かわれる猫のひねくれた事(福沢)
其れはいたくつまらぬ目をした猫の娘だった。つまらぬという割には、そういう風を装った様子で分かり切った外を眺めるのだから、少し気になってみていれば、尻尾をゆらりと揺らした。
『福沢さん、ダメだからね、買ってきたら』
再三二人の養い子から重ねられて言われれば流石に分かる。だが、それと此れは別の事だった。ほう、と息を吐いて硝子に映る彼女に寄れば、その眼が此方を見た。まるで威嚇するような様子に、懐のちゅーるとやらを出そうとして探したが、手持ちに無いのとで出せずに眺めていれば耳を揺らした。痂疲もなく、値だけが吊り下げられていて、勿体無いと素直に思う。
『福沢殿、そんなに飼いたければ飼ってしまえばいいじゃありませんか。なに、一瞬ですよ』
そう愛猫だという少女は死ぬだの大騒ぎしながら言うのに、エリスちゃんごめんね、外に行くためには首輪が必要なんだよお願いだから…と頬を緩めながら、腕を赤く傷だらけにして宣う鴎外に福沢は少しだけ引いた。
「お客様。そんなに見つめられると照れてしまうわ」
物思いにふけっていたら、彼女は硝子に手をぺたりと付けながら言って、耳をせわしなくはたはたとしてみせた。言葉のひとつかけようとして、なんといえばよいのか、人とは違うそれに戸惑う。
「ねぇ、耳なんか見ても何も出ないのよ貴方。ほら、赤毛なんてどこにでもいるわ」
やっぱりつまらなそうに言って、顎で横をしゃくって尻尾が硝子を叩く。伸びやかで艶のある赤は黒白の部屋の中で一層目立つ。彼女の感情がどうであろうと、それは色鮮やかで真冬の世界で赤々としていた。
綺麗と言うには憚られるが、いっそ世界を燃やすような其れは触れる事あらば暖かいのだろう。酷く羨ましいという様子で見られた横の、別の其れは私を見て退屈そうに微笑んで舌を出す。
養い子の二人も文句は言わないだろう。入ってすぐさま店主に金子を渡して、あの硝子に居る彼女を向え入れたいといえば驚いた様子でこちらを見て、金子を数える。ごまかしの一つもないのを確認して、モンゴメリ、モンゴメリと呼ばれてそれはやっと振り向いた。
威嚇よりもっと強い感情がすぐに雪の様に解けて、警戒する色を見せる。乱歩も晶子も喜ぶだろう。慣れるまでに時間はかかるかもしれないが。
「これを迎え入れたい」
そう言えば、はっきりと彼女は濃い碧玉の眼を見開いて、ぶわりと尻尾と耳の毛が膨らんだ。そうだ。名前を決めなければいけないが、こういうのはあの二人も交えて話した方が良い。きっと喜んで辞書を引くなりするだろう。鴎外殿の言う一瞬はすぐにきそうで、福沢は少し微笑んだ。