錬金術の合同授業を終えた放課後。皆が帰っていった後、僕とイデアさんは授業で使った大鍋を囲んでいた。三年生との実習がイデアさんのクラスと合同だと知ってから執拗に……ではなくひたむきに授業の参加をお願いし続けた甲斐があって、久し振りに見る白衣姿のイデアさんはセクシーで素敵だった。今なら箒で城の頂上まで飛べる気がする。鼻歌をうたう僕が大鍋にこびりついた金属屑を浮かせるのをイデアさんはクールな目で見た。

「……それで、滅多にリアルで授業に出てこない僕が今日に限って片付けの当番なのは?」
「偶然ですね」
「実験室の片付け当番は三年生がペアでやるはずだけど、何で二年生の君が残っているんだろう?」
「偶然じゃなければ運命ですね」

できるだけ可愛らしく微笑んでみせるとイデアさんはいかにも胡散臭いと言いたげに目を細めた。疑いの目のうちの二割ぶんくらいは僕の顔が可愛いと思っているのがわかる。つれない態度をしていても彼は僕に甘いので、溜め息をひとつ吐いていろいろな追及を諦めたようだった。
本当は実験室の片付け当番だった先輩方の知られたくない秘密を僕がたまたま知っていて、ちょっとお願いしたら喜んで当番を譲ってくれたのだけど、そんなことはイデアさんは知らなくていいのだ。
授業で使った金属の残り屑を液体に変えていく。別の種類の金属が混ざらないように魔法で浮かせて、それぞれ専用の試験管に入れる。イデアさんは鈍く緑に光る銅錆を集めてしずくにし、大鍋から宙に浮かせた。地味なわりに厄介な作業として多くの生徒には嫌われる作業らしいが、何時間でもしていられると思った。

「はぁ、随分ご機嫌だね」
「えぇ、イデアさんと一緒の授業でしたから」
「……本当によくわからないところで健気だよね」
「今、可愛いって思いました?」
「…………オモイマシタ」
「嬉しい」

イデアさんは少し照れたように唇をもにもにと動かしてから、思いついたように言った。
「……可愛いアズール氏にいいもの見せてあげよう」
「ワォ、何でしょう?」

イデアさんはちらりと僕に微笑みかけてから(最高にスマートだ)鍋から集めていた鉄錆のしずくを宙に浮かせて、しずくが垂れた瞬間に指先を振った。一瞬遅れて、一滴だった鉄錆が飴玉のようにぽわりと膨らみ、その赤く震える球から赤金色の火花が散り始める。はじける火花は、嵐の日に水面に打ち付ける雨のように勢いを増していく。

「……すごい」
「触ったら熱いから気を付けて」
彼の兄としての性分がそうさせるのか、思わず手を伸ばしそうになった僕をイデアさんは優しい口調でとめる。

「この間、溶接をしてた時にたまたま反応して面白かったから。アズール氏こういうの好きかと思って」
眉を下げて笑う表情にきゅう、と胸の奥が疼いた。自分の体の中にまではじける火花が届いたように錯覚してしまう。

「……えぇ、好きです」

少しすると火花は最後にぱちりとはじけ、膨んでいたしずくは元の鉄錆のしずくに戻った。イデアさんはしずくを試験管に収めて僕に手渡した。

「やってみる?発火の魔法と要領は同じだよ」
「試してみます」
鉄錆を空中に浮かせる。同じようにペンを振ると小さな火花が空中に飛び、そこからしずくに反応して僅かに赤くなった。しかし火花は僅かに爆ぜただけで、イデアさんが見せてくれたようにはじけて光らない。

「む」
「びゅーん、ヒョイよ」イデアさんはふざけて笑ったあと、後ろから抱きしめるようにして僕の利き手をとった。急に近付いた距離に頬が熱くなる。

「できるだけ静かに……ペンを軽く握って……もう一度……」
浮かんだしずくに向かって、ペンを振る。発火の魔法の熱だけを送るイメージ。命中した手応えがあって鉄錆のしずくを見れば、確かにそれは赤く融けて膨んでいる。小さな火花が散り始めて、やがて金色の光が大きくはじけた。

「できた!」
「上手」
にやりと笑うイデアさんの目に、はじける光が映りこんで綺麗だった。いつまでも見ていたいと思った。

「すごく綺麗ですね」
「こういうの好き?」
「好きです」

キスがしたくて顔を寄せたらゴーグル同士が音を立ててぶつかって、思わず笑ってしまう。ひとしきり笑ったあと、イデアさんが自分のゴーグルを持ち上げて僕にキスしてくれた。閉じたまぶたの裏で、僕たちの魔法の火花が光ってはじけた。







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