たからもの | ナノ


「あぁ〜!!もうっ、なんなのさっ!!」



僕が突然発狂したことで、目の前の小さな二人は目を真ん丸にして僕を見上げた。
ごめんごめん、と簡単に謝ると二人は僕を気にしながらも遊びに続きを始める。


今の僕はすこぶる機嫌が悪い。
どうしてかって?遡れば1時間前になるかな。
3泊4日の部活の合宿が終わって、へろへろになりながら僕は帰宅した。
そしたら僕の帰りを出迎えてくれたのは、親や姉ではなく小さな二人。
二人は僕の姉さんの子。つまり甥っ子と姪っ子。
お正月で姉さんが帰って来てるのは知っていた。でも肝心の姉さんの姿がない。
リビングを見回して声もかけたのに、その二人以外人影が見当たらない。
ふとテーブルに目が留まる。そこに小さな白い紙が置かれているのに気付いた。
手に取りその紙をまじまじと見つめた。



出かけてくるので、二人をよろしく。 母、姉より



一度紙から目を離し、僕は二人を見た。無邪気な笑顔を振りまいて、二人できゃっきゃ騒いでいる。
この様子なら僕が居なくても大丈夫じゃないか。とりあえず疲れ果てた僕には癒しが必要だった。
僕にとっての一番の癒しは、彼女である名前ちゃん。
ここしばらく顔を合わせていないもんだから、僕の我慢は限界の位置に達している。
合宿最終日の今日は特に酷かった。何人もの後輩を滅多打ちにしてストレスを発散させる。なんて酷いやり方。
でもそうする他なかった。他に方法は?そんな考えが浮かばなくて、とりあえずバカみたいに打ちこんだ。
やっと帰ってきた、と言っても時間は夜。だけど僕は早く名前ちゃんに会いたくて会いたくて…。
その一心で合宿も乗り越えて帰ってきたのに、こんな仕打ちは酷いと思わない?
再び視線を二人に向けると、丸いくりくりした目が僕を覗きこんでいる。そしてこう言った。



「総司にいちゃん、あそぼー?」



小さな悪魔二人が僕に頬笑み、僕には拒否権が無いのだと悟る。
ここで冒頭に戻る。遊ぼうと言われたからには遊んであげようと思ったんだけど、僕の提案した遊びはことごとく却下された。
結局、今じゃ二人で仲良く遊んでいる。溜息をついてそんな二人を眺めていると、だんだん眠気が襲ってきた。
あ、ダメだ…このままじゃ寝ちゃいそう…。せめて寝るのなら、名前ちゃんの膝枕で寝たかった…。
そんな思いも空しく、僕の瞼はゆっくりと降下していく。そのときだった。


♪〜♪♪〜


僕の手の中の携帯が音を奏でる。どうせ平助だろうな…と若干面倒臭くも思えたけど、重い瞼をこじ開ける。
だけど携帯に表示された文字を見て僕は完全に覚醒する。
ディスプレイに浮かび上がる文字、それは名前ちゃんから。慌ててメールを開いて中を確認する。



FROM 名字名前
SUB お疲れ様です
――――――――――――

合宿お疲れ様です。
総司くんの事だから
もう疲れて寝ちゃってる
かなぁ…って思ったけど
メールしたくなって…。
本当にお疲れ様です。
また新学期、学校でね。
おやすみなさい。

――――――――――――




ぷつん…、と僕の中の何かが切れた。
ガタッ!と音を立てた椅子をそのままに、僕は二人の事なんか完全に忘れてコートだけ持って家を飛び出した。


足が重い…とても走れる状況じゃない。もう使い物にならなくなってもいい。
今は早く名前ちゃんに会いたい。会いたくて会いたくて堪らない。
その思いだけが僕の体に力を与えてくれる。
寒空の下、吐き出す息も白く、顔や手は冷たい空気に晒されてひりひり痛む。
ぎゅっと携帯を握りしめて尚も走る足を止めることはなかった。<



「はぁっ…はぁ…!!」



息は完全に上がり、思わず背中を丸めて上がった息を整えた。
こんな真剣に走ったのはいつぶりだろう。僕の体力も相当衰えたものだ。
小さく息を吐き、インターホンを鳴らそうと指を伸ばす。けれどちょっと考えてから寸前で止めた。
きっと名前ちゃんの家族がいるはず。そうなるとこの時間は迷惑だよね。うん、絶対に迷惑だ。
それに彼氏が来たってなったらお父さんが怒るかもしれない。そんな様子が想像できてちょっと苦笑い。
でもどうしよう…メールで呼び出す…?でもこんな寒い中外に連れ出すなんて風邪引いちゃう。
名前ちゃんの部屋を見れば明るい色が灯っている。ふとその隣の木が目に入った。
名前ちゃんの部屋のすぐ横に植えられている太い木。そういえば、名前ちゃんが生まれる前から植えられてたって言ってたっけ?
あれなら…。よくない事だとは思いつつも、家の中に入らせてもらって木に手をかけた。
よし、これなら行ける!僕は足と腕に力を入れて木を登った。
案外スムーズに登れて、やっと名前ちゃんの部屋の窓が目の前にある。



「名前ちゃん…!」



こんこん、と窓を叩きながら小さな声で呟く。するとカーテンが開いて、驚くほど目を見開いた名前ちゃんがいた。
思わずその顔に笑っちゃいそうになる。でもこうして会えた事が嬉しかった。名前ちゃんは窓を開けてくれた。



「そ、総司くんっ?!」

「来ちゃった。」

「え、えぇ?!」

「しー。家の人にバレちゃうよ。」



そういうと口に両手を当てて部屋の入り口へ視線を移す。
もちろんからかったつもりなんだけど、素直な彼女は真に受ける。
その仕草がおかしくて笑うと名前ちゃんは顔を真っ赤にした。



「とりあえず中に入れてもらえない?」

「あ、どうぞ!」



靴を持ってとりあえず名前ちゃんの部屋に入れさせてもらえた。
シンプルだけど明るい色合いを基調とした部屋は、十分に僕の心を落ち着かせてくれる。
名前ちゃんはというと、僕の顔と窓を交互に見ては不思議そうな顔をする。



「なに?せっかく僕が来たって言うのに、おかえりとかお疲れとかないの?」



僕も相当疲れてる。もっと優しい言葉がかけられたのに。
ちょっと低く出た僕の声に小さな肩がビクッと動いた。その姿を見て傷付いたのは僕。
ダメだダメだダメだ。俯いている名前ちゃんの体をギュッと抱き締めた。



「そ、総司っ…?」

「ごめん。あのね、僕ね…、名前ちゃん不足なんだ。」

「え?」

「ちょっとキツく、言い過ぎ、た…。」



と言いかけて、僕はそのまま名前ちゃんの方へ倒れ込んだ。
後ろがベッドでよかった。二人分の体重はスプリングに弾み、衝撃が吸収される。
薄れる意識の中、名前ちゃんが優しく微笑んで呟いた気がした。










眠い眠い、君に会いたい
ありがとう、おやすみなさい





*END
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