「猫」

「え?」

「猫に似ている」

目の前にいる男・明智光秀は私の顔をじいっと見詰めるとそう言った。歴史的に有名な男が目の前にいることにも驚いているけれど、それよりももっと、サブローと同じ顔をしていることに驚いた。そっくりじゃ、そっくりでしょ?そんなやり取りをする同じ顔の二人に、私は混乱してついていけない。ここは戦国の世、サブローもいるからたぶん夢ではない。

「せっかくここに来たんだしさ、この人のお世話をしてもらおうと思って」

「この人って……明智光秀の?」

「そう」

サブローはけろっと言ってみせた。もちろん断る理由なんてないしお城においてもらえるなんて有難い話だけど、いきなり世話をしろと言われても困る。私はまだ着物をひとりで着ることもできないというのに。それに明智光秀なんて気が重すぎる。

そんな私の気持ちを知るはずもなく、明智光秀は丁寧に頭を下げた。つられて私も頭を下げると、明智光秀は優しく笑った。





光秀さまのお世話係になって半年が過ぎた。着物の着方や部屋の掃除も板に付いてきて、今では胸を張って世話係だと名乗ることができる。光秀さまともだいぶ仲が良くなって、今ではいい友達だ。

「猫、好きなんですか?」

日向で気持ちよさそうに眠る猫を撫でていた光秀さまは、少し考えるような素振りを見せて私の隣に腰をかけた。

「そうじゃな。媚びぬところがいい」

「ふうん…私は犬派ですけど」

そうか、と楽しそうに笑った光秀さまは周りに人がいないことを確認すると頭巾を外した。いつ見てもサブローと同じ顔をしている。でも、顔は全く同じだけれど中身は全然違う。サブローと違って紳士的だし、品がある。なんだか、調子狂うなあ。
息苦しさから解放された光秀さまは深く息を吐くと、私と猫を見比べて目を細めた。

「なまえはやはり猫に似ておるな」

この時代に来て鏡を見る機会がだいぶ少なくなったから、自分の顔はイマイチ分からない。確かにもといた時代でも猫目だとか言われていたけれど、光秀さまやお市さまだってけっこう猫目だと思う。じいっと見詰めると照れる姿なんかは可愛らしくて、思わず顔がにやけてしまう。

「私ってそんなに猫顔ですか?」

「うむ…顔も似ているが、性格もそっくりじゃ」

はて、と首を傾げると光秀さまはその顔も似ておるぞ、なんて言ってまた笑った。そう言われるとなんだか意識してしまってどんな顔をしていいのかわからなくなる。光秀さまの頭巾を奪い取って顔を隠すと、珍しく笑い声が聞こえた。ちらりと布の隙間から覗き見ると目が合って、また慌てて顔を隠す。

「わしは好きだがな」

「えっ!」

「猫が」

「ああ…猫……」

勘違いをした自分が恥ずかしくて苦笑が溢れる。当の猫は何食わぬ顔で昼寝を続けていてなんだか憎たらしい。さっきまで光秀さまのことはお友達だとか思っていたのに、一度そういうことを考えてしまうと変に意識してしまう。光秀さまは相変わらずで、でもどこか楽しそうに空を眺めている。その横顔は凛々しくて、自然と溜め息が漏れる。

「がっかりしたのか?」

「がっかりなんて、そんな…」

「わしは、なまえのことも好きだぞ」

くいっと頭巾を引かれて真っ赤な顔が露になる。思っていたよりも近くにある意地悪な顔に心臓がドキドキと高鳴ってうるさい。落ち着け私、光秀さまはそういうつもりで言ったんじゃない。今の好きは猫に対してと同じやつで、決してそういう意味じゃない。

「…それは、どういう意味で、」

少しでも動けば唇が触れ合ってしまいそうで、小さな声しか出なかった。さっきとは違って真剣な顔をした光秀さまは私の目をまっすぐに見詰める。そのまま続きを言えずにいたら、少しずつその瞳が近づいてきて、光秀さまの唇が私の唇に静かに重なった。何秒くらいそうしていたのかは分からない。ちゅ、と短い音がなって唇が離れた時には、頭の中は真っ白で何も考えられなかった。

「……こういう意味だ」

よく見たら光秀さまの顔も真っ赤で、私はその瞳を見詰めることしかできなかった。


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