日付が変わった頃、海に帰っていたはずの君が突然僕の部屋を訪ねてきた。
「アズール氏!?どうしたの」
「イデアさんに会いたくて、お邪魔でしたか?」
僕はその時弟のためのプログラムを組み終わったところで、もちろん君の突然の来訪が邪魔なわけがなかった。ぶんぶんと首を振って、僕は君を部屋へ招き入れる。去年の夏に君が学園を卒業して、海に帰ることになりましたと告げられてから一年。それからメッセージも電話も繋がらなくて、まったく音信不通になっていた。僕には探究すべき問題が山のようにあったし、きっと君も海で片付けるべき些細な障壁を打ち砕いているんだろうと思っていた。この陰鬱な孤島の自室で、君がその美しい悪魔のような笑顔で有利な取引をもちかけ、有象無象を蹴散らしくさまを誇らしく夢想していた。

君はどうだったか知らないけれど、僕は卒業してからも学園でふたりで過ごした時間が忘れられなかったし、君を思わない日はなかった。
一年ぶりに君を抱き締めると、君も強く僕を抱き締め返してくれた。柔らかい銀の髪から君のにおいがして、夜中の逢瀬が夢でないことを伝える。会いたかったと言葉にする前に、君が同じことを言った。僕も会いたかった。どちらからともなく顔を寄せて、目を閉じた。触れ合った唇の温度が恋しくて仕方なかった。君はきれいに笑う。

「久しぶりにデートをしましょう」
そうやって手を引かれて、僕も浮かれてしまっているから今が夜が深い時間だってことも忘れて全部を放り出して部屋を出た。海に行きたいなんて言う。
いやに月が輝いている夜だった。
夜がぜんぶ液体になったみたいな黒い海が僕たちの目の前に広がる。
「あなたといつか海に来たかったんです」
君の綺麗な革靴が駄目になっていく。僕はそこでようやく連絡もつかなかった君が突然訪ねてきた理由がわかった。僕らの頭上で金色に満ちていた月が僅かに欠け始める。
確かに握っていた手から君の冷たい指先がするりと抜ける。僕一人の影が砂浜に落ちて、二人分の足跡を波が攫っていく。大きな水のうねりに君の名前を呼んだ。

そうか、これが最後だったんだね。




(人魚と孤島の王子)





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