作戦参謀は今日も天を仰ぐ



ルイーザ君、この作戦についてだが。
はい、フィッツジェラルド様。

 できる限り利口に、作戦のどの部分について聞かれても良いよう空で凡てを頭に詰め込んでオルコットは振り返った。手にもった作戦書をもっとよりよくするため、資料室からありったけ集めてきた紙の束と元より分厚い作戦書で非力な体は傾きそうになったが、負けるわけにはと足に力を籠める。

「もっと派手にしてくれ」
「…………ど、どの部分でしょうか」
「作戦16の…ああ、あった。この項目だよ。ルイーザ君」

 朗らかなフィッツジェラルド様の周りはまるで天上より舞い降りたような冷涼な空気と光で満たされていて、まぶしさに目がくらみそうになる。オルコットに与えられた部屋まであと数歩というところであり、それゆえに資料室から引っ張り出されてきた資料の数々に軟な上腕の筋肉が打ち震えて崩れそうになる等些末なことだ。オルコットは資料の下敷きになっていた作戦書類を引っ張り出して、これまた分厚い其れを捲った。

「…さ…作戦16、奇襲の要として、事前に配置された_____「否、そこだ」は、はい?」
「奇襲というのはもっと相手の心理に想像つかぬものを浴びせる事が出来る。待ち受けるなど手緩い。だろう、ルイーザ君」

 にぃ、と笑みを浮かべたフィッツジェラルドはオルコットの良く知る表情で最も崇高きょうあくなそれであり、フィッツジェラルド様はなんて輝かんばかりの眼がつぶれてもおかしくない崇高な存在で現実に存在していらっしゃるのだろうとぼんやりオルコットは思った。幸い、幸運にもオルコットの両眼ははっきりとその顔を捉え、そして正常に機能している。

「それに、相手は俺の手の内も同然。万が一にも敗北と言う文字は存在しない。優秀な部下の配置も、ルイーザ君の作戦の内容は完璧だ。しかし…先の議題にあげていたように相手の戦力は子ネズミ程度、だが」

 そこで一度切って、私を促す。

「あっ、___え…っ、ぁ、の…相手組織は人数も少なく…脆弱です……ですが、構成員は組織のボスを非常に慕っており、……せ、戦意は失われておりません。フィッツジェラルド様の敵には成り得ませんが、……が、窮鼠猫を噛むというというように、相手の戦意がある以上、組合ギルドにもある程度の被害は発生するかと……」

 戦意や士気というのは何人にも恐ろしいものであり、其れは測りがたい影響力を持つ。脆弱且つ少数であれど、背水の陣のように決死の状況で活路を見出す事や更なる成果をあげる事もあれば、大軍や堅牢な砦ででさえ、いとも簡単に陥落する事さえある。____組合ギルドは仮にも陥落するような事が起こる訳が無く、オルコットの計画書は万が一、億が一にもそんな事が無いように緻密に練られたものだ。彼の組合が一抹でも滅ぶフィッツジェラルドさまがまける等、思考の余地も許されない。

「子ネズミをつぶすなぞ、俺には容易い。が、ただ潰すだけでは詰まらんだろう。相手が買収できなかった以上、それに甘んじるよりは戦意を削ぐ方が魅力的だ。なにせ、相手は俺の首を掻き切る気概があるからな」

 圧し折られた戦意がどれほど脆弱で其れを糧にした者が脆い烏合の衆と化すものか、フィッツジェラルドはよく知っていた。見慣れた光景だ。

「それに、力の差を歴然とさせれば、面白い見世物にもなるだろう?」

 オルコットは必至にこくこくと頷く。自分の主人は娯楽の一種としてこの抗争を捉えているのだ。そして、ただ終わらせるには詰まらないと。
 だから、余興として派手なパフォーマンスを期待するのだ。それが相手にとってどれほど凶悪で、派手な出し物だけでは終わらない事は明確ではあるが。

「では、すぐに修正し給え。君の作戦は長編で長いが、期待している」

 時間は有限であり、フィッツジェラルド様を待たせるなどあってはならない事だ。そうして去った姿を茫然と見送る前に、耐えきれなくなった手からばさばさと資料が滑り落ちて行く。
 解放された両腕とは裏腹に、期待と派手にという言葉だけがぐるりとオルコットの中を巡った。



文スト 短編


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テーマ「人外ファンタジー」
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