「…まあ、厄介事は慣れたものよな。」
不意に外から黒田の悲鳴が遠巻きに聞こえた。
また何かやらかしたのか、懲りぬ性分も不運の産物の一つよ。
その時、とんとんと密やかに障子を叩かれた。
こちらが眠っていた場合への配慮だろう。
軍師殿が後に薬を届けさせると言っていたことを思い出し、返事をした。
……失礼します、と向こうで発された声がなんだか、妙に懐かしい気が――
「あ、吉継様。
具合はどうですか?」
むせた。
盛大に吹き出しそうな喉を押し留めると、盛大にむせた。
そんなわれを見て血相を変えたこれが、小雨が、慌ててそばに駆け寄る。
「よ、吉継様大丈夫ですか?
お水飲みますか?」
問題ない、と右手を振り、左手で身を起こした。
小雨はまだ不安げな面持ちでいるが、咳も落ち着いてくればまたいつものように少しだけ笑んだ。
今度は心の臟が落ち着かぬ。
「……なに、ゆえ、ぬしが此処へ…」
「はい、半兵衛さんから吉継様へ薬を持って行くようにと賜りました。」
そう言いながら手渡してきた薬は、日頃から自分が使っている珍しくもない物で。
もしやと思い袋の底を探ると、案の定紙切れが一枚入っていた。
『話すのは意外と良い薬だよ』
あ の 軍 師 。
固まったままでいたわれをおもむろに小雨が覗き込んだので、とっさに手元の紙切れを握りつぶしていた。
ついでに心臓も潰れた。
「…足労、済まぬな。」
「とんでもないです。」
そうしてまた笑う。
軍師殿も、どうせ寝ているだけならこれと話でもしていろということか。
しかし口が思うように開かない自分へ、小雨は思い出したように何かを取り出した。
「あ、これお見舞いの品なんですが…」
「ん?」
「いただいた柿、豊臣さん編です。」
今度こそ吹き出した。
わらわらと取り出した五つの柿にどう書いたのか見覚えのありすぎる顔が書かれていて、一つ残らずこちらを見ていれば仕方ないことのように思う。
太閤だの三成だの、精巧ではないのに特徴を捉えていて、下手に上手い物よりずっと似ている。
「ぬしも暇人よなぁ…いや誉め言葉よ、ヒヒッ。」
「き、昨日頑張って書いたんですよ!」
「他に頑張ることがあろうて。」
それでも指に小さな包帯がいくつか巻かれていたのは気づいていた。
ずいぶんと気づかれぬようにしていたが。
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