(0321無配本「ULTRAFLICKS」収録予定)


プールの縁に腰掛けて、浸した脚を動かす。夜空を反射させたゼリーのような水面がゆっくりと波を立たせて、脹脛まで捲り上げた制服の裾を濡らした。海の中では波は全身を包むものだったから、こんなふうに濡れることを気にしたことがなかった。
アズールは水の中で揺らめく自分の爪先を眺める。アズールにとっては、二本きりの頼りない脚のほうがむしろしっくりと馴染んでいるように思えた。海は確かに愛すべき故郷だけれど、自分の重力を両脚で支えて歩いていくほうが性に合っている。それに、陸の上を離れがたく思う理由もできてしまった。
「いいの? モストロ・ラウンジの支配人がこんなところにいて……お祭り騒ぎで浮かれた陽キャの財布の紐が緩んでいる今こそ稼ぎ時では?」
静かな声に振り返ると、見慣れた痩身が自分を見下ろしていた。青く烟る髪が暗がりの中で揺れる。
「イデアさん」口を開いた瞬間、大きな音を立ててふたりの頭上高く花火が上がった。まばゆい花火の逆光でそのシルエットが照らし出される。
「探したよ」
イデアはそう言って、アズールの隣に膝を抱えるようにして腰を下ろした。夜のプールサイドにほかに人影は無い。
頭上にまた花火が開いた。音は光よりわずかに遅れて空で炸裂する。水中では目に見えるものとあたりに響く音に差はなかった。理論は理解しているけれど、その違いにいまだに驚かされる。興味深いものばかりだ。
年度最後の期末試験最終日の夜、学園の空には花火が上がり、悪童たちの学業からの(それが一時的なものであれ)解放を祝っていた。あとは長いサマーホリデーまでの数日間、生徒たちは寮の自室の片付けを始める。それはつまり、イデアとアズールが一緒に学園で過ごせる時間が少なくなってきたことを意味していた。
「君は……」イデアはそこで言葉を切って、頭上で弾ける強い光を見上げた。
「光の中にいるのが似合う」
水面に反射した花火を見ていたアズールも静かにイデアの横顔を窺った。薄暗がりの中で燃える髪に照らされたイデアの整った鼻梁が見える。骨ばった肩に凭れて、アズールは囁くように言った。
「ほんとうはこれくらい静かなほうが好きです。強い光はまぶしすぎる。僕にはあなたの炎が……」
そっと呼吸を止めあう。伏せられた瞼の奥、金色の瞳をアズールは思った。そこに潜む苛烈な感情も知っている。花火が金色の光を散らして弾けた。
これ以上時間がはやく進まないように、世界がまだきらびやかな微睡みの中にあることを祈った。







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