魔法使いだ。おまけにスノウ様とホワイト様のお弟子様ということで、私が育った村でも名前が人々の口の端に上ることは多々あった。曰く、中央の都で新王朝が建った陰にはフィガロ様のお力があったという。果たして何処までが事実かは定かではないものの、フィガロ様の弟子が建国の英雄となったというのには間違いがなさそうだった。
 無論、私は建国の英雄になどなりたいわけではない。そのような大仰な志しもなければ、今後持つこともないだろう。しかし、フィガロ様の弟子になりたいという思いは恐らく、その英雄にだって引けを取らない。
「お願いです、フィガロ様。どうか私をフィガロ様の弟子にしてください」
 ベッドに腰かけたままで頭を下げる。背骨が軋んで、痛みが走った。
 束の間の沈黙ののち、フィガロ様は言った。
「悪いけど、俺はもう弟子はとらないって決めたんだ」
「……何故ですか」
「ちょっと色々思うところがあってね。弟子とりにはもう懲りたんだよ」
 それは中央の都の建国の英雄と関わりあいがあることだろうか。仔細は私には分からない。私に分かることは目のまえのフィガロ様が大魔法使いであることと、私はフィガロ様の弟子にしてもらわなくてはならないということだけだ。
 ここで引き下がるわけにはいかない。はいそうですかと帰るわけにはいかないのだ。そも、断られたとて帰る場所など私にはない。
 半分ほど残った麦がゆの椀をわきに寄せ、私はベッドの上で姿勢を正す。改めてフィガロ様の方に向き直ると、背を丸め、額を布団に押し付けるようにして頭を下げた。
「それでは、せめて身の回りのお世話をさせてはいただけませんか。とりあえず、とりあえずおそばに置いてはくださいませんか。弟子としてとるか否かは、まずは役に立つかどうか見て、考えていただいてからでかまいません。自分の食い扶持は自分で稼ぎます。ですから──」
 どうか、おそばで勉強させてください。
 額をこすりつけるように、私は頭を下げ続けた。
 フィガロ様は、何も言わない。溜息をつく音が聞こえただけだ。
 それでもめげずに頭を下げ続けていると、やがて根負けしたのかフィガロ先生が「顔を上げなよ」と、ぼやくように発した。
「君はどうして、俺の弟子になんかなりたいの?」
 はっと顔を上げる。途端に目が合ったフィガロ様が苦笑した。
「勘違いしないでくれよ、これは面接じゃない。君が俺の質問に何と答えたところで、俺が弟子をとらないことに変わりはない」
 それでも、とフィガロ様は続ける。
「俺をご指名の理由くらいは聞いておいた方がいいかと思ってね」
「それは……」
「これまでも、君やあの子がやってくる前の何百年間にだって、俺に魔法を教わりたいってやつはそれなりにいたよ。だけど君は俺を探してこんなところまでやってきたんだ。そこには何か理由があるはずだろ?」
 フィガロ様に問いに、自分の喉がごくりと鳴るのが聞こえた。
 フィガロ様は面接じゃないと言ったけれど、それでも今、私は間違いなく試されているのだろう。私の答えが今後の私の運命を左右する。偉大な魔法使いであるフィガロ様のお気に召さなければ、きっと私に先はない。
 口の中はからからで、それでもごくりと唾を呑んだ。嘘を吐いてもどうせばれる。それならば、できるだけ真摯な気持ちが伝わるように、嘘偽りなく話をするしかない。
 言葉にすれば陳腐になることは分かっている。
「私は、ひとりでも生きていけるようになりたくて……」
 口にした言葉は、まるで思春期の子供のようだった。しかしフィガロ様は、笑い飛ばすことをしなかった。そのことに、自分でも意外なほどに救われたような気分になる。
「ひとりでも? 家族でもなくした?」
「もともと家族というような者はいませんが……」
 聞くよ、とフィガロ様が眼差しでそう言ってくれたような気がした。私は深く息を吸い込むと、ぽつりぽつりと絞り出すように言葉を紡ぎ始めた。

