「しかしよう似ておるな。
特にほれ、暗の情けなさがにじみ出ていかにも不味そうよ。」
「あ、それは三成さんに成敗されてるところを見ながら書いたので…」
どういう光景だそれは。
それで三成を模した柿がこんなに怒り顔なのかと理解したが、あの空恐ろしい粛正の横で柿に書き込んでいる姿というのもおかしかろうに。
それで軍師殿のは笑い顔、太閤のは困り顔という訳か。
「……ようそこにおらなんだわれの絵が書けたな。」
「はい、吉継様はたくさん思い出して書きました。」
そう他意無くさらりと吐くので、今生まれた奇妙な感情を誤魔化すために笑おうとしたが。
柿に描かれている自分の顔が外にもない笑顔だったためやめた。
これの記憶の中には、こんなわれがいるのだろうか。
自分すら見たことの無いわれが。
それからしばらく後、長居をしてすみません、と小雨がその場を離れるまで、ずいぶんと心の臓は落ち着いていた。
軍師殿の薬も確かに効き目はあるようだ。
――――――…
「吉継様ー。」
「やれ来たか。」
それからと言うもの同じ刻に決まって小雨が来るようになった。
本人は軍師殿からの薬の使いと信じて疑っていないようだが、それでも来たら来たで幾らか話をしていく。
こちらも良い気まぐれになっているらしく、このところ体に張りついていた不可解な重みも薄れてきた。
「吉継様、具合は…?」
「どちらとも言えぬなぁ、こう幾日も柿を食わされては。」
「お、おいしいじゃないですか。」
これで最後ですし、とだいぶ熟れた柿を大事そうに持って見せる。
土産に持ってきた柿には全て顔が描かれていたが、すでにどこかで掻き消えたと見えて橙の表皮には何も残っていない。
「はて、哀れな柿よ。
われが何か描き足してやろ。」
「わ、吉継様が?」
「絵心はおそろしく備えておらぬがな。」
じゃあ目から描くと良いですよ、と嬉しそうに筆を渡してくる辺り、図られていたのかもしれぬ。
しかし目か、丸を二つ並べて描けば何でも目になるであろ。
そんな作業の途中に小雨がすぐ真横に座り、手元をひょいと覗き込んできたので、かすかに体が跳ねた。
近い。
まてこれは近い。
「目の次は―……」
動く口元をこれほど間近で見ているのに、その先の言葉は耳に入っては来なかった。
まばたく睫毛と、この手に触れそうな髪の、ただその黒さだけ。
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