(888番キリリク:一緒にお風呂に入る💀🐙)



アズールはベッドで過ごしたあと、あたたかい湯を張ったバスタブに浸かることを好んだ。
バスタブの中でふたりで肌を触れ合わせていると不思議と落ち着くことができたし、芽生える性感や欲望のようなものもその場に馴染んで当然のことに思えた。湯気がバスルームに満ちるように、恋人同士のあまい雰囲気に情事の気配が溶けていく。鈍く軋む体もあたたかい湯の中でほぐされる心地がした。イデアはほう、と息を吐く。
寮長室の特権で、イデアの部屋には専用のバスルームが備え付けられている。暗い色のタイルに明るいブルーのシャワーカーテンが目立つ。何度かアズールの部屋のシャワーを借りたことがあるが、彼の部屋のインテリアに合わせたプリンセスみたいな空間で妙にどきどきしてしまったことを覚えている。
「何ですか?」
バスタブの中でアズールの左手を持ち上げていると、ゆるやかに蕩けた口調で彼は尋ねた。吐息混じりの問い掛けが色っぽくて少しだけ腰のあたりがくすぐったくなる。
「ううん、なんでも」
背中から抱きこんだ肩口を甘噛みして、あたたまった肌のにおいを吸い込んだ。清潔に刈り上げられた襟足に口付ける。一房細い巻毛がくるんと円を描いているのが可愛い。イデアには馴染みのない、ウェービーヘア特有のものだ。
僅かな身動ぎにも水面は揺蕩う。ためしに腰を押しつけるようにすると、アズールはくすくす笑った。
「このあいだ逆上せてもうバスタブではしないって言っていませんでした?」
「ムッ、記憶にございません」
「ばかなひと」
「若き魔導工学の天才にそんなこと言うのアズール氏くらいだからね」
「魔導工学の天才も僕の前ではただの先輩です」
そんなことを言って笑う。
「せめてかわいい彼氏、くらい言ってよ」
「んふふ、かわいい僕の男ですね」
他愛無い戯れが許されるのが嬉しくてしなやかな体を抱きしめる。少なくとも、育ち盛りがふたりで入ることを見越していないバスタブは狭く、背中から抱きしめるようにすればあまり他の動きはできない。アズールが器用に腕の中を抜け出して、体の向きを反転させる。(それが蛸の人魚であるが故の身のこなしなのかはイデアにはわからない。)レンズを介さない青い目がまっすぐにイデアを見て細められる。そっと体が寄せられてキスをした。
粘膜を触れ合わせるような深い口付けにかわっていきながら、アズールの手がイデアの薄い胸のあたりを撫でる。どこまで本気なのか、その手つきにはベッドの中の仕草が混ざっていてはらの中がそわそわと落ち着かない。期待まじりに悩ましくくびれた腰を手のひらで撫でると、感じやすいアズールはそれだけで鼻にかかった声を上げた。
離れていく唇を追うように一度キスをするとアズールは嬉しそうに微笑みをつくった。
「……したいの?」
「できるんですか?」
質問を質問で返して、アズールは挑戦的に首を傾げた。
シャワーを浴びる前に既に二回愛を交わしている。屈強な運動部ならまだしも、体力のないことでは学園で一番の自信があった。悩んだ様子のイデアをやさしく笑って、アズールは正面からイデアを抱きしめた。触れ合ったところから、お互い少し兆しているのがわかるが、決定的な欲望には発展していない。渇望するような欲や寂しさは既に満たしあっている。その上で、こうして肌を触れあわせていっしょに過ごせることがよかった。
「アズール氏が手伝ってくれればできるかも」
「手伝うって、どんなことを?」
「上に乗ってくれるとか、エッチなポーズで誘ってくれるとか?」
「ふぅん、イデアさんはそういうのがお好きなんですね」
「たまにしてくれると嬉しい」
「リストに入れておきましょう」
笑って、お湯の中で自分の膝に跨るようにして座るすべすべとした脚を撫でた。その二本の脚に掛けられた魔法を思う。ふたりはどうしたって違う生き物だけれど、それも良かった。
これからバスルームを出たあと、お互いの体が恋しければそのまま睦あってもいいし、新しいものに替えたシーツの上でただじゃれあってもいい。ラフな服に着替えてゲームをしてもいい。
バスタブの中では蛸の人魚でも呪われた家の嫡男でもなく、ふたりはただ好きあうふたりでいられる気がした。






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