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薔薇の王国って牡蠣が有名なんだね、って確かにそんな会話をしていた。 例によって図書館の机での会話だったように思う。 そうだよ、好奇心は牡蠣をも殺すって教訓もある。何それ、とフロイドが言ったらリドルは読んでいた本を閉じてその逸話を教えてくれた。たまたま彼の機嫌が良くてフロイドに構ってやれるときだったのかもしれないし、単にハートの女王の法律で《人に教訓を伝えるときにレポートの参考図書を開いていてはいけない》と決められていただけなのかもしれない。とにかく、リドルのグレーの大きな瞳が自分に向けられたことが嬉しくて、そのとき語られたことの何一つも覚えていない。ただ、机にからだを預けてオレ牡蠣好きなんだよねと言ったら、リドルはつれなく、そう、とだけ答えてまた本のページを繰るのに戻ってしまった。
学園を卒業して三年が経った今、フロイドの目の前には芸術的に盛られた生牡蠣の山があった。ダークトーンではありながらラフな制服のウェイターがフロイドにビールを、リドルの前にコーラをサーブしてそつない足取りで去っていく。 「コーラ?」 「うん、車の運転があるから」 フロイドの驚きを、リドルは酒を飲まないことへの非難と捉えたらしかった。そうじゃないけど、と言おうとした声は周りの席のざわめきにかき消されてしまった。 仕事で薔薇の王国に行くから会えないかとリドルへメッセージを送ったのは一週間前だった。きっと忙しいだろうと思っていたのに、なら食事でもと返事が来たのはまさに青天のヘキレキというやつだったのでないだろうか。そうして待ち合わせをしたのが長年続く有名なオイスターバーだったのは、学生時代の他愛もないやりとりを覚えていてくれたからだと自惚れていいのだろうか。 「乾杯」 隣のテーブルが大きく騒いだのでふたりはずっと顔を近づけあってグラスをぶつけた。 「何に乾杯してくれんの?」 「ボクたちの……再会に」 リドルはそう言って少しだけ微笑んだ。あの頃より少女めいた輪郭の丸みが削げて、少しだけ大人びた同窓生の顔をまじまじと眺める。 アルコールを好まないことを知っていた。炭酸飲料の類もあまり得意ではなかったはずだが、黒い砂糖水みたいなジュースを飲んでいる。髪と同じ色をした長い睫毛が上下するのも、身長が頭ひとつ以上差があるのも変わらないのに、知らない間に変わっていくこともあるのだと静かに驚いた。 彼が赤くてつやつやした格好いい車に乗っていることを知っている。この駅からそう遠くない街にアパートメントを構えて一人暮らしをしていることも、最近迷子のオウムを保護して、優しくその面倒を見ていることも知っている。頼んでもいないのにジェイドがどこからか情報を仕入れてフロイドに伝えてくるからだ。 大きな牡蠣を皿にとってレモンを搾る。刺々した外殻に、内側の真珠層が虹色に輝いている。たっぷりとしたミルク色の実を丸ごと口の中に放り込む。あまくジューシーで、広がる潮のにおいに海にいた頃を思い出してつい頬が緩んだ。 「おいしい」 「良かった、気に入ったかい?」 頷いて、またもう一個生牡蠣に手を伸ばす。リドルも小さな口いっぱいに牡蠣を頬張って、満足そうな目をしていた。ビールを飲み干したせいか、その目を見ていると妙にふわふわとした心地がする。フロイドの身長には少しばかり小さいテーブルの下で脚を組み替えたら思い切り天板に脚をぶつけてがたりと音が響いた。(騒がしい隣のテーブルが一瞬で静まり返った。)リドルにマナーのなっていないことを謝ると落ち着きがないね、と窘められた。それだけでぞくぞくと嬉しくなってしまう。 「あは……ねぇ、オレ酔っ払っちゃったかも」 「いいじゃないか、この際面倒を見てあげるよ」 「金魚ちゃんの家に連れてってくれるの?」 試しにとっておきの表情で首を傾げてみせたら、コーラしか飲んでいないはずのリドルも白い頬を耳まで真っ赤にして、それでも努めてクールな声で言った。 「そのために車で来たんだよ」
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