たからもの | ナノ


耳にはめ込んだイヤホンからは大好きな曲が流れていた。
鼻歌交じりに革靴に履き替え、生徒玄関を出たところで、違う音が聞こえた気がした。
そっとイヤホンを外せば、金管楽器の音が聞こえる。



どこからだろう…



単なる好奇心。僕は踵を返し、音の聞こえる方に向かう。
一つ一つの音がはっきりしていて、僕の耳にすっぽり収まってくる。
一体どんな人がこんな演奏をしているのか、知りたくなった。


音を頼りに歩いていると、いつの間にかC棟の校舎裏まで足を運んでいる事に気付く。
確かC棟の奥の教室は音楽室で、放課後は吹奏楽部が活動してるんだっけ…。
音が近くなるにつれ、ぼんやりそんなことを思い出す。
角を曲がったところで、一際音が大きくなって聞こえてきた。
4つある窓の内、1つが空いている。カーテンは締めきられたまま。でも音はその中から聞こえているらしい。
空いている窓の傍に寄れば、はっきりと聞こえるメロディー。
僕、これ知ってる…。確か…、



「ベートーベンの交響曲第7番第1楽章だよね。」



僕が声に出したことで、吹いていた人物は驚いたのか、演奏を止めてしまった。
ごめん、すっごく綺麗な音色が聞こえたから。ちょっと慌てた素振りで部屋の中の誰かに謝る。
ガタンと椅子を動かす音が聞こえて、シャッと勢いよくカーテンが開いた。
中から顔を出したのは、同じクラスの名前ちゃん。



「沖田くん?!びっくりした…。いきなり声が聞こえてきたから。」

「ごめんごめん。今の、名前ちゃんが吹いてたの?」

「あ、うん…。」



さりげなく中を覗けば、さっきまで名前ちゃんが座っていたであろう椅子の上に、フルートが置かれている。
そういえば、去年の文化祭で吹奏楽の演奏の舞台に、名前ちゃんが居た気がする。
でも彼女はあの頃、フルートじゃなくてクラリネット奏者だったはず…。



「フルートに転向したの?」

「え?あ…そうなの。去年の文化祭のあとにね。」



僕にはその言葉がどこか意味深しげに聞こえた。
でもあんまり触れてほしい事ではないらしい。彼女からは作り笑いが零れている。
どんな経緯でフルートに転向したのかは聞かなかった。いや、聞けなかったのかもしれない。
いつもなら、誰にでもズバズバ聞いちゃう僕が、珍しく人に対して気を遣っていた。



「そう…。でも…名前ちゃんのフルート、僕は好きだよ。」

「沖田くんから褒められるなんて…なんか照れくさいね…。」

「僕は思った事を素直に口にしただけだよ。」

「ありがとう。沖田くんに褒められたら自信が出るよ。」



彼女の笑顔も、好き。
そう思ったのも、去年の事。同じく、吹奏楽部の演奏を見ていた時だ。
真剣な表情で演奏している彼女は、音楽に対して真正面から向き合っていた。
自分の役割をしっかり果たそうとしている部分と、楽しそうにも見えるその演奏姿。
最後の最後にやりきった後の笑顔が、僕には彼女たちを照らす照明よりも明るかったように錯覚したのを覚えている。


名前ちゃんとは2年連続同じクラス。
名前順で並べば隣同士で、今年の春、また隣同士だねと笑い合った。
何かと彼女とは接点が多いかもしれない。それはほとんど偶然だったけど。
女の子の中で一番会話を交わしてるのは名前ちゃんだと思うし。
どこか共通点があるわけでもないのに、気が合ってたりする。
だからかもしれない…知らず知らずの内に目で追っていたりするのは。



「ねぇ、さっきの曲、もう一回吹いてよ。」

「うん。じゃあ、よろしくお願いします。」



そう言って彼女は使い込まれたフルートを手に取った。
部屋の中や外の空気に染み込む音は柔らかく、すぐに僕の耳にも優しく響いた。










きみと同じリズムで
この時、この場所を感じていたい





*END
キリリク 桜井ひより様から

お題:Largo
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