大谷吉継 | ナノ





それには振動らしいものが全くないというのに、なぜだかその浮遊感だけは染み入るように気がついた。
多少の瞬きを持って僅かにまぶたを開くと、視線はいつもより高い位置を漂う。
私は、浮いている。



「刑部…?」



目の前に刑部の幾重にも包帯が巻かれた白い肩があった。
刑部の膝中に座る形で私はその肩にもたれ掛かっていて、うつらうつらと意識を覚醒させる。
どこかで寝てしまった私を、運んでくれていたんだ。



「もうしばし寝ておれ。直に部屋よ」

「うん……」



固く丈夫な包帯へ眠け眼を押しつける。
様々な薬のほの甘い香りと薬草の緑くささが織り混ざった、刑部の匂い。
死んでしまった人が纏う厳かで、秩序通りの生の残臭。



「…今日は星が出てる?」

「ああ、満天の星ぞ。見やるか?」



ふるふるとかぶりを振って、頬をその肩に乗せた。
私の中ではとっくに眠気が勝ってしまったらしい、それを知ってか刑部も息を一つ吐いただけだった。



「まあ良い、そのうち嫌と言うほど見るであろ。災いの星が降り注ぐ世にも美しい空をな」

「皆不幸になるの」

「そうさな。皆等しく同等の苦しみを味わい、己が不幸を呪う日はそう遠くはない」



我はそれを待ち望む、と言葉を区切った時、刑部の手がとある襖を開いた。
月明かりが射し込み、蒼い闇が充満した私の部屋。
すでに敷かれた布団へ私を寝かそうと輿を畳へ着地させるも、それには気づかない振りをした。



「じゃあ、私も不幸になるの?」

「…ぬしはならぬ。われの嫁となる以上に不幸なことなどこの世にありはせぬからな。卯の目を見るより明らかよ」



そう言い、緩やかに私を離そうとする手に抵抗して私は刑部の首元に両腕を回す。



「…私は皆一緒に不幸になるの、難しいと思うよ」

「ほお、何故だ?」

「…何となく」



そう答えたところで刑部が満足しないことこそ卯の目を見るより明らかだった。
今も無言で私の腰に回した手へ力を込めている。
だから、例えばだからね、と念を押して続けた。



「家康さんが皆幸せにしたがってるけど、そうなったら刑部は不幸でしょ。だから刑部が皆を不幸にしたがっても、そうなった方が幸せな人が出てきちゃうよ。きっと」




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