夜中のラーメンは孤独な味がする。塩分が体に染み渡って、世界に自分はひとりぽっちみたいな気持ちになる。たぶん宇宙食もこんな味がするのだろう。学園の食堂はいつも上等なレストランも顔負けの料理が並んでいたけれど、たまに登場するレバー・ハンバーグとラーメンだけは決して美味しいとはいえない代物だった。
校舎も粗方灯りが消されて、食堂とその周りの廊下だけが暗い夜に浮かび上がっている。この時間になるとさすがに人も疎らで、フードを深く被っていれば誰も僕が呪われてることや髪が燃えていることにも気がつかないようだった。
マナーとして、というか常識として、ラーメンやソバを食べるときには箸を使うことが推奨されているのは知っているが、僕はいつも安っぽく黄色い麺をステンレスのフォークでパスタのように巻きつけて食べていた。食堂のプラスチックの箸が嫌いだ。手に馴染まないし、傷ついた表面が何となく不衛生な気がする。そしてまず、僕はマナーだとか常識だとかいうものが嫌いだった。
スマホのソシャゲをタップしながら、すっかり伸びて旨さの気配すらない麺を口に運んでいく。イベント限定のレア装備はドロップしそうにない。そもそもこのゲームだって惰性でやっているものだった。そう必死になって回すほどのイベントでもない。なんとなくストーリーは冗長だし、キャラ絵はエロ狙いすぎてキャラクターの良さが損なわれてしまっていた。しょっぱいだけで深みに欠けるこのラーメンと大概変わらない。

そうやってだらだらと食事を摂っていると一人の生徒が食堂に入ってきた。もうじきに食堂も閉まるはずだけれど、と思いながら反射的にちらりとその生徒を窺う。
きれいな子だなと思った。今までに見たことがないので、新入生だろうか。白っぽい銀の髪を神経質そうに整えていて、すらりとスタイルもいい。ちょっと辺りを見渡したときの流し目が芸術的だった。配信をやっていたら投げ銭を送りたくなる。麗しのヴィル氏のほかにも、立ち振る舞いだけでお金を稼げそうな人物がいるものなんだなと感心した。(彼は学園でカフェ経営を目論み、その時も食堂の利用状況を偵察にきていた強かな一年生だった。立ち振る舞いだけでお金を稼げそうと言えばすぐさまその手の事業にも乗り出しそうだったが、彼のそうした気質のことをこのときの僕はまだ知らない)とにかく、一度見たら忘れられないくらいの印象深い美形だった。
片手間にラーメンを食べながら、不躾なくらい彼の姿をじろじろ眺めていた。すると粘着質な視線に気がついたのか、彼がふとこちらを見た。慌てて目を逸らしたが、少年はすたすたとこちらへ歩み寄ってくる。
「失礼ですが、貴方」
シャープな眼鏡の奥で彼が目を細めた。髪と同じ色の睫毛が鳥の羽ばたきみたいにその瞳の上で上下する。声まで凛としていて、スマートな響きがつくられていた。失礼ですが、なんて人生で言ったことがないかもしれない。
「…な、な、な、何?」スマートでもなんでもない吃りで返すと、彼は僕の座っているテーブルに手をついてにこりと笑った。あまりに美しい微笑みだった。何か面白いものを見つけたとその表情は語っている。この場合、面白いものというのはおそらく僕のことだ。
「どうしてラーメンをフォークで食べているんですか?」
豪奢なシャンデリアの下、伸びた不味いラーメン、スマホからはつまらないゲームの効果音が薄く流れたままになっていた。どうしてフォークで食べているのかって、プラスチックの箸が嫌いだからだ。目の前にはきれいな子が僕の目を覗き込むように身を乗り出している。その瞳には徹夜明けで唇の端が乾燥して切れた僕がうつっている。
これ以上にロマンスのかけらも無い二人の出会いがあったら教えてほしい。でも僕は愚かにも、彼のきれいな両目に見つめられたその瞬間、人生ではじめての──そんな要素がちっともない状況にも関わらず、このくだらない惑星の重力にしたがって──センセーショナルな恋に落ちてしまったのだ。








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