幕末。動乱の世。 私たちは走りぬけた。 この胸にある誠の精神だけを貫いて。 それでも失ったものは大きく、心臓は引き裂かれるように悲鳴をあげた。 生き延びた私が隊士の人のために何をしてやれたというのか…。考えれば考えるほど苦しくなる。 今宵も枕を涙で濡らし、全身に脂汗を浮かべてまた飛び起きるのだろう。 たった一つ、手にした小さな幸せですら手放してしまいそうで、とても怖かった。 「名前ちゃん…!」 うっすら開いた瞼から垣間見えた総司さんは心配そうな顔を私に向けている。 ゆっくり体を起き上がらせれば、総司さんは私の背中をそっと支えてくれた。 辺りが暗いことからまだ夜だと察する。喉を伝う汗が胸元へと流れて行った。 「だいぶうなされてたみたいだけど、大丈夫…?怖い夢でも見たの?」 あぁ…私、うなされてたんだ…。だからこんなに総司さんは私を心配して…。 ここのところ夜中になれば毎日のようにうなされて目を覚ます。 おかげ様で完全な寝不足。でも目を閉じるものならかつての記憶と後悔が私を襲う。 どうしようもないほど、いたたまれなくなってしまう。 「どうしたの…?僕には言えないこと?」 「…。」 「…気にしてるの?みんなのこと。」 「総司さん、私…怖いです。」 怖いと言った私を見て、総司さんはすぐに視線を下に移した。 私の手にそっと触れるそれが総司さんの手だと分かる。 大きくて男の人らしい手が私をそれをそっと包んだ。 「名前ちゃん、僕らは僕らが幸せになるために、たくさんの人を犠牲にしてしまった。それだけは紛れもない事実だ。だけどね…」 ぐいっと引かれた腕。反動で前によろけた私の体は、すっぽり総司さんの胸に収まってしまう。 背中に優しく回された手に若干の力が入ってる。きっと総司さんもみんなの事を思い出しているのだろう。 私よりみんなといた時間が長い総司さんは、私以上に辛い思いをしてきたはず。 それを覚悟したうえで、私は総司さんの次の言葉を待った。 「僕、今がとても幸せだよ。君と添い遂げる事が出来て、こうして一緒に普通の生活が出来ることがきっと何よりも幸せな宝物だ。」 「はい…それは私もです…。」 「この幸せを僕は手放したくない…。土方さんたちは、僕たちの幸せを願って違う道を歩んでいくことを許してくれたんだから。僕らが幸せにならなくちゃ土方さんも他のみんなもきっと怒るだろうからね。」 総司さんは私の肩に顔を埋めて、それ以上は何も言わなかった。いや、言えなかったのかもしれない。 たくさんの人を斬ってきた総司さんだからこそ、この幸せに不安を感じているはず。 私たちだけが幸せになっていいのかと、そう思う事があるはずなのだ。 でも総司さんの言うとおり…土方さんや他の隊士の皆さんが私たちの幸せを願ってくれた。 だから私たちは幸せにならなくちゃいけない。 たとえどんなに小さな家でも、生活が苦しくなったとしても、私は総司さんと一緒に居られるだけで幸せだと感じることが出来る。 それでいい…。きっと間違ってなんかいない。自分の信じた道を歩くことが大切なのだと。 「総司さん…。」 「…。」 「私、今…とても幸せです…。総司さんと夫婦になれたこと、傍に居て欲しいと言われたこと…これ以上にないくらい嬉しいです。だから他には何も要りません。」 「名前ちゃん…僕もとても幸せだよ。いずれ訪れる別れの時がきても、僕は絶対に後悔なんかしない。約束する。」 「はいっ…私も、お約束します…!」 そっと繋がれた手が私たちの誓いの証だった。 きっと大丈夫、不安なんかもう打ち砕いて…前を向いて、ただこの人と生きていくことだけを考えよう…。 たったひとつ、大切な あなたと生きていく事が私の幸せ *END キリリク 桜井ひより様から お題:Largo |