「黒田様はあんなに大きくなったのに、まだ夢があるんですねえ」
いつだったか、散々われの数珠にお手玉として遊ばれ、覚えてろだのいつかでっかくなってやるだの言い残して逃げていった後。
小雨が小さく笑いながらそう告げた。
常日頃天下天下と悪びれもなく叫ぶあれに又兵衛と呼ばれるだけの脳が詰まっているのか疑い深いが、左様に夢か。
夢なら幾らでも見た所で責める者もあるまい。
「子どもの頃はなりたいものもたくさんありましたね」
「あれほど図体のでかい子どもなど虫唾が走る」
「あの体で駄々をこねられたら…」
「…恐ろしいことを言うてくれるな、粟肌物よ」
そういうと隣に立ったままの小雨はまたころころ笑う。
髪が今よりほんのわずかに短い。
白地に朱の模様の、着物を着ている。
「私小さい頃はかまどや枕になりたかったんです」
「ヒヒ。物には八百万の神が宿るでな、そのような大層な物に人間風情がなれるはずなかろ」
「う……」
相も変わらずわけの分からぬことを至極真面目に語る。
こう見えてわれの言葉に弱まる気質と、われの脅しに負けぬ気性がある故、暇にはならぬ。
「ぬしのなれるものなど物好きの嫁か、変人の家内か、人外の奥方が良いとこよ。小雨殿」
「私の未来はずいぶん開かれてるんですね吉継様……」
ちょうどその時、どこぞへ走って行った黒田が耳障りな叫びと共に残滅される音が響いた。
恐らくは三成だろう、と考えたや否や、庭の向こうからぼろ雑巾のようになった黒田を引きずりながら凶王が姿を見せた。
並ぶわれらを一瞥すると、また黒田が不穏な発言をしたとかどうとか、そのようなことを太閤殿へ伝えに行くという。
そのまま返事も待たずにさっさと去っていった辺り、あれなりに気を使ったのかも知れぬ。
「石田様のなりたいものは結構分かり易いですね」
「結構も何も、それで体の動く男よ。太閤殿も喜ばしかろ」
時に、と顔を横に向ける。
「今のぬしになりたいものはないのか」
「今ですか?」
不意な質問にも関わらず、小雨はさして戸惑う様子もなかった。
そうして浮かべた笑顔は子どものようにも大人のそれにも見え、これが笑っている以外の顔を見たことがないのを思い出す。
「私は石田様と黒田様になりたいです」
「……はて、あれら二人に共通点がとんと見つからぬが」
それが一つだけありまして、と心底羨ましそうな笑みを浮かべて、こちらを向いた。
「私、吉継様を刑部って呼びたいんです。本当の仲良しみたいで、素敵でしょ?」
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