向日葵の背に乗る(芥川)

むせかえるような夏がもう直ぐやって来る。
 懸命にペダルを漕ぐ樋口の背は小さく、樋口に教わった様に自転車に乗る己は少し滑稽だと思いつつ、芥川は宙を見上げた。
 芥川の肌は焼けにくく、病的な白さを有す其れは長時間日を浴びれば健康的な黒さになるどころか、火ぶくれのように赤くなって焼け付く。夏が深まれば、多少の外出は問題ないにせよ、長袖の服は避けられない。
 それでいて、冬はどうなのかと言えば、貧民街時代に病んだ肺が寒さでやられており、如何にもならない。咳はもっと酷くなり、肺は焼けた針を刺すように痛む。
 近頃は樋口が甲斐甲斐しく世話を焼くおかげでましにはなったが、どちらにせよ、夏も冬も良い季節ではない。
 ちら、と此方を見る樋口に気が付き、少し車体が揺れるのが理解できた。

「樋口、余所見をするな」

 樋口の事だ、余所見等すればあっというまに自転車を倒しかねないと芥川は思う。
 こんな時に車でなく自転車という、駐車場に現れたときは呆れたが、不思議と珍しいそれに別の車の手配を頼む気は失せていた。思えば、幼子の頃から芥川はこの手の乗り物に縁が無い。移動と言えば初めからついた両の足程度しか使う事が無く、日々の食事でさえ満足にありつけぬ始末、紙や鉛筆に至るまである種羨望の品であった。自分がポートマフィアに拾われてからも、そういうものに縁はなく、見かける事はあれど触れる事等なかった。
 知らぬと言い放った己に樋口の指示の通り、横向きに乗ればそれに一通り悶え苦しんで時間を浪費する為、樋口に呆れはしたが、ややあって元気に自転車を漕ぎだしたので、したいようにすればよいと放った。樋口は気にしていないが、大の大人が二人自転車に乗っている上、何が奇異なのかとんと検討もつかぬが街を行く人々の目線が痛い程此方を刺す。

「先輩が落ちてないか心配になって」
「僕を愚弄するか」
「していませんが、その、芥川先輩は軽いので」

 先ほどとは違う車輪の音に目を向ければ、空を仰ぐ樋口がいた。団子になった頭の上で纏めた髪が己の方に落ちてきて、距離が近くなる。
 口の先から樋口と声を落とそうとして、ガクンと突然揺れた自転車の上で危なっかしく芥川の胴が揺れてその拍子に別の器官へと言葉と唾液が入って、此方を向いた樋口に前を向けと絞り出すように発したが、堪えきれずに咳が落ちていく。

「せ、先輩大丈夫ですか?」
「埃が喉に入っただけの事」

 声をかけようとして込んだ等と知られなくて良い。喉をさすってふと樋口の余所見の原因が己なら、どこかわかるようにすればよいかと思ってスーツの生地を摘まむ。
 そうすれば、目に見えて姿勢が良くなり、自転車のスピードが上がった。頬を撫でる風を感じて、樋口の漕ぐ自転車の向日葵の色と芥川の黒外套が対照的にはためくのが目につき、少し和らいだ気分になってそのまま薄く目を閉じた。




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