何かを誤魔化すように筆をさっさと動かし、描いた目に涙の線を描き足した。
「そらぬしよ。」
「え!?」
口をあんぐりさせたので丸い口元も描き足してやる。
「想像よりも遥かに似たわ。」
「わ、私こんな顔で泣きませ――」
「さて丸かじりといくか。」
「やめてー!」
慌てて手から柿を取り上げようとする様をからかいながら、数珠に乗せて決して手の届かない高見へ追いやった。
からからと笑う声が耳に届き、はて泣かせるつもりがなぜ笑っているのかと思うと、それが自分の笑い声であることに気づき驚愕したのを覚えている。
そんな日が幾日も続いた。
薬のせいか時間のせいか、ここのところずいぶんと体が軽い。
外までは出られずとも、部屋の周りの廊下でも歩くかと、久しくぶりに布団から起きてみた。
杖を使えば遅くともまだ歩くことが出来る。
いつまでか保つのは知らぬが。
ゆるりゆるりと歩みを進めていくうち、女中部屋の近くを通ると、賑やかすぎる話し声が聞こえてきた。
見つかって挨拶でもされれば面倒と幾らか足を早めて通り過ぎようとしたところ。
「 、 。」
「 。
、 。」
「 、 。」
その夜から酷い熱が出た。
実を言えば幾日か前からその兆候は出ていたが、肺と気分が良くなったためにさして気にしていなかった。
熱で夜半に目覚めることほど気怠く恐ろしい物は無い。
人もおらぬ、声も出ぬ、深い眠りにも戻れぬ。
焼け付きそうな喉と朦朧とした意識で遠い朝を待つだけの時間。
そんな時に悪夢はやってくる。
細く、頼りないほど白い首を、更に白い物が締め上げる映像が、焼け焦げた紙の隙間から見える。
白い首の上には小雨の泣きそうなかんばせ、締め上げているのは、包帯の巻かさった己の腕。
ああ今自分は一つの花を手折ろうとしている、一つの星を落とそうとしている。
ただ咲いているだけの花ではない。
幾百の中の星ではない。
自分にその手で触れた花を。
自分がこの手で触れた星を。
有り得るはずのない物を。
ぽたりぽたりと黒い雫が視界の小雨に滴る。
それはとめどなくこの目から溢れ、そのうち首を締め上げられているはずの小雨まで泣き、自分からこぼれた黒色が小雨からこぼれた透明なそれと混ざり合い。
酷く、酷く、濁してしまった。
そのことに気づいた途端この世は全て暗転し、光一つない真っ暗闇で。
いつの間に手を離したのか、この両手は己の目を覆っていた。
ただそれだけの夢だった。
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