 ★

 私をこの世に産んだはずの、親の顔は記憶にない。私が持つもっとも古い記憶は、村長の家の暖炉の前で、籠に入ってうとうとと微睡んでいた記憶だ。私を拾った村長は、赤子の私が村のはずれの森の木のうろにすっぽりおさまっていたのを見つけて拾ったと教えてくれた。親のない私は村のおとなたちの手を借りて、村のこどもとして育てられた。
 私が魔女だと分かったのは、十を越したころだった。たまたま村を訪れていたスノウ様とホワイト様が、私を指してこの娘は魔女であると言ったのだ。とはいえ碌に魔法も使えずに育った私に対し、村の人びとの態度が変わることはなかった。相も変わらず、私は村のこどもとして扱われ、育てられた。
 そうして長い月日が過ぎた。私は村で唯一の魔女としてそれなりの尊崇を集めていたが、ほかの魔法使いや魔女と違い、私には魔法の才はほとんどなかった。私にできることといえば、人間でも扱えそうなまじないの類と、箒で空を飛ぶことくらいだ。村での私の立場は不思議の力を持つ魔女ではなく、あくまでも村の古株、意見を求められる長老程度のものだった。
 それでも、不自由はなかった。自分の身の回りのことは何でもできたし、魔法が使えないからと言って不便なこともない。人間たちと同じように生きている私には、つつましくささやかな生活それだけで十分だった。たとえ魔女としての誇りなど欠片もなかったとしても、まったく構いはしなかった。
「ただ、この頃は少し事情が変わってしまいまして」
 その言葉に、黙って私の話を聞いていたフィガロ様が、小さく首を傾げた。
 厳しい環境の中でもつつましく生活していた村を、思いがけない災禍が襲った。北の国の魔法使いブラッドリーが、近隣で幅を利かせるようになったのだ。
 ブラッドリーは盗賊だ。北の国の魔法使いとしては珍しく、徒党を組んで悪事を働く。もっともブラッドリーが誰かに従うことはなく、あくまでも組織のボスとして多数の手下を使う立場にある。
 盗賊としての美学を持つブラッドリーは、けして細々と生きる村民を脅かそうとはしなかった。しかし彼の配下の魔法使いたちまでもが人間を脅かさないわけではない。元来北の国の魔法使いは天災のようなものなのだ。人間たちはせいぜいが、彼らの偉大なる力に巻き込まれないよう祈り、時に供物を捧げるしかない。巻き込まれてしまえばそれまでだ。天災に命を脅かされたとて、人間が自然に憤りをぶつけることはできない。
 しかし、ブラッドリーの手下に襲われた私たちの村にはただひとつ、迫りくる脅威に抗うすべがあった。それが私という存在だ。
「もちろん私にはブラッドリーやその手下と戦うだけの魔力はありません。私に使える魔法といえば空を飛ぶくらいです。そしてそのことは、私とともに生きてきた村の人間たちもよく知っていた」
 彼らはけして、私に戦えなどとは言わなかった。
 ただ、私に命を絶てと迫っただけだ。
 いくら無力な魔女であろうと、死ねば貴重なマナ石になる。村人は私の命と引き換えに得たマナ石を、ブラッドリーの手下に献上するつもりだった。
 眠る私の家に押し込み、彼らは私を捕縛した。そのまま地下の冷たい牢につながれて、あとはひたすら飢えて死ぬのを望まれた。曲がりなりにも私は魔女だ。誰も魔女殺しなどという危険を犯そうとしなかったのが、唯一私にとっての幸運だっただろう。
 飢えて衰弱しながらも、どうにか機を見て牢を脱した。
「そうして、私はその村を逃げ出しました」
 あとはただ、南の国を目指すばかりだ。フィガロ様のことを思い出したのは、牢の中で逃げ出した後の算段をつけていたとき。南の国まで逃げれば流石に追っ手のかかりようもない。
 私が逃げれば村はブラッドリーの手下によって、めちゃくちゃにされてしまうかもしれない。それでも我が身可愛さに逃げるしかない。自分の命を守ることが何よりもの最優先だった。
「でも故郷を捨てたのなら、もう強くならなくたっていいんじゃない?」
「私を捕縛した村人たちには情もありません。それでも、村には最後まで私に親切にしてくれた人もいました。私を育ててくれた村長たちの眠る墓地もあります。私はどうにかして、あの土地をブラッドリーから──いえ、ブラッドリーの手下から取り戻したい」
「なるほどねえ。ブラッドリーがこの頃随分と派手に動いているのは風のうわさで聞いていたけど……まさかそこまで増長していたとはねぇ。スノウ様とホワイト様は?」
「今はまだ何も」
 彼らもまた、何も対策を考えていないわけではないのだろう。しかしスノウ様とホワイト様の支配地域とはいえ、私たちの村は辺境の地なのだった。今はまだ彼らが動くほどの被害は出ていないだろうし、これしきで動くと思わるのも古の魔法使いたちの沽券に関わる。そうでなければオズに滅ぼされた土地の数々には何故救いの手を差しのべなかったのかという話にもなってくる。
 誰でも彼でも救うほど、魔法使いたちは暇ではない。
 私の話をひと通り聞き終えたフィガロ様は、「失礼」とことわってから私にいくつか質問をした。あわせて簡単な魔法をいくらか使うように指示される。簡単なとはいっても私にできることなどほとんどなく、その様子を見たフィガロ様は今日一番の深い溜息をついた。
「ううーん。北の国から飛んでこられたわけだから、魔力の量が少ないってわけでもないだろうし。飲まず食わず、寝ずに箒を飛ばしてきたんだろ?」
「その通りです」
「それだけ見ると大した魔力と集中力なんだけどなぁ」
 心底不思議そうなフィガロ様の視線を受け、私はあらためて頭を下げた。
「ですからフィガロ様にお力を貸していただきたいのです。ご迷惑になるようなことはけしていたしません。もしも弟子をとることを知られたくないとおっしゃるなら、フィガロ様に師事したことも誰にも言いません。ですから」
「さっきも言ったけど、弟子はとらないんだって」
 フィガロ様の返事が変わることはない。私は頭を下げたまま、ぐっと唇を噛んだ。
 簡単に引き受けてもらえるとも思っていなかった。私にはフィガロ様に見返りとして差し出せるだけの価値あるものは何もなかった。ただひたすらに頭を下げるしかない。
「困ったなぁ。どうして俺に寄り付く魔法使いはこうも頑固そうなのが多いんだろう」
「申し訳ありません。ですが、ここを動くつもりもありません」
 端から頼れる相手などほかにいない。自分しかあてにならないのならば、どうにかしてあてにできるだけの能力を獲得しなければならない。
 寸の間、フィガロ様は返答しあぐね黙りこくっていた。しかしやがて、
「まあいいや。弟子をとる気はないけど、どのみち回復しきっていない患者を放り出すのは医者としての道に反するしね」
 そう言うと、顔を上げた私に困ったような意地の悪いような、はじめて見る種の笑顔を向けて息を吐いた。
「当分はここで静養してもいい。ただし、魔法を教えたりはしないよ。俺は弟子はとらない。分かったね」
「はい」
「そうだ、名前をまだ聞いていなかった。君、名前は?」
 今更のようにそう問われ、私は急いで居住まいを正した。

「ナマエです。ナマエ・ガルシア。齢は二百歳と少し。姓は持たずに生まれたので、育ての親が偉大な魔法使いから拝借したそうです」

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