たからもの | ナノ


さっきから一向に降り止む気配がない。かれこれここに留まって30分は経つ。
灰色に染まる空を見上げて、早く止んでくれないかと切に願うばかり。


さっき学校を出た頃は、雲の間からまだ光が差し込んで、青い空も見え隠れしていた。
それが急に足元が暗くなったかと思うと、突然大粒の雨が降り出し、私の制服のワイシャツを色濃く変化させた。
梅雨時の天気は変わりやすいというけど、本当にその通りだと思う。
とりあえず近くにあった本屋さんの屋根の下に駆け込んだところで冒頭に戻る。
待てど待てど止む気配などなく、どうしようかと頭を悩ませていた。



「あれ、名前ちゃん?」



本屋さんのガラス戸が開き、出てきたのは剣道部の沖田先輩だった。
先輩の手には本屋さんの名前が入った紙袋。きっとここの本屋さんで何か買ったんだろう。
頭から肩にかけて濡れてしまっている私を見て、先輩は目を丸くした。



「うわっ、ずぶ濡れじゃん。傘は?どうしたの?」

「えっと…家に置いてきちゃって…。折り畳み傘入れてるからって安心してたら、入ってなかったんです…。」

「だからここで雨宿りしてたんだ…。でもこのままじゃ風邪引いちゃうよ。」



そういうと沖田先輩は自分の着ていた学校のワイシャツを脱いだ。
先輩の行動に驚いて、思わず視線を下に逸らす。
すると、ふわりと肩に何かかけられ、頭にもいい匂いのする何かが乗った。



「シャツくらいじゃ暖かくないかもしれないね。あ、タオルは使ってないヤツだから安心して。」



顔を上げれば、にっこり微笑んで黒いTシャツ姿になった先輩が、私の頭をタオルで優しく拭いてくれる。
優しい手つきで濡れた私の髪を拭いてくれる度、タオルの合間から先輩の瞳がちらついて目が合う度に恥ずかしくなる。
そんな私の様子ですら先輩は楽しんでるようで、意識しすぎとからかってきた。
ますます恥ずかしくなって先輩に自分でやると言ったのだけれど、先輩がそれを許すはずもなく、されるがままになった。



「うん。これでちょっとはマシになったよね。」

「ありがとう、ございます…。」

「どういたしまして?でも早く帰って体の中から温めないと風邪引いちゃうね。ほら、僕の傘使ってよ。」



本屋さんの傘立ての中からビニール傘を1本取り出す。
はい、と先輩は私の目の前に差し出した。



「でも、沖田先輩…。」

「ん?」

「これ、1本しかないんですよね…?」

「うん。そうだね。」

「じゃあダメですっ!!先輩が風邪引いちゃいますよ!!」

「何言ってるの。僕が風邪を引くなんて滅多にないから。このくらいの雨じゃ何ともないから大丈夫。」

「でも…。」



私がもごもごと遠慮していると、先輩はそっと私の頭をタオルの上から撫でた。
一瞬、体がビクッとなって、先輩を見ればいつもの優しい沖田先輩の笑顔。



「名前ちゃんが風邪引いて学校を休まれたら、僕が困っちゃうんだよね。」

「え?」

「明日も名前ちゃんに会いたいから…。風邪なんて引かないでね?」

「っ!」

「じゃあ僕は行くね。」

「あ、沖田先輩っ!」



半ば強引にビニール傘を押し付け、先輩はまだ降り続ける雨の中を走って行ってしまった。
私の手元には先輩の匂いが染み込んだ白いワイシャツとタオルと傘。
先輩の走って行った方向と手の中にあるそれらを交互に見つめては、この気持ちを落ち着かせようと必死になった。





白いシャツ
その優しさが私にとっては十分すぎる温かさです





*END
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