大谷吉継 | ナノ





とは言え差し迫る軍議が先決なのは言うまでもない。
一つ減った所で体の均衡が取れぬわけでもあるまいて。
しかし。





「…刑部、数珠の一つはどうした。」





よもやこの男が気づくとは思わなんだ。
軍議の後にどこにさらわれたか頭をぐるぐると巡らせていた際、三成からおもむろにそう発された。

黒田のように邪険には扱えず、軍師殿ほど察せるわけではなく。
言葉を借りて調整の最中だと言えば、少し黙ってから、全く疑いの無い目つきで。



「……それは水で冷やすことを言うのか?」

「……は?」









「……なるほどな。」

「あ。」



三成の言葉を元に城の調理場へ来てみれば、小雨が外の井戸の近くへ腰かけていた。
その足下には木のたらいに摘み取られた山菜と、同じく井戸水の張ったたらい。
そこへ見覚えのある数珠が一玉、実に気持ちよさそうに浮かべられている。

この光景を見た三成が数珠の調整だと勘違いをしたのだろう。
膝上で山菜の下ごしらえをしていた小雨がこちらへ気づいてぱあと笑った。
全く、誠に良く笑みやる。



「吉継様、軍議は終わったんですね。」

「つつがなくな。
そこで優雅に泳ぐのはわれの数珠か。」

「あ、ごめんなさい。
山菜を採っていたら森でふわふわしていたので、つい…」

「よいよい。
それは数珠の中でも特に聞かん坊でな。」



良かった、と恭しく水から数珠をすくい取って微笑みかける。
生きているとでも思っているのか、いや愉快故このままにさせておくか。
ふわりと小雨の手から数珠を引き寄せればやたらと輝いていて、どうやら磨かれもしたらしい。



「ええと、わらびは新芽、ぜんまいは若葉…」

「山菜か。」

「はい。
夕げの準備のお手伝いです。」

「ヒヒ、慣れぬことを。」

「そ、れは否めないですけど…」



でも必要ですし、と微かに困ったように笑んだ。






「私も、いつかはどこかへお嫁に行きますから。」






嗚呼、そうよな。



「やれ、ぬしのようなそそっかしを娶る相手は骨が折れよう。」

「う…」



ぐさりとどこぞに刺さった音が聞こえたが、負けじと剥いている途中の山菜はしかと掴んだままでいる。
そそっかしなのは分かってますもん、と幾分しゅんとしつつ、本音は気にしていることがありありと伺えた。


嫁に行く。
どうにもその言葉が宙に浮いたまま下りてこない。
これは女で、そして娘御で、なれば嫁ぐなど当然の中の当然で。
それ故にこうして炊事も何もかもをその手でやらされていると言うに、それの一体何が。

何がそんなに引っかかる。



「わらびは新芽、うどは首まで、たらの芽は…」





この横顔は、何を見つめるようになるのだろう。





「…ならばわれの嫁にでもなるか。」



ぽつりと漏れた息のように出てきた言葉は、引っこめるには手遅れであった。
己の言葉に己で目を見開いた時、違うだの、気休めよだの、幾らでも付け足すことは出来たはずが。
小雨があまりに驚かず、戸惑いもせず。
ほんのわずかに躊躇いもせずに。

はい、と微笑むものだから。


われの中で何かがぐしゃぐしゃと音を立てて焦げ付くのを、聞いた。



 

